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この舞台(ステージ)に残るために、僕らは嘘をつく  作者: 卯月そい


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第6話|残光


 去年の9月のある日。

 STARZEN(スタゼン)が主催した男性アイドルオーディション番組『STARZEN(スタゼン) NEXT(ネクスト) STAGE(ステージ)』を通して結成されたグループ、A.STRE(アストレ)のデビューショーケース会場。


 STARZENが4年ぶりに世に送り出す新人男性アイドルだった。

 オーディション番組での選抜メンバーで構成された、初の5人組グループ。

 長い男性アイドルの歴史の中で、STARZENは常に非公開の練習生制度を貫いてきた。

 そんなSTARZENが今回、これまでと違う道を選んだことで、業界の注目が集まっていた。


 関係者招待席の一番端。

 帽子とマスクで顔を隠している知念(ちねん)(はるか)は、息をひそめるように座っていた。


 周りではカメラのシャッター音が絶え間なく鳴り響いていた。

 記者たちは番組の話からメンバーの噂話まで、勝手な話に花を咲かせていた。


 ——バレないようにしよう。


 遼は顔を伏せた。


 今日は遼の唯一の友人、円道(えんどう)匠海(たくみ)が、A.STREのメンバーとしてデビューする日だった。


 ***


 1週間前。

 オーディション番組で最終2位を獲得して以来、学校ではなかなか顔を見せなかった匠海が、登校するなり遼にチケットを一枚手渡した。


「ねえ遼、この日絶対空けておいてよ!」


 遼は差し出されたチケットに目を落とした。


「これは、何だ?」

「僕のデビューショーケースの招待券!」


 遼は招待券を受け取り、小さくうなずいた。


「初ステージ、絶対見に来てよ!緊張するから、知っている顔が一人でもいてほしいんだ。……来てくれるでしょ?」


 結局、匠海の必死なお願いを断ることはできなかった。

 遼は短い人生の中で数少ない、大きな決心のひとつをして、ショーケース会場へとやってきた。


 ***


 中学校の入学式の日だった。

 体育館での式が終わり、クラスに戻ろうとしていた時だった。


「ねえ、一人?同じクラスみたいだし、一緒に行かない?」


 ふわふわとしたオレンジ色の髪をした少年が、体育館の隅に一人で立っていた遼に話しかけてきた。

 それまで学校で誰一人として遼に話しかけてくることがなかったため、遼は驚いて肩がびくっとした。


「あ、僕は円道匠海。よろしくね」


 彼はにっこり笑いながら、遼に手を差し出した。


 あの日から、匠海は毎日遼の席に遊びに来ては、一人で喋って帰っていった。

 学校の話、最近流行っているゲーム、実家であった出来事など。

 遼はただ黙って匠海の話を聞き、適当に相槌を打つだけだった。


 1学期の終業式の日。

 別のクラスの友人と話している匠海に、遼が自分から歩み寄った。


「……今日は面白い話はない?」


 こうして遼にとって、人生で初めての友人ができたのだった。


 ***


「実は、僕も子役をやってたんだよ」


 ある日、学校の帰り道に匠海が笑顔で言った。


「子役と言っても、ほとんどエキストラだったけどね。でも、僕が行った現場にはいつも遼がいたんだ」


 遼は少し間を置いてから、首を横に振った。


「……ごめん。思い出せない」


 匠海は少しがっかりしたように口を尖らせたが、すぐ言葉を続けた。


「仕方ないか。遼はその現場では主役だったし、大人たちに囲まれてたから、僕のことなんて覚えてないよね」


 子役時代の記憶は、鮮やかではなかった。

 あえてその記憶を引き出す気にもなれなかった。


 ***


 知念遼。

 かつて『天才子役』と呼ばれた少年。


 母は遼の才能を見抜き、自らマネージャーになって現場に同行した。

 端正な顔立ち、セリフの暗記力、役柄への理解度。

 そのすべてが、並の成人俳優よりも遥かに勝っていた。


 小学校2年生の時に出演した映画が、偶然にも国際映画祭で賞を獲得した。

 それを境に、状況が一変した。

 業界の大人たちは皆、遼にあの映画のような芝居を求め続けた。


 ——それは小学生には荷が重すぎる、精神的に過酷な芝居だった。


 母も、何かに取り憑かれたようにおかしくなっていった。

 大物映画監督が次々と遼にオファーを送り、母は遼の健康や精神状態を一切考慮せず、すべての仕事を引き受けた。

 映画撮影は続き、クランクアップすればまた別の現場へ向かう——

 遼にとって、移動時間だけが唯一の休憩時間だった。


 結局、小学校4年生の時、遼は壊れた。

 それまで静かに見守っていた父が遼を祖母に預ける形で、遼の子役生活は幕を閉じた。

 後から祖母に聞いた話では、この出来事がきっかけで両親は離婚したという。


 ——こうして遼は、すべての人からスポットライトを浴びた後、暗闇の中に消えた。


 ***


 ショーケースが始まった。

 まず、メンバーが一人ずつ自己紹介を始めた。

 記者の前に立つのが不慣れな彼らには、新人らしい初々しい雰囲気があった。

 オーディション番組を第1話から最終話まで見ていたせいか、遼にとっては見慣れた5人だった。

 普段テレビをあまり見ない遼だが、匠海が「僕が出るから絶対見て。そして投票もして」と念を押してきたのだ。

 そのせいか、A.STREのメンバーには一方的な親近感を抱いていた。


 質疑応答が終わり、次はデビュー曲のステージを披露するというMCの案内が流れた。

 場内の照明はすべて落とされた。

 ざわめきも一瞬で消えた。


 A.STREのデビュー曲『HERE(ヒア)』のイントロが流れ始めた。


 胸が高鳴るようなビート。

 新しい門出を告げるような、整ったリズム。


 Aメロが始まる直前、照明が点いた。

 先ほどまで記者の質疑応答に緊張しながら答えていた5人の少年は、もうそこにはいなかった。


 動線に迷いがない。

 ダンスは、まるで一人で踊っているかのように息がぴったりと合っている。


 ——テレビで見るのとは全然違う。


 遼はA.STREから目を離せなかった。


 サビに入る前、匠海のソロパートになった。


 揺るぎない視線。

 匠海だけの明るくて元気な音色。


 スポットライトは、匠海を照らし出した。


 ——匠海にも、こんな姿があったのか。


 ステージの上に立つ匠海は、遼の知っている匠海ではなかった。

 別の世界で、きらきらと輝いている人だった。


 ふいに、映画祭でスポットライトを浴びていた時の記憶が鮮明に蘇った。


 ***


 ショーケースが終わり、最寄りの駅に着いた遼は、ようやく落ち着いて匠海にメッセージを送った。


 ——ステージを見た。とてもかっこよかった。


 送信してすぐ、匠海から電話がかかってきた。


「遼!今どこ?」

「駅の前にいる」

「ええっ?僕、ショーケースが終わったら、楽屋に遊びに来てって言ったのに!」

「人がたくさんいたから、行けなかった」

「え、マジで?せっかくメンバーに遼のことを紹介したかったんだけどな」


 ショーケース会場を離れてしまった遼に会えなかったことを惜しむ声が、スマホ越しに鮮明に聞こえた。


「ごめん」


 遼は短く言った。


「大丈夫、大丈夫!気をつけて帰ってね」

「うん」


 電話が切れた。


 遼は嘘をついた。


 実は、ショーケースが終わった後、一度は楽屋へと足を運んでいた。

 その時、偶然にも遼の存在に気づいた一人の記者が、いきなり遼の腕を掴んだのだ。


「知念遼くん、ですよね?」


 急な接触に遼は驚いた。

 記者と距離を置くため、そっと身をかわした。

 しかし記者は構わず続けた。


「こういう場所に姿を見せるのは5年ぶりですよね。今日はどういったご用件で?」

「友人がデビューしました」

「友人?……ああ、円道匠海くんのことですか。二人はどうやって仲良くなったんですか?」

「クラスメイトです」


 畳みかけるような記者の質問に、遼はぶるぶる震えながら、短く正確な言葉で答えた。


「友人がアイドルデビューしたのに、君自身は復帰する気はないの?」


 その質問に、遼の心臓はどくんと冷え込んだ。

 遼は自分の腕を掴んでいた記者の手を振り払い、言った。


「申し訳ありません。あまり遅くなると祖母が心配しますので、これで失礼します。お疲れ様です」


 遼は軽く一礼し、その場を立ち去った。



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