エルフの国のお姫様
ごとごとと、馬車の揺れる音がする。というか実際に揺れている。
「……ねぇ、これどうにかならないの?」
ナイフを突きつけられて、あれから。
アジトに行くと言われて、体を強張らせながら馬車の中に座った。
密室の合図に、ガチャリと鍵の掛かる音。
多勢に無勢だともうどうしようもなくて、覚悟を決めたの。
……まぁ、特に何もなかったけれど。乱暴したりしなかったのは、さすが、子供よね。
「……何がだエルフ」
「怪しいぞエルフ」
「不思議だなエルフ」
赤いものが飛び散る馬車は、まぁまぁ広い。それなのにわざわざ子供たちは私の周りに座る。ぎゅうぎゅうで、息が詰まりそうなのだけれど。何がしたいのかしら。
……何もされなくても、食い気味に子供達5人に見つめられているのは辛い。
窓もない馬車の中で、よくもここまで密集する気になれるものよね。
「目ぇ話したらお前何すっかわかんねぇだろ。見張りだ見張り」
「そうだエルフ」
「わかるだろエルフ」
そんな中一人離れたところに広々と座って、だらっと頷くキセル。エルフエルフと頷くその他大勢。まぁ確かにそうね、そんな隙があれば全力で逃げるわ。
でも、見張りというよりは……
「……この子たち、エルフが珍しいみたいね」
キラキラと輝く好奇の目と、言動。まさに慣れきったあの視線そのもの。
スラムに来てまでそんな思いをするなんて知らなかったわ。
「当たり前だろ?一生に一度拝めるかどうかのシロモンだ」
「……あなたの国に、いたじゃない」
答えがわかっていても、そう言わずにはいられなかった。
ここはスラム。曲がりなりにも私がいた国の、スラム。答えは痛いほどわかってる。
「はっ。王女なんて来るわけな……」
予想していた答えをそのまま言った─────と思って、そこでピタリとキセルが止まる。
怪訝な顔で、まさか、と呟く。ひやっとお腹が冷えた。まずい墓穴を掘ったかもしれない。
「おいお前ら。王女の処刑って、いつだったか?」
「……!」
ぼんやりと虚空を見上げていた顔が、こっちに向き直った。
きょとん、とする子供たち。とっさにキセルの口を塞ごうと手を伸ばす。でも、それじゃ怪しいし。不自然に虚空に踊る手。
「え。今日の朝にもうしたよ?」
「王女って、本物の王女だったか?」
あの子の耳なんて見てなかった。あの子エルフだったのかしら。エルフじゃなくて、偽物だとバレたかもしれない。だったら私が戻れば、私が処刑されるかも。
戻れたらどんなにいいだろう。ううん、戻るべき。バレていたら、まだ間に合うかも。
私が本物だと、言わなくちゃいけない。それはわかる。
……でも、それと今こいつらに知られるのは、話が別。
知ったら、私をこの国じゃなくて、お金のある他の王家に売り飛ばすかもしれない。
そうなれば物事は逆に転ぶ、事態は最悪……いや、どうなるか想像もつかない。
だから聞かないで、こいつらに本物の王女じゃないって、バレたら……!
「……えぇと、本物だったよ?本物の、エルフだったって」
「……なんだ」
「……!」
絶望と安堵が一斉に来て、思わず肩を落とした。
つまらなそうな顔のキセルにばれないように、硬直した体を落ち着ける。
あの子、どうしてエルフだってなったのかしら。反乱軍はきっと気がついたはずよね。
本当にエルフだったのかしら。例えば、他国から来た─────。
ううん、そしたらもっと大騒ぎになるはず。
なら、反乱軍は気がついて、それでも民衆に隠した? 奴らがそんなことをするとは思えない。
それに、処刑は民衆の監視の中で行われたはずよ。それならなぜ誰も気がつかなかったのかしら?
わからない。何もわからない。あの子は、誰なの?
「おい、エルフ……じゃなくて、ロアっつったっけ」
「何よ……」
何よ、今忙しいのに。
ぐるぐると考えていると、おい!と呼ばれた。そうよ、私は今日からロアだった。
……いけない、忘れていた。
「お前、もしかしてあぶねぇ身分? どっかの貴族様のお妾とか、奴隷とか」
「は!?」
「なんか世間知らずな感じだしよー? 逃げてきたとかー?」
……世間知らず。もっともだわ。確かに私は王女だった、スラムなんて、目立ってこの上なかっただろう。
貴族の妾、奴隷……そうすれば、売られないかしら?もし見つかったら、わしの愛する妾に何をした、とか……なるわよね。そうね、そうしましょう。
「……よくわかったわね!私はある貴族の妾な……」
「なるほど」
「ぅむっ!?」
だから売らない方が身のためよ、と続けようとして、口を塞がれる。
乾いた木の感触。固い、痛い。
いつの間にか、子供たちが私を床へ押し付けていた。
「よーしその貴族に高値で売っぱらう。その貴族の名前を吐け」
「カハッ!い、や、よ!せ、せっかく逃げてきたんだもの!」
とっさに出た言葉。じたばた抵抗しても、体が動かない。何この子供達、予想以上に力が強……いやああああ!痛い、足が痛い!
「うっせぇ吐け。殺すぞ〜」
「売り物に傷つけんじゃないわよ!もっと大切に扱いなさい!」
「事情が変わったんでな」
「……っ!」
しまったいうんじゃなかった。逆効果じゃないの!なんて変わり身。さっきおとなしくしてたのは、売り物だったからなのね。なんでこんなに嫌な方向に頭の回転早いのかしらこの人たち。
……あぁもうこの強欲!離しなさい!離して!離せ!
「私、名前なんて知らないわ! ひ、必死に逃げてきたの。何も知らないの!」
「なら貴族の特徴は? 顔は覚えてんだろ。体型とかも」
「ごめんなさい嘘よ!嘘だったの!私、実は妾じゃないわ!」
「じゃあどっから来たこのエルフ!」
「……っ!」
答えられなかった。……そうだ。エルフが、この街にうろついている筈がない。
どこかから逃げたんでもない限り。どこかから逃げたなら、世間知らずなのも頷ける。
ああもうどこからどう見てもザ・逃亡者じゃないの、私!
「……ええっと、エルフの国から……そう、エルフの国からよ!」
「……エルフの国? 何言ってんだ、そんなの聞いたことねーよ」
「じ、実はあるのよ、エルフの国が。そこで私は育って……」
我ながら苦しい言い訳だった。聞き苦しくて、バカみたい。どこよエルフの国って。そんなの、納得するわけないじゃない。
でも。
「……ふーん。なるほど、エルフの国……わかった。お前ら離せ」
「え?」
「えー?いいの兄貴?」
「いい」
帰ってきたのは、あまりにも拍子抜けする答えで。
体が一気に自由になる。きょとんとする私を置いて、手を離す子供達。
どうしたのかしら。何がしたかったんだろう
何よ、あんなことで納得したの? 実はあるの? エルフの国が。
何で納得したの? あなたたち。
意味がわからなくて、しばらく馬車の中固まっていた。