61 : 電色の無い星空
ユリサ。
何度その名を呼ぼうとしても、いざ彼女を前にすると、途端に声が出なくなってしまう。
総統と二人きりで話をしにいくと伝えてから、ユリサは私と目を合わせようとさえしなくなった。一体なにがそれほどまでに彼女を怒らせてしまったのか、何故ユリサが総統のことを毛嫌い──いや、毛嫌いなんて生易しいレベルじゃない。あれは「憎悪」だ。私が総統のことを話した時、ユリサの目には憎悪の焔が燃えていた。どうしてそこまで総統のことを憎むのか、私にはわからない。
私たちが必要最低限のこと以外、一言も言葉を交わさなくなったのを見て、アムやマックスたちは当然のことながらかなり驚いていた。
「おまえら、ゲームでもしてるのか?先に口を利いた方が負け、みたいな。子供っぽい遊びだなぁ」
「もう!何があったか知らないけど、早く仲直りしなよね!いつまでもそんな感じじゃ、軍務にも差し障るんだから」
マックスやアムの言う通りだ。早くユリサに謝って、仲直りをしなければ他の隊員にも迷惑がかかる。
だけど、謝るって……何を?
私は総統と話をしに行くと伝えただけだ。それに、私は何度もユリサに声を掛けようとしているのに、ユリサは一切聞く耳を持とうとしないのだ。
ユリサって、変なところで頑固だ……
「二人がケンカなんて、初めてじゃないかい?天変地異でも起こるんじゃないの?」
「ふん。バッカみたい。アイツも所詮は子供よねえ。フランがかわいそう」
こんなことを口にしながらも、エリアスやカノンだって私たちのことを心配してくれているのだ。
だから、頑固なユリサをなんとかして捕まえて、話し合いをしなければ。
そう思っているのだけれど……
訓練やその他の軍務に忙殺されて、なかなかユリサに声を掛けられない。
そうこうしているうちに、遂にその日を迎えてしまった。今日、私は総統に会いに行く。
話をしない期間が長くなればなるほど、溝は深まっていくような気がした。私、今までどんな風にユリサのことを呼んでいたっけ。
ユリサと話さなくなってから、一週間が経つ。いつしか、ユリサの背中を見かけても、どうしてか私の方がユリサのことを避けるようになっていた。
そんな自分が嫌で、嫌で嫌でたまらなくて、なのにどうしようもなくて、憂鬱な気分を引き摺ったまま今日を迎えた。
鏡に映る自分の姿はひどく元気の無い顔をしていて、身に着けた白い軍服がこれほどまでに似合わないと思った日はなかっただろう。
「はあ……」
鏡の前で溜息を吐くと、年を取らないアンドロイドであるにも関わらず、何歳も老けて見えた。
こんなことでは駄目だ!今日は総統に話を聞きに行くのだ。お忙しい総統が私なんかの為にわざわざ時間を設けてくれたのだから、こんな酷い顔で会いに行っては失礼だ。
「よし!!」
口角を引き上げ、強引に笑顔を形作る。
しかし、タイミングが良いのか悪いのか……今日に限って、部屋を出た瞬間にユリサと鉢合わせしてしまった。
ユリサも丁度部屋を出たところだったらしい。ドアに手を掛けたまま、冷然とした目でこちらを見ている。
「……お、おはよう」
情けないことに、そう言った声は弱々しく掠れていた。
「おはよう」
愛想の無い挨拶を済ませると、ユリサは私を待つことなく、エレベーターの方へ向かって速足で歩いていく。
私もこれから外へ出るのだから、同じエレベーターに乗ることになるだろう。
長い黒髪を追いかけ、なんとか同じエレベーターに乗り込んだ。しかし、何から話せばいいのか。ユリサは私の方を一切見ようとしない。エレベーターが降下している間、ツンとした無表情で再びドアが開くのを待っていた。
ドアが開いた瞬間、ユリサは私よりも先に降りて寮の玄関を出ると、訓練場の方へ向かって真っ直ぐに歩き去っていった。
強引にでもユリサの手を掴んで引き留めればよかったのかもしれないが……いくらなんでも、あの態度は酷過ぎないか。
涙が滲んでくるのをなんとか抑えた。それと同時に、無性に腹が立ってきた。
もう知らない。私だって怒りを感じる時はあるのだ。ユリサが謝ってくるまで、こっちから話しかけたりなんか絶対にするものか。
同じ場所へと向かっているのに、ユリサの背中が随分と遠く見える。
*
総統に指定された時刻は午後6時だったが、私はその日の軍務を一時間前には切り上げ、司令部へと向かった。
この時刻になると外はかなり暗い──はずなのだが、街灯や建物が発する光のおかげで、昼間とそう変わらないように感じられる。
黒い夜空には、規則的な明滅を繰り返しながら浮遊する飛行船やサテライトフルークが流星の如く行き交っている。あの光の中に、本物の星は一体どれくらいあるのだろうか。
電色の無い星空を、いつかこの目で見てみたいと思う。できれば、ユリサと一緒に──
普段、私が司令部まで足を運ぶことはほとんどない。ユリサに連れられて、初めて基地へやって来た時の他には2、3回程度しか訪れていないはずだ。
敢えて避けていたわけではないが、此処は少し苦手だ。軍のお偉方が集まる場所ということもあってか、建物の前に立つだけで、なんだか緊張して足が竦んでしまう。
しかし、私はこれでもヴァイスリッターの司令長官なのだ。堂々としていればいいのだと自分に言い聞かせ、威圧感に満ちた荘厳なエントランスを潜った。
総統に指定された場所は、一階の奥の部屋。普段は会議などに使われているらしい、広い部屋だった。
長机と、それを取り囲むようにして配置された椅子の他にはこれと言って何も無い。壁一面がモニターになっているが、会議が行われていない今は、ただの壁としての役割に徹している。
待ち合わせの時刻まで、あと40分近くある。それまでこの何も無い部屋で待つしかないのか……と、早く着き過ぎてしまったことを些か後悔した。
沢山ある椅子のうち、手前の一脚に腰掛けて総統を待っていると、頭の中に浮かんでくるのはユリサのことばかり。
今朝のユリサの態度はいただけないが、ユリサがあれほどまでに私を避けるということは、絶対になにか理由があるはずだ。
どうしてユリサが異常なまでに総統を憎むのか──これから、その理由もわかるだろうか。
半時間ほどが経過した時、来訪者を知らせるチャイムが短く鳴り響き、自動ドアが徐に開いた。総統は思いの外早くやって来た。慌てて椅子から立ち上がって敬礼する私を、総統はいつもの穏やかな微笑で制した。
「やあ、フラン。待たせてしまったかな」
「とんでもございません!本日はお忙しい中お時間をいただきまして、ありがとうございます!」
「いいよ。こっちこそ、話をするのが遅くなって悪かったね」
総統はそう言って笑った。
ナヌーク総統。本当に不思議なお方だ。マザーボードの統治者でありながら、良い意味でそれを感じさせない。外見は誠実な青年そのもので、容姿だけなら似ているアンドロイドはそれなりにいそうだが、総統のようなアンドロイドは絶対に他にはいない。そう言い切れるだけの圧倒的なまでのカリスマ性と、神々しいまでの存在感がある。
「それじゃあ、早速だけど行こうか」
この言葉には、少しばかり驚いた。てっきり、この部屋で話をするのだと思っていた。
「あっ、はい……あの、ここでお話をするわけではないのですね。どちらへ行かれるのでしょうか?」
振り返った総統は、少年のようないたずらな笑みを浮かべた。
「それはすぐにわかるよ」
この笑顔を、私は前にもどこかで見たことがあるような気がした。




