池の鯉と届かぬ想い
「うん…お前、おなかがすいてるのかい」
「にゃ~」
秀頼は猫を抱いて庭に出ました。
「よし、よし、今、鯉をとってやるからな」
秀頼が池に入ろうとした、その時です。
「秀頼様!なんて、早まったことを」
後ろからガシっと抱きしめられました。
「そなたは…この猫の飼い主の…」
「秀頼さま、何があったか存じませんが、死のうなどとバカなことを考えないでください」
「死ぬ?私がか?」
「違うのですか?」
「はは…私は死ねんよ。今はな」
「今は…?」
「いや、なんでもない。それにしても、いちゃと申したか。ずいぶんとそそっかしいのだな」
「申しわけありません。私はてっきり」
「はは…よいよい。この猫に鯉をとってやろうとしただけじゃ」
「鯉でございますか?」
「ああ…見てろよ」
再び、秀頼を池に入っていきました。器用に鯉を足ですくいあげる姿にいちゃは目を丸くしました。
「そら」
秀頼が鯉を投げると猫はかぶりつきました。
その後も秀頼は鯉をとり続けました。
「うん、これぐらいでいいか…」
「あの、秀頼様、それは…」
「これは千の分だ。前に鯉をとってくれと言っていたからな。後で、誰かに届けてもらおう」
「どうして、秀頼様がお届けしないのですか」
「う…うん…」
また、秀頼様は寂しい顔をなさる。秀頼様は千姫様がお嫌いなのかしら。ううん、そんなことはないわ。こうして、千姫様のために鯉をとってさしあげるぐらいなのですもの
「いちゃが届けてくれないか」
「私がでございますか?」
「うん、千も年の近い娘がいれば慰められるだろう。そういえばいちゃはどうしてここに?」
「あ…本当は私のような身分の者が、このような奥の庭には入れないのですが、猫がよくいなくなるので、それならと薬師様が入っても咎められないように取りはからってくれました」
「そうか。伯父上が」
「じゃあ、頼んだよ」
「にゃ~」
「よし、よし、…おなかがふくれたか…骨まで食べたのか。喉にささらなかったか」
秀頼は猫が食べ散らかした後を、懐から懐紙を取り出すと丁寧に包みました。また、千姫に届ける為の鯉は懐紙を何枚かを合わせて包みました。
「じゃあ、悪いけど、こっちは捨てておいてくれるかい。こっちは…そうだ。いちゃは台所で賄いをしてるいるのだったな。美味しく料理して届けてくれ」
いちゃは包を受け取りました。
いちゃ料理をしながら思いました。
そうだ。この鯉。秀頼様と千姫様がご一緒に召し上がられればいいのだわ




