異世界生活13日目終了
山本太郎はゴブリン500匹の討伐に成功した。もっとも、サターナが150匹を既に倒していたので350匹ほどだが。血まみれになった服を脱ぎ捨て、投げ捨てた旅行用バッグの中から着替えを取り出した。常に着替えを持ち歩いていたが、遂に役に立った。
「太郎さん凄かったです。ありがとうございました」
名前も知らない異世界バスの乗客に名前を覚えられていた事に感動する山田太郎。出来ればそちらの名前も教えてほしいなと心の中で思ったが伝わらない。皆と一緒に戦利品を抱えながら歩いている最中で名前を教えてくれる参加者は誰もいなく、お礼を言われるばかりだった。14人の参加者の名前はいまだに不明で少し悲しい。失礼ですがそちらのお名前はとは聞きづらい。
「ねえねえ、太郎くん。ちょっとそこの木陰に一緒に行かないかい」
サターナが太郎の腕を組み、木陰に連れ込もうとする。女性とは思えない凄い力だ。
「太郎さん。僕達はここでお待ちしているので、どうぞ楽しんできて下さい」
いらない気を回す異世界バスの乗客達。太郎は心底困った。そこで、くるりと回転し前に出てサターナの肩を抱いてこう言った。
「今日は疲れたからまた今度ね」
太郎はこういう事には慣れてなくてきっぱりとは断れなかった。断ってもしつこく求めてくる事を予測した上での発言だったが。
「なら仕方ないか。絶対だよ。約束だかんね!」
サターナは組んだ腕を全力で胸を押し当てる。絶対に逃がすものかという意思表示だ。何か面倒な事になったと太郎は助けに来た事を少し後悔した。武器屋で戦利品を売って、必要な人はゴールドを円に換金して異世界バスに戻った。サターナはまだ太郎の腕をがっちり組んで離さない。既にバスに乗り込んでいた鈴とゆっけから殺気が出ている。微弱ながら冴子、愛、杏理からも殺気が出ている。異世界バスの空気が重い。
「おい。モブ太郎。ずいぶんと仲良くしてるね。なんだい腕なんか組んで。やったのかい? そうなのかい?」
ゆっけから凄まじいオーラが出ている。正直太郎は殺されると思った。
「サターナ早くその腕を離しなさい。ゆっけに殺されるわよ!」
鈴が叫んだ。その時、ゆっけの姿が太郎とサターナの前から消えた。慌てて腕を離すサターナ。ゆっけは空中で回転しながらそれを見た。
「サターナ後少し遅かったらその首が転がる所だったよ。ぬふー」
ゆっけはサターナの背後から首を短剣でぺちぺちと叩いた。
「失礼致しました。お客様」
サターナはお姉さまボイスをどこかから引っ張り出して来て必死に怒りの感情を隠す。
「太郎くん、ボケッとしてないで私の横に座りなさい」
鈴が怒鳴る。太郎は飼い主に怒られた猫のように鈴の元に駆け寄った。怒らないでと。
「今日は私の家に泊まりなさい。明日はね、パーティー三昧よ。いえ、パーティー地獄ね。経済界の大者とのパーティーが東京であって、その後異世界でも貴族達や軍の権力者とのパーティーがあるの。大丈夫。服は元カレのがあるから」
鈴が怒っているかと思ったら違って太郎は安心した。気のせいか鈴のこめかみに血管が浮き出ているが。
「鈴さんなら仕方ないか。だが、サターナてめえは許さねえ。むふー」
ゆっけは小さな声でぼそりと言った。その顔はフグのようにほほをぷくっと広げている。そんな状態でも可愛いのだから反則だ。そんな事には気がつかない山田太郎は、これからと明日の事で期待がいっぱいで嬉しさが弾けそうだった。
「ゆっけ。そんな顔しないの。私ね、まだ元カレの事が忘れられないんだ。だからね、そういう事だからさ…」
「マジで! ならまだ私にも可能性がむふー」
太郎はふたりの会話を全く聞いてなかった。聞こえないふりをしていた。胸が張り裂けそうだ。幽霊先輩は確かにいい男だし勝てる気がしない。亡くなった人への思いは強まるばかり。決して幻滅されて減点される事はない。太郎は気がついた。鈴に恋をしていて、失恋した事を。




