織田常真
「どうぞ」
「ちょうだいいたします」
常真に呼び止められ、万吉は茶を振る舞われていました。
「一度、薬師殿とは話したいと思っていました」
「私とですか」
「ええ、私はいずれこの城を出ようと思っています」
「それは…」
「私には豊家に尽くす義理はありません。あなたもそうではありませんか」
「…………」
「義理がないといえば淀の方もそうです。淀の方を連れて内府殿の元へまいりませんか。いわば、淀の方を手土産にして、内府殿にすり寄るということです」
「それを私が承知するとでも」
「あなただって淀の方を助けたい。そうではありませんか。淀の方が内府殿の元にあれば秀頼も内府殿とことをおこそうとはしないでしょう」
万吉は思わず膝を乗り出しました。
「まさか、それは…徳川様の意向ですか」
「ええ…淀の方と秀頼を引き離します。秀頼も淀の方から離れたほうがいい。だって、そうでしょう。秀頼が心を決めたのは淀の方の影響です。薬師殿は淀の方の異母兄君…お二人の命を救いたいとは思われませんか」
「考えさせてください」
「いいお返事をお持ちしていますよ」
「…………」
「それにしても私は薬師殿の生き方が羨ましい。私にはできなかった。小牧長久手で太閤殿下にも内府殿にも叶わないと思い知りました。だから私は太閤殿下に媚を売って生きてきました。そして、今、内府殿に媚を売ろうとしている。織田の家の存続のためにね」
「私は…父が私を城から落とす時に言ってくださった言葉が忘れられなくて」
「浅井長政殿はなんと?」
「浅井の再興など考えずともよい。優しい女を娶り子を生み育て幸せに生きて天寿を全うせよと」
「やはり、羨ましい。愛されておられたのですね。そのような言葉を我が子にかけられる武士がどれだけいるか。私は父に優しい言葉をかけられたことはありませんでした」
「ですが、私は、今、迷っています。今、一度、刀を持って戦うべきではないかと」
「刀を持って戦うばかりが戦いではありませんよ。私のように媚を売って生きるのも、また、戦い。薬師殿のように薬師として人々に尽くすのも、また、戦いではありませんか」
「…………」
織田常真殿…この方も、また、孤独の中で生きてこられたのか。だが、真の勝者とはこのような方かもしれないな。
織田常真は織田信雄のことです




