54,綺麗なのを見繕ってきたよ
キマイラに到着した次の日。アジサシの馬車は広場の隅に展開して商売を始め、出かける四人はそれぞれ準備を終わらせて好きなタイミングで出発した。
チグサとアンドレイの目的は人に会う事なので、ほどほどに時間を潰してから宿を出て、目的地に向かって歩いていく。
広場を通り過ぎて、建物も少なくなってきた道を通り抜け、丘を登っていく。
その先にある一軒家が今回の目的地だ。もう営業時間だろうから、ノックをして少し待つ。
勝手に入ってもいいのだろうが、ここは彼女の家でもあるので基本的にはノックして中から開けられるのを待つことにしている。
「はいはーい、っておぉ、チグサだ。やっほー」
「やあ。久しぶりだね」
「そうだね、最近来てなかったか。ま、とりあえず入りなよ」
出迎えてくれたのは、服装が何やら全体的に非対称になっている女性。
本人の趣味らしいが、靴下もシャツも上着も全てが左右非対称なのは見た目の情報量が多すぎないだろうか。
なんて思いつつ、家の中に引っ込んだ背中を追って中に入る。
「それで、具体的に何か欲しい情報があるの?」
「いや、狙いがあるわけじゃなくてね。何か珍しい魔獣やら幻獣やらはいるかい?」
示された椅子に腰を下ろして、後ろの棚から何やら分厚い本を引っ張り出している女性、ヒエンの様子を眺める。
ヒエン自身はいつでもキマイラにいるが、情報収集を行うお供が大量にいるので世界中の情報を知っている情報屋だ。アジサシとの付き合いも長く、アジサシは珍しい物品を彼女に売り、彼女はアジサシに珍しい物の情報を売る、という取引をずっと行っている。
「そうだなぁ……あ、ジュラドースが出たって話があったな。第三大陸からまっすぐ進んで内流を抜けた先。……嫌そうな顔してんねぇ、どしたん?海で嫌な思いでもした?」
「海そのものじゃないんだけどね。海を越えられるだろうだのなんだの、少し絡まれたもんだから」
「なぁるほど。他のにする?」
「聞くだけ聞いていいかい?」
そこまで大きく顔に出したつもりはなかったのだけれど、ヒエンは目ざとくそれを見つけてからかうように聞いてきた。
彼女は若く見えるが、チグサよりも年上だ。その上チグサの事情を知っている数少ない相手でもあるので、特に隠しはせずに嫌がった理由を声に出した。
素直に答えればそれ以上何か言われることもなく、他の目撃情報などを提示される。
けれど、どれも次に観測できそうなのは少し先のことのようで、時期的にもちょうどいいのは内流の先に居るというジュラドースくらいらしい。
それならそれで、まぁ仕方ない。絶対に行きたくない、というほど強い拒否感があるわけでもないので、まずはジュラドースを探しに行くのがいいだろう。
他の情報については、その後で行くかどうかを決めればいい。
「なるほどね、ありがとう。支払いは何がいいかな?」
「流星鱗があるって聞いたよ。いくつか欲しいな」
「言うと思って綺麗なのを見繕ってきたよ」
「流石チグサ。大好き」
「ついでにレウコスが作ったブローチもあるよ」
「えすっごい綺麗。相変わらず細かいもん作ってんねぇ……」
聞いた情報をメモして、持ってきていた流星鱗を渡す。他にも欲しがりそうなものはあったのでそれも持ってきていたのだが、言われないので特に出すことはしなかった。
そしてそのまま少し世間話をして、他の客が来ないうちに帰ることにした。レウコスたちは……まだ戻ってきていないだろう。どこかで寄り道もしてくるだろうから。
「ボクらも寄り道していくかい?」
「どこに行くつもりだい」
「特に決まった目的地はないよ。散歩」
キマイラは、地元民でも迷うほどに複雑な地形をしている。何をどうしたらそうなるのかと聞きたくなるような立体交差や、唐突に現れる行き止まり。
しまいにゃ道があるはずと進んだ先の、登らせる気があるのか分からない急こう配な階段。それを迂回しようとするととんでもない遠回りになり、最終的に道に迷う。
そんな国なので、地元民でも自分がよく使う道以外を通ると迷うのだ。
けれどまぁ、迷う事を前提にしてそれも楽しんで散歩をするなら楽しい場所だ。チグサは割とよく散歩に出かけるし、そのまま迷って中々戻ってこなかったりする。
アンドレイは地形の把握能力が高いので、一緒に行くとあまり迷わない。最終的に馬車のある広場か宿まで戻るためには連れていきたい人材だ。
チグサが散歩に出ると中々戻ってこないのはアンドレイも分かっていることなので、さっさと連れ帰るためにもため息を吐きつつ道を逸れるチグサについてきた。
「行けるところまでまっすぐ行ってみようかな」
「もう好きにしてくれ」
「やったー」
どうせ好きにするつもりだったろうに、許可を得たことでチグサはご機嫌に速度を上げた。
速度を上げようがアンドレイを振り切るのは不可能なので、上げたことに意味はない。戯れのようなものだ。
そうしてまっすぐ進んで、階段を上がったり坂を下ったりしていると道の向こう側から人が歩いてくるのが見えた。
「って、おや」
「あれ、団長」
「どうしたんですか?迷子ですか?」
「こっちの台詞だなぁ」
こんな複雑な国でまさかの再開を果たしたレウコスとコリンに、思わず笑いがこみあげてくる。
そのまませっかくだからと一緒に移動することにして、夕方になるまで散策を楽しんだ。




