三章12
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カムギは一時の熱情にかられて古代樹まで来てしまったものの、はてこのようなただ待つという冷静な時間がくると、本当にこれでよかったのだろうか? という気がしないでもなかった。紅市装兵団のリーダーであるウォントン・ジェフがいかに危険な男であるか、顔見知りのカムギは十分理解していた。だからもしかしたら、自身が本当にすべきことは古代樹に来ることではなく、ウォントンを倒してサリヴァンの平和を取り戻すことなのではないかと。しかしカムギは、できることなら殺し合いのようなことはしたくなく、どちらかが選べるとしたら、もちろん殺さない方を選ぶのは道理である。ウォントンは逆であろうか。
車の後部座席でダヴィは昼寝をしていた。パルと分かれて、というか置いてけぼりを喰らわせて、襲撃者を追ったダヴィであったが、結局捕まえられず、切り換えてパルを探したが、これもどこを探しても見つけられず、仕方なくカムギと発煙筒で連絡をとり、なんとか出てきたのであった。
カムギはダヴィのそんな行動に呆れて言葉も出なかったが、ダヴィ曰く、ただただ興奮していて何も考えていなかった、そうである。車に寄りかかりながら車内で眠っているダヴィをのぞき込んだ。その顔はティーン特有の中性的なもので、まるでおとぎ話に出てくる眠り姫のようだ、と感じた。よく考えればパルやダヴィも年齢的には学校で勉学に励むべき齢であり、こんな所で世界の命運を分けるかもしれない戦いに巻き込まれているというのは、なんとも因果な話である。そんな彼らの時間は眠り姫よろしく、その姿のままに止まってしまっているのかもしれない。であるならば、彼らは彼らが本来過ごすべきはずであった、劇薬アシュラや科学宗教ポノウェに振り回されることのない時間を、我々大人が差し出すべきではないか、それを受け取るか否かは本人の自由として、と考えていた。かつて、エドウは車内にいる同僚を見て、棺桶に入る死人のようだ、などと言ったが、カムギとエドウの差異とはこういった点であるのかもしれなかった。もちろん、今それらの考えを起こした場所も対象も時間も異なるので、互いにそれらを入れ換えればまた考えも変わるかもしれぬのだが。しかしことここに至って、カムギは未だエドウを心のどこかで信じ続けてもいた。今の真エドウが見たエドウの有り様をもちろんカムギは知らぬが、バビロン・シークレエで神秘的な真エドウと出会ったこと、そしてエドオルムの保安局員養成学校でまた出会ったエドウナウカを、カムギはやはり同一の、奇妙な人物だと捉えていたのである。カムギはある時、エドウのことをダヴィに話したことがあった。その時のダヴィは、とても懐かしく優しい顔をしていた。彼曰く、自分とエドウと妹のパルはポノウェの中で年齢が近いためか、非常に仲が良く、いつも遊んでいたと語った。カムギはそれをとても驚いた。というのも、カムギの知っているエドウナウカという人物は、どこか影があり控えめだが、生真面目で鋭いナイフのような人物、という感しかなかったからである。そうか、エドウにもそんな時代があったのは至極当然か、それを聞いたカムギはダヴィにエドウとの思い出を尋ねた。すると、劇薬アシュラやポノウェについてはほとんど何も覚えていないのに、エドウのこととなるとダヴィは饒舌になった。パーティーに誕生会、些細なケンカ仲直り、分かれ、成長、そこにはただ等身大に生きる少年少女がいたのである。それを聞いた時こそ、カムギはなぜこの彼らがサリヴァンの血生臭い戦いに巻き込まれねばならなかったのかと、自分の立ち振る舞いを見咎めるような気がした。しかし、彼らは舞台上に上げられ、幕は上がってしまった。そうしたら終幕まで彼らは付き合ってもらう他ない。
そう思って車内のダヴィをのぞくと、ダヴィは覚醒しており、車内から前方、遥か彼方の山々の谷間の空を凝視していた。
カムギがドアを開けて、
"おお、起きたか。……どうした? ダヴィ?"
と声をかけると、
"何か……、来る。"
とダヴィが言った。
カムギを押し退けて車から飛び出したダヴィは、車の上へと駆け上ると彼方の空を見続けている。
カムギは慌てて双眼鏡でダヴィの言う方角を見た。
それは荒々しいこと岩山の肌の谷間から、点々と何か黒い粒のようなものが無数に集まって蠢いていた。
"んん? あれか? あれは……。鳥でねえか?"
"いや、違う、あれには敵意がある、あれは……、敵だ!"
そう言うと、ダヴィはトランクを開け武器を探し始めた。
"敵ってお前……。俺達武器なんか何も持ってきちゃいねえぞ! 戦闘する気なんてなかったからなぁ! あっても護身用の拳銃ぐらいだぞ!"
きびきびと動くダヴィに対し右往左往するカムギはまた双眼鏡で黒い点々を見た。すると次第に、その黒い点々が鳥ではない何か所々が鋭く尖った、凶悪な様をしていることがわかってきた。だからといって何をすればいい! パルが古代樹の中にいる以上逃げることはできない、それより逃げた所でおそらくすぐに追いつかれる、ならば、最大限生き延びることを考えるしかない。カムギは今一度敵を見た。それの姿が鮮明に見えるようにこちらに近づいてきており、それは昆虫の姿をしていた。
"うわっ! 何アレ!? ばかデッカイ虫じゃん! あんなのが俺達の敵なの? ウゲェ〜。"
カムギは、今の装備であれと渡り合えるはずがない、であるならば、逃げる一択しかないであろう、ではどこに逃げるか? 周囲を見渡した。目前には、古代樹の森があった。彼はダヴィの襟首をつかむと、車の助手席へと放り込んだ。
"どうする気だ! カムギ!"
とダヴィに問われると、
"木を隠す森のなんちゃらって。あんなのと戦っても勝ち目はねえ。だから、古代樹の中に隠れてやり過ごすのよ。"
"やつらは皆殺しにするまでやってくるぞ!"
"つーても今の俺達に迎え撃つ手なんか何もないでしょーが。"
そう言うとカムギはアクセルを踏み込み、古代樹の中へと突っ込んだ。
木に極力ぶつからぬように運転しながら、奥へと進んでいく。羽ばたきの音が徐々に聞こえ、大きくなってゆく。おそらくあの昆虫の敵の大群が古代樹の上空を翔び回っているのであろう。行く先もわからず突っ走っていると、突如森が開け、木々に覆われた薄暗い広場のような所に出た。いきなり何の準備もなく飛び出してしまったので、カムギは思わずブレーキを踏み、呆然としてしまった。そのまま、そろりそろりと車を降りた。
その広場の中央には、一本のか細い木が立っていた。高さも5mほどしかない。
"あれが……、古代樹?"
しかしダヴィはといえば、自分が入った時にはこんな所になど出なかったと、訝しんでいた。
カムギがそのか細い木に触れようとすると、暗い木々の緑の天井を突き破って、昆虫の敵が降ってきた。素早い身のこなしでそれを避ける。
ダヴィは車から飛び出すと拳銃を構えた。
昆虫の敵は、全高2mほどで、象を思わせるような質量を感じさせる、ラーネトウィンとカーヴィンが戦った時に現れた等身大の昆虫の怪物とまったく同じそれであった。
"近くで見るとやべえなコイツ。"
カムギが等身大の昆虫の怪物に威嚇されながらも尻もちをついて見ていると、ダヴィがそれに取り付き、至近距離で拳銃を発砲した。しかし、その外殻は相当固いのか、弾丸をまったく受けつけない。全弾を撃ち尽くしたところ、等身大の昆虫の怪物の激しい挙動で投げ出されたダヴィは地面へと叩きつけられ、その鋭い前足が彼を切り裂かんとした。
やられる! ダヴィがそう思ったその時、カムギが等身大の昆虫の怪物に飛びついて、その頭部の外殻と外殻の間の関節部に全弾を撃ち込んだ。すると、それの頭部がじわりともげて、その挙動が曖昧になると、ダヴィのすぐ横にばたりと倒れ込んだ。等身大の昆虫の怪物の死体から飛び退いたカムギは、
"はしゃぐなダヴィ、死ぬぞ。"
と言った。
カムギに手を取られ立ち上がったダヴィは車の方を見た。すると車はもう一体のそれにバリバリと胸で押し潰されて、使い物にならなくなっていた。
"ああ! おれの新車!"
すると、木々の影の至る所から、同じ等身大の昆虫の怪物が何体もぞろぞろと現れ、カムギとダヴィはあっという間に囲まれた。
"よお、冷静沈着なカムギさんよ。俺達はどうすればいいと思う?"
とダヴィが聞いた。
"ちょっと強面てなカンジだけど……。お前昆虫語話せるか?"
"すまん、俺は話せん。"
そんなやり取りの最中に、一体の等身大の昆虫の怪物が彼らに飛びかかった。
二人が回避の行動を起こそうとしたその時、凄まじい速さで突っ込んできた白狼に等身大の昆虫の怪物は吹っ飛ばされ、そのまま白狼と揉み合いになった。
"狼!!? なんだあ!?"
その後、次々と白狼が現れると、等身大の昆虫の怪物と取っ組み合いを始めた。
とりあえずカムギとダヴィは絶体絶命の危機からは何とか脱したようであった。彼らが呆気に取られいると、一匹の白狼が近づいてきて、
"ご無事でしたか、御二人共。ところで、パルというお嬢さんは?"
と尋ねてきた。
カムギはさらに開いた口が塞がらなくなったが、
"パルはまだ、古代樹の中だ!"
とダヴィは叫んだ。
"であるならば、ここはまだ落とされるわけにはいかない。"
白狼は牙を剥き出し、等身大の昆虫の怪物に飛びかかった。
***
"儂も古代樹の一族に名を連ねてはおるが、記憶の根の資格は持っておらん。どんな物であるのか、儂にも詳しくはわからんのでな。"
パルは古代樹の一族の獣の少女、コ・オーと話し合っていた。見る限り、このコ・オーという少女は、悪い人物ではなさそうだが、相当クセのある人物だと思った。しかし、1000万年も生きていればたかだか数十年しか生きていないパルに彼女の思想など辿り着くはずもなかったし、それを理解したところで、よくて100年行くか否かという自分の生にそれがどれほどの価値があるのかめわからなかった。
"どうした? パルちゃん、何か浮かぬ顔をしておるな。不安か?"
コ・オーはパルを愛称で呼ぶほど親しみを持って接していた。彼女は見込んだ相手には惚れっぽいようであった。
"いえ、コ・オーさんは、1000万年も生きてきて、どんな風に世界を見ているのかなって……。"
とパルが言うと、
"うにゃあ……。儂のことはオーちゃんでいいんじゃよ、そんなに固くなるな、次期記憶の根の列車の頭取よ。パルちゃんもいつか儂と同じ地平に来るだろう……。大丈夫! 儂もついているじゃよ。だから! このオーちゃんになんでも聞けい!"
コ・オーが胸をポンと叩くと、
"では……。オーちゃん……。記憶の根とは何ですか? そして私は、何をすればそこに行けるのですか?"
と聞いた。
"なぁ〜にを言っておるんじゃが! 記憶の根の列車は誰でも乗れる、文字通り記憶を旅するための列車じゃ! まあ、人間は何故かおいそれと乗れなくなったがな、なんでじゃろが。わからんな。まあ定時になればここに列車が来るそれまで待つんじゃ。それに、ホラ。"
と、コ・オーの指の先にパルが目をやると、黒い牛のような生き物や野鳥の親子群れや魚の集団、様々な生き物達が古代樹の中に集まっていた。パルは絵巻物でも見ているのかと目を擦って二度見したがやはりそこには彼らはいた。
"えっ、いっ、あ? 何で?"
とパルが言うと、
"覚えておくんじゃな。人間は彼らの命が自分達より下等と考えているようじゃが、彼らも記憶の根の列車のような文化形態を持っているということじゃ。この古代樹への入り方も皆知っておるぞ。人類は記憶の根の列車も古代樹も忘れおったがな。いや、人類はあえて忘れたのかもしれないな。新しい世界を創るために。そして、創った。ではあとはいかにつながっていくかということじゃな。そういえば人類といえば、かつてこのサリヴァンにいたヒノマルという原住民は儂を神などと言っておったがな! ガハハ!!"
パルは身の周りに動物や鳥や魚や虫がどんどんと集まってくる光景にめまいがした。これが現実であるとは。しかしもしかしたら、ホモ・サピエンスという一種のみで構成された現実こそが非常に視野のせまい虚構に等しいものだったのではないか、そう感じた。それはパルにとって世界が、バキリバキリと新陳代謝をしてゆくことであった。しかし今のパルは何か喜怒哀楽のどれかであるというよりも、凄まじく静謐で神聖なものに立ち会っている、という感じだった。しかし、それは同時に優しくも温かくも残酷でもあった。その残酷さを、パルは未だ言語化することをはばかられた。
"おや? 貴方はこの前のお嬢さんではないか! またこんな所で会えるとは!"
パルが声の方へ振り向くと、そこにはいつぞやココという少女と幻覚の中で一緒に踊った時、一緒にいたトカゲがいた。
"あら? あの時のトカゲさんじゃない! また会ったわね! どうその後は? ココさんは、お元気?"
パルがしゃがみ込んでトカゲに尋ねると、
"いやあ、ココさんはあの後、女神様になったんです! とても元気にやっていますよ! いつかきっと貴方も会えば、びっくりなさるでしょう!"
と、興奮混じりに言われたので、何のことかまったく分からなかったが、パルはうんうんと頷いていた。しかし、いまパルが見ている自然というものが、専門知に基づいたものであったかははなはだ怪しかったが、彼女は彼らを科学的に自ら人間の中に分解し組み込もうとするのではなく、ただそこにいるからと同等に、尊重などとも合わさることなく、ただ同じ空気を吸い、互いに同じ時間と空間を生きようとしていた。それは無知であるパルが唯一できる、真摯さでもあった。
すると、ポポーッ、という汽笛が鳴った。鳥や虫や動物や魚が一斉に動き出した。
それらにつられてパルも動く。
古代樹の幹がばっくりと大きく、6mほど裂けて広がると、そこから列車がぬっくと現れた。それは青と白と茶色で構成され、青い煙突、白い流星系の車体、青いフロントカウル、そして茶色い翼のようなものがあしらわれたエンブレム、大きさは普通の機関車より一回り大きかった。ゆっくりゆっくりと進み、そして停車した。すると最初は下車する客が降りてきた。これもやはり鳥や虫や動物や魚がだった。そして次に古代樹で待っていた彼らが乗車した。
それに流されるように、パルも乗った。すると、内装は木材でできており、対面型の座席が二列に配置された、古びた機関車、といったものであった。
彼らは思い思いの席に座って、発車の刻を待った。すると、旅客車両の奥から、黒い大きな猛禽類の鳥の背広を着た車掌が切符を切りに来た。乗客が皆ようようと切符を出し、それを切っていく。
パルは、自分は切符を持っていないと慌てたが、車掌が彼女の前に来ると、ぺこりとお辞儀をした。
"お待ちしておりました、記憶の根の列車、頭取。ささ、こちらにお迎えでください。"
そう言うとパルを列車の奥へと案内した。
パルは車掌に案内されるままについてゆくと、記憶の根の列車の機関部にやってきた。そこはパルの目から見れば何やらわからぬものの集合体であった。そして彼女はどうやら炉のようなものの前へと誘われた。
"さあ、ここに息を。そうすれば、この列車は頭取の所有物になります。"
と車掌が言う。
"本当に? ……本当に、私でいいんですか?"
とパルが言うと、
"それは別段重大なことではございません。それは誰しもが持つ権利であり、その中で、貴方様がその権利を扱う素質があると認められただけです。"
パルは言われるがままに炉へと中腰になり顔を近づけると、ふうっ、と、息を吹き込んだ。すると、その息は逆にずるりずるりとパルの中から様々なものを引きずり出すかのよう、気づいたら自分までもが体の内側から引っ張られたように息になり、すべてをまるごと炉の中に入ってしまった。
パルはこの時、自分が騙されたのではないかと思ったが、遅かった。彼女は記憶の根の列車の炉の中で全てが溶けてしまっていた。私は死んだのか? とパルは感じたが、案外まったくの的外れというわけでもなかったかもしれない。パルは、パルという意識と精神はそのままに、まったく新しいもの存在へと創り換えられているのかもしれなかった。しかしそれは死というものではあるまいか? しかしそれ、鳥や虫や動物や魚にとっては死ではなかった。こう書いてしまうと、これを死と見ない彼らの方が高尚で、それを死ととる人間が低俗のようにうつる安易な図式の中に落とし込んではならない。おそらく記憶の根の列車の炉で溶けるという臨死体験の本質は、観察なのであった。すべてが溶け、また改めて再生されるまでのその瞬間、自身でありながら存在から解放された意識と精神で、記憶のちょうど複根のように網状につらなった生きてきて累積された記憶をつぶさに観察するのである。その時その観察者は、時間や空間を容易に飛び越え、意識と精神の状態でより生々しく観察するのである。これを経ることで、初めて乗客は記憶の根の列車の意味を知るのである。それをもし人間の世界の領域で表現するなら、演じる、という行為が近しいかもしれない。演技もまた、役という一人の人間の生の記憶を、役者という戯曲の世界から見た別次元の存在が自由に観察し、その成果物が演じる、ことである。つまり、記憶の根の列車は容易に人間の世界に存在していたということである。その舞台上では、意識と精神はそのままに、全く新しい存在へと、創り換えられているのである。しかしそれは死などではない、強烈な生である。鳥や虫や動物や魚にとっても、それは死ではなく、生であり演技であった。彼らはそうゆう意味では、永遠に生き続けていた。ただ単に生と死を分割し区別するというものではない。しかし、だからといって生と死を同じだと混同し、徒に死を求めるようなことはあってはならない。だが悲しいかな、人間にこの生と死の微妙なニュアンスで語られる生命の讃歌というものを理解することは難しかったかもしれない。ならば、それがホモ・サピエンスという種が繁栄した陰で衰えていき、そして限界を迎えてしまったものであるかもしれなかった。しかしパルにはそれが何となくわかった。彼女の意識下では今までのエドウやダヴィやディオやイシエやカーヴィンやポノウェや、彼女と触れ合った様々な人との記憶がサリヴァンの歴史と混じり合い、一つの絵巻物を見ているようになった。そしてそれは、まぎれもなく、世界がつながっていく! そこからさらにズームアップしてゆくことでサリヴァンに生きた鳥や虫や動物や魚までもが、彼女の記憶の中を駆け巡り、いつしかそれは巨大な城のようになっていった。それは絵巻物が、幾重にもなってできたものである。パルはそれをすべて処理し切る能力が、神的想像力があった。その果てに、彼女はどうしたか? パルは微笑んだのであった。ただ慈しみ、微笑んだのであった。しかし、かと思えば突然ですが大声で演劇での誇張された物よろしく笑ったりもした。
***
パルが意識と精神を戻すと、そこは記憶の根の列車の機関室であった。彼女は思わず自身の身体を触って確かめた。しかし何ということはない。つい先ほどまでの自分となんら変わってはいなかった。パルが自身の安否を伝えんと振り返ると、機関室には誰もいなかった。慌てて機関室を飛び出すと、記憶の根の列車の旅客車両の乗客達の鳥や虫や動物や魚はブルブルと恐怖に震えていた。ますますわけがわからなくなり、パルが乗車口へと急ぎ、顔をひょいと出すと、古代樹が燃えていた。
"おお! パルちゃん! 帰ったか! 今のちょうどこの不届き者を成敗しておってな! ちと上空で古代樹を燃やしておるやつらを蹴散らしてくれんかのう!"
と、等身大の昆虫の怪物をその爪でなぎ払っていたコ・オーがパルへと叫んだ。しかし蹴散らすといっても、ジョウザンシステムの無い今の自分に何ができるのかわかりかねたパルは、
"君はもう記憶の根の列車の頭取だ! その力を使え!"
という、謎の男の声を聞いた。パルは目をつぶり、そして記憶の根の列車を思った。すると、彼女の全身を水晶のような煌めきが集まり、それが徐々に色づき形となってゆく。頭には赤き王冠を戴き、腰部には赤と青と黄色の背中全体を覆うほどの巨大なジェットエンジンのようなものを左右各一基ずつつけ、両手には黒白の大砲を備えていた。これが記憶の根の列車の所有者となったパルの力、パルラストレヴィストロースであった。
パルラストレヴィストロースは古代樹の所々が燃える緑の天井を見上げると、それの向こう側に邪悪な羽ばたきを聴いて、腰部のジェットエンジンを着火させ、飛び上がった。
凄まじい速度で古代樹を抜けた彼女は、そこの上空に夥しい数の等身大の昆虫の怪物がいることを確認した。すると、両手の大砲を左右へと大きく広げるとそのまま竹とんぼのように回転しながら両手のそれから破壊光線を放った。
等身大の昆虫の怪物はそれが当たるとまっさらと消し飛び、3回も回ると上空のそれらはあらかた片付いた。
両手の大砲の排気口から熱を排出しながら、彼女は残りの等身大の昆虫の怪物を、その両手の大砲の凄まじい質量で叩き潰し始めた。
すると、残っていた等身大の昆虫の怪物が一箇所に集まり出し、アメーバのように合体し、一つの身長50mの赤い昆虫の怪物になった。これも、カーヴィンとラーネトウィンの戦いで出てきたものと同じであった。赤い昆虫の怪物は口から赤黒い息を吐くと、古代樹をさらに燃やす。
それに対しパルラストレヴィストロースは、これ以上やらせてはならぬと破壊光線を放ったが、その当たった部分が消滅するのはよいものの、すぐさまアメーバが覆い、元の形に復元されてしまった。
そして、それに気づいた赤い昆虫の怪物は、パルラストレヴィストロースに目がけて赤黒い息を吐いた。
彼女はそれを縫う様に回避しながら赤い昆虫の怪物へと突っ込んでいった。そうして赤い昆虫の怪物の体表へとがっしと取り付いたパルラストレヴィストロースは、左腕の大砲と両足で自身を固定しながら、右腕の大砲で正拳突きをした。すると、それの赤い装甲を突き抜け、大砲をばきりと減り込ませると、今度は破壊光線を一点ではなく、広範囲に拡散するように放った。
すると、赤い昆虫の怪物の体の節々から光が漏れたかと思ったら勢いよく噴き出し、内側から膨れ上がると、凄まじい音を立てて爆裂した。
パルラストレヴィストロースは散り散りに消滅していく赤い昆虫の怪物の中で悠々と滞空していた。




