03. 左手を添えるだけ
早朝の駐車場
タンタンタンとリズミカルな音が響く
ウィンがボールをドリブルする音だ
駐車場の隅にはバスケットゴールがぽつんと置いてあるが、LAでもないここでは滅多にゴールを決める者はいない
「やっ」
やせこけた細腕のウィンが掛け声あげゴールめがけてボールを投げたが、手前で失速して届かなかった
ぷっと頬を膨らませてボールを取りに行く
ぽーんぽーんとドリブルしながら戻ってくると、ジェイが店から降りてくるのが見えた
ひょろりとした長身で、潮に洗われたように脱色した茶髪をポニーテールに束ねている姿は、畑に植わったトウモロコシを思い起こさせ、ウィンの腹がきゅるると鳴った
「手だけで投げてもダメだ」
ジェイはウィンの背後にまわりボールを持つ姿勢を直した
「上下で挟むんだ
手だけじゃなく腰も膝も、全身をバネにして、ほら」
ジェイのリズムに合わせてシュートするとボードにバンと当たった
「惜しい、あとはコントロールだけだ」
ウィンは「ふうんっ」と鼻から息を吐いてサークルに戻ってくると、もう一度慎重に狙ってシュートを打った
スパン!
ボールがゴールネットに吸い込まれてウィンの顔に笑顔が広がり、振り返るとジェイが小躍りしてハイタッチしてくるのが見えた
「ナイスだ、ウィン」
「ジェイはバスケやってたの?」
「いいや、アニメで見ただけ」
ウィンはぶはっと盛大に吹き出した
「左手は添えるだけってヤツ?」
「そうそう、それ」
そのまま二人はワンオンワンを始めた
身の丈が180㎝近くあるジェイのディフェンスはなかなか抜けないが、ウィンはすばしこく立ち回って何回かシュートまで持ち込んだ
そのたびにジェイは「ハエタタキ!」と言って上から叩き落とそうと阻止してくる
「大人げねえぞ」
「ふはは、修業が足りん」
二人は笑いながら子犬のようにボールを追った
「おーーい、パンケーキ焼けたわよ」
店のバルコニーからマリーンが呼ぶ声が聞こえた
「待ってました!」
そろそろ息が上がってきていたジェイがすかさず叫び坂道を上っていく
30も半ばになるとさすがに子供と遊び続けるほどの体力はないようだ
「マリーンのパンケーキは最高だよ
ホイップたっぷりにしてくれ」
ウィンは半笑いでその姿を見送っていたが、タンタンとドリブルをするとゴールへ向かって走り出した
ゴフンッ!
ワンハンドダンクが決まって、リングにぶら下がったウィンの体がゴールをぐらぐらと揺さぶる
(え?)
その姿を目で追っていたマリーンは戸惑った
一瞬だったが歯を剥き出してボールを叩きつけたウィンの顔が、憎しみに満ちた凄惨な表情に見えたのだ
「ナイシュッ」
叫んでマリーンが拍手すると、ウィンは振り返って手を振り、イタズラ小僧の笑顔でジェイの後を追って駆け出した
(見間違いだよね)
風が潮の匂いをふくむ
少しだけ季節が動き出していた