アジト
「キャッ!?」
突然ガタン、と音がして、床が一際大きく揺れた。
本当に大きかった。今までもありえないくらい揺れていたけど、その比じゃないくらい揺れた。
「おら、ついたぞ。降りろ」
「え、ええ……」
体制を崩した背中を子供に、乱暴にどつかれて、でも驚愕で何も言えないくらい揺れた。
しょうがないから、体感で1ルートほど下がった視界を恐る恐る持ち上げて、メキッとかポキッとか床板を鳴らす。血だまりをぴちゃぴちゃ言わせたのが不愉快だったけど、馬車の操縦席の方へ移動する。
キセルが無造作に鍵を開けたドア。そこから放たれた光が眩しくて、思わず目を瞑った。
多分、貼られている黄ばんだ幌のせいで、今までずっと薄暗かったからよね。
小さなドアから飛び降りたキセルが、まだ眩しい光の中で手招きしてくる。
こっちに来い、と言っているらしいからしぶしぶ降りようとして、その出入り口にあるまじき高さに驚いた。
きっと慣れてないからそう思うだけだけど、茶色く乾いた地面が遠い。
でも、子供たちが早く行け、早く行けと急かしてくるから、気を取り直して降りようとして、ドアの木枠をつかんで、その木枠にあるまじき柔らかさにまた驚いた。
さっきの揺れで意識し始めてから、なんだか変なところへ目が行くようになってしまったみたい。
見た感じでは、木枠は柔らかな特別性とかでは断じてなく、ただカビているだけみたい。そりゃそうよね。
変に明るい緑色が粉をまぶしたみたいについていて、少し湿気っていた。力を込めればすぐ壊れそう。
……今更だけど、こんな馬車乗って本当に良かったのかしら?
早く降りよう。
えいっと飛び降りたら、ガタンと揺れる馬車の中で、子供たちが少し目を見開いた。
「へー、どっかの箱入りかと思ってたが、さすがエルフだなぁ?」
キセルのからかうような言い方になんて答えればいいのか、そもそも答えるべきなのかわからないから、とりあえず何も言わずにおく。
「……ここが、例の、アジトなの?」
外は、改めて顔を上げて見ると、そんなに眩しくもなかった。むしろ、薄暗い。
馬車の目の前に、骨組み丸見えの、やけに高い、三回建てくらいの建物が立っているからだろう。
………………いや、これは建物なの?違うわよね?
寒々しい鉄の骨組みがむき出しになったコンクリートの壁に、ボロボロに錆び付いて、いかにも雨風にさらされてますという体のトタン屋根が張り付いている。
それが周りの鬱蒼と茂る木々を通り抜けてきた強風で、キィとかバタっとかボトッとか恐ろしい音を立てている。こんなのスラムでも見たことない。
気遣いも容赦もない風の振動で、目の前にごとんと大きめのネジが落ちてきた。
背筋が凍った。
「まぁな。先祖代々、強奪に強奪を重ね我らの手に渡った由緒正しいアジトだ」
「……な、何よそれ。由緒も何もないじゃないの」
「正しいぜ?作られたのは古より昔、妖精の栄える花の時代だという噂もある」
「古すぎでしょ」
何やら胡散臭いお伽噺を吹き込もうとするキセルが、つかつかその古より伝わりし建物に入っていくから、もう歩いてでもスラムに帰ろうかと思った。
でも道も分からないし、背中にひんやりとしたものが物理的に当たったから、しょうがなく建物へ行く。
どうやらここは森の中の建物らしい。でも、それがどこの森かも、スラムからどうやってきたかも分からない。
……でもなんだか、このボロボロさだと案外すぐ逃げられるかもしれないわね。
ここは、とりあえず様子を見てみようかしら。
◆◇
「何するのよ!」
「てめえ逃げる気満々だっただろ!」
「誰が逃がすかコンチクショウ!」
「甘えんだよエルフ!」
意外とちゃんとしていた建物の中。
子供たちにつけられた足枷を取ろうと暴れてたら、キセルに壊れるだろ!と一喝された。
その声を裏付けるように天井がギシッと言って、しぶしぶ一時休戦する。
ボロボロで焦げ茶色で、目を凝らしたらようやく赤だと認識できるくらいのカーペットの上に、子供達からなるべく距離をとって座った。
「エルフに騒ぐな!落ち着け!ロア!お前も、諦めろ!」
「いやよ!誰が諦めると思う!?」
「ならせめて時と場を選んで程よく粘れ!アジトの耐久性を察しろ!」
土むき出しの、床のない一階を通り抜けて、二階へ続くらしい粗末な鉄筋階段を上ると、この怪しい部屋に着いた。どうやらリビングとして使っているようで、生活感のあるコップや服がそこら中に落ちている。
壁には黄ばんで端がきっちりボロボロになった大きな世界地図が貼ってあり、あとはそれだけ。
窓は閉め切られていて、カーテンはついてない。なんだか土臭いしカビくさいしくさい。おまけに血の匂いもする。汚い。
あんまりの悪臭にさっきから鼻を押さえているけど、どうやら無駄な抵抗らしい。
子供達は慣れているらしくこっちを馬鹿にしたように見ていて、イラっとして睨み返す。
「にいちゃんのありがたいお言葉をちゃんと聞けよ!」
「そうよ!にいにの優しさに感謝しなさい!」
「あんたたちが一番騒いでいたじゃない!」
バァン!と床を叩く爆音に静かになる。キセル、言う割にアジトに厳しい。
「ウッセェ。お前らとりあえず血くせえから拭いてこい。あとロア、お前いつまでドレス着てんだ」
「え!?……あ、そう、だったわね」
「「「「「「「「はーい」」」」」」」」
バタバタカンカンと子供達が元気な返事と共に3階へ上がっていく。ワン!ワン!という鳴き声と笑い声が聞こえた。
3階は生活スペースなのかしら。
と言うより、私まだドレス着てたのね。そりゃあ攫われる筈だわ。馬鹿じゃないかしら私。
呆れてため息をついた。……でも、ドレスを脱いでも着るものがないのよね。どうしましょうかしら。
「お前が高級奴隷になりうる以上、指の先服の裾全てに至るまで売り物だと心得ろ。あーっと……おら、ここに服あるだろ。とっとと着替えろ」
「え、えぇ……」
やたら高圧的に、その辺にほっぽってあった布切れを渡された。
広げてみると、その茶色やら緑色やらオレンジやらの見事にみすぼらしく色づいた布が服だと分かった。
私にはちょっと大きいわね。……男物かしら?
まぁいいわ、ドレスくらい脱いだってどうってことないわよね。
そうしてローブを脱いで、ドレスを脱ごうとしてハッと気がついた。
「………………待って。ここで?」
「おう」
「いやよ!」
いつも身の回りに大勢の侍女がいたから気がつかなかったけど、キセル、男じゃない!
気持ち悪い。いやよ、断じて。知らない男に肌を見せるわけないでしょ。
「は?まさかお前体にでけえ傷があんのか!?」
「違うわよ!ないわよ!論点違うわよ!」
「てめぇよくも隠してやがったな少しでも自分の金額をあげようかと不正申告しやがって」
「違うって言ってんでしょ!」
そもそも申告なんてしてないし。
せめて物陰に隠れようとして辺りを見回す─────なんっにもない!ソファすらない!
「……あぁ、なんだてめぇ見習い奴隷の癖に恥ずかしいがってんじゃねぇぞ」
「いつの間に私は見習いになったのかしら。なるつもりサラッサラないんだけれど」
「…………しょうがねぇなぁ」
「な、何よ」
「上なら子供だけだから着替えてこい」
「……」
「俺はそういうのねーし、ここで着替えてもいいんだぜ?」
「二階行くわ。まぁ、ここよりマシね」
「おーおー行け行け。クッソめんどくせーヤツ」
キセルは本当にめんどくさそうに私を見た後、床に寝そべってあくびをした。
この隙に逃げてやろうと一階へ続く階段に向かったけど、いつの間にか扉が占められて鍵が厳重にかかっていた。さすがに鉄の鎖は破りようがなく、今日何度目かのしぶしぶで三階へ上がる。
三階は、無法地帯だった。




