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未完結「A-レクトル」  作者: 牝牡蠣
アシュラ-レクトル
28/62

三章⑧

***


 パルは意気込み揚々と旅に出たものの、することといっても運転はカムギしかできないので、パルとダヴィは助手席と後部座席でじっとしていることしかできなかった。

 あの騒がしかったダヴィはというと、車に弱いのか、めっきり喋らなくなってしまった。

 本当に、何もやることがなかったので、パルはじっとしていた。気紛らわしにカムギと軽く会話をすることもあったが、そこまで話は広がらなかった。サリヴァンの都心部とは異なる、広大な荒野の眺望を楽しむこともできたが、観光目的ではないのでそこまで乗り気にはならない。出発からすでに6時間は経過しており、陽は隠れ始めていた。まるで、映画でも見るような風景だ、と、パルは思った。それはあまり息吹ある詩とは言い難い平凡愚図月並みな表現であったが、そう言うしかなかったので、仕方あるまい。

"ねえ、パルちゃんは、こうゆうとこ……、ああ、今走ってるみたいな、大自然のパワー! みたいなとこって、今まで来たことある?"

 カムギが不意に聞いてきたので、パルはドキッとした。

"ううん……ないわ。私とダヴィは、小さい時からずっとポノウェにいたから。自然といっても、近所の自然公園に遠足に行ったぐらい。こんな所、初めて来たわ。"

"じゃ、外の景色とか見てて感動とか、する?"

"ううん……、あんまり……。"

"そっか。俺は若い頃とか、いろんな所行ったかなー。まあ、全部、思い出程度で、何か覚醒するとかなかったけどさ……。"

 パルはなぜカムギがこのようなことを聞いたのか、その意図がわかりかねた。

 するとカムギが、

"ちょっと休憩しない? 車降りてさ、俺休憩したいな。"

 と言った。

 ずっと運転しっぱなしのカムギに、パル達が反対する理由はないので休憩することにした。

 車を車道から逸らし、止めると、ドライブキーを抜いて、皆は車を降りた。

"おいダヴィ、車番してれ。"

 とカムギは強引に車の見張り番を任せた。もし賊に襲われた時にダヴィ一人で十分なのかという不安があるかもしれないが、ダヴィはポノウェの一員で、カムギの言う所のバビロン・シークレエの凶行が偽りであったとしても、クローンダヴィの元となったオリジナルである。カムギはその高い戦闘力を見こして、頼んだのであった。


 パルがフラフラと歩く後ろに、カムギがトボトボとついて行った。見渡す荒野は、乾いた風に静かに乗ってくる微かな砂ぼこりの臭いと、乾燥帯特有の植物がだあっちらこっちらに、ポツポツとあるばかりである。地平線近くには岩の隆起したところもあったが、ここからはとても行けまい。パルは大股で俯きながら、スンスンと乾いた地べたを蹴りながら、歩いていた。すると、

"ちょっと! パルちゃん!"

 とカムギに呼ばれた。

 パルはまたドキッとして、振り向くと、カムギの元に近づいていった。

 カムギはしゃがみ込みながら、何かを手に持っていたので、パルがその中をのぞき込むと、そこには一匹のトカゲがいた。

"大丈夫、毒とかはないから。多分、葉っぱなんかを食べたりする雑食のトカゲでないかな? いや、蕾かな?"

 カムギの手の中で動き回るトカゲを、パルはじっと見ていた。カムギに声をかけられなければ、パルは生まれてこの方、トカゲをこんなに凝視したのは、初めてだった。

"どお? ちっちゃくて、可愛くない?"

 カムギに問われると、

"可愛い……。"

 パルは意思表示でなく、オウム返してしてそう呟いた。

 パルが両手を受け皿にすると、それを見たカムギがそっとトカゲをパルの手の皿に下ろした。

 パルは自身の手の中のトカゲを凝視した。

 トカゲはパルの手の中でキョトンとしていたが、元気に動き回り始めた。

 パルの手の中にトカゲの感触が残り、こそばゆくなった。

"おっ、パルちゃんトカゲ大丈夫か。ブン投げたり潰したりしちゃったら、どうしようかと思ったぜ。"

 そんなことはするはずがないだろう、と、パルは思ったが、確かに手の中で動くそれは、何とも言えない不思議なものであった。パルはしゃがむと、手の皿を地面へとつけて、

"ありがとうね、さあ、お帰り。"

 と言った。

 トカゲは、少しばかりくつろいだ後、勢いよくパルの手から飛び出し、一目散に走り去ってしまった。パルがその姿を目で追おうとすると、沈む太陽がドロンと目に入ってきて、びっくりした。

するとカムギが、

"ねえ、きっとこの荒野には、あれぐらいの命が、たくさんたくさんいるよ。サリヴァンにいる人々とは比べものになんないくらい。なんかさ、こうゆう世界もあるんだよって、せっかくだから、知ってみてほしいかなって。"

 とカムギが言った。彼が一体何を目論んでこんなことをしたのか、パルには皆目わかりかねた。



***


 ココ達の転居していた隠れ家は、日に日に質が落ちていった。というのも、紅市装兵団の猛追により、人の住めるような所にはすぐさま追手が来るので、逆のそうではない場所で寝起きするしかなかったのである。ココや子供達は目に見える疲れが表れていた。それは、捕食されるか否かという野生動物のそれより数段悲惨であった。なぜならそれは、命の尊厳としての生殺ではなく、虐め嬲るところの暴力だったからである。イシエ達大人のメンバーも、何とか場を明るくしようと努めたが、その一時は皆から元気笑っても、それが過ぎてしまえば残るのは沈鬱でしかない。この時期からココは、一人で日記を書こうと思い立った。現実はひどく窮屈だが、文字の世界だったら、もっと自由に動けるのではないか、そう考えたからである。しかしそれは、少しばかりの息継ぎにはなったものの、劇的に事態を変えることは、できなかった。もし効果があれば、子供達にも勧めようかと思っていたが、残念ながら苦労の方が効果を上回ってしまった。こんな自分の有様を見ていると、疲れているのは明白だが、それでも出来うる領域でのびのびとしている子供の指の城の子供達の方が、よほど自分より強いのではないか、ココはそんなことを考えて自己嫌悪した。当然、その身の上気軽に外出することも出来ず、薄暗く臭いジメジメとした隠れ家に閉じこもりっきりになった。今にも、自分達を押さえつけているイシエのような大人達につかみかかってやろうかという気の動転もしばしば起きたが、最後の理性で自身を戒めていた。なぜ、自分達がこうなるのか? なぜ苦しまねばならないのか? なぜ死の危険におびえなければならないのか? ココはだいぶまいっていた。


 それはある朝のことである。ココと子供の指の城の子供達は豆の缶詰とクラッカーで食事を済ますと、また、無為な一日が始まる、ココがそう思った。すると、子供達が急にはしゃぎだした。ココは、元気がいいな、と、思っていたが、なぜか気になって子供達の元へ向かった。

"何をしているの?"

 ココが子供達の視線の中心をのぞいた。

 するとそこには、一匹のトカゲがいた。しかし、そのトカゲの動きはあきらかにおかしかった。トカゲは二本足で立ち、ダンスを踊っていたのである。

 自分は幻覚でも見ているのだろうか、ココはそう思い、目をこすったが、トカゲは踊っていた。はしゃぐ子供達の方を見ると、どうやらそれを見て、はしゃいでいるようである。皆が同じ幻覚を見ているのであろうか? ますます意味がわからなくなり、ココは隣にいたレキュスタに、

"ねえ、トカゲが踊っているの、そんなにおもしろい?"

 と尋ねた。

 それを聞いたとたん、子供達の空気が変わり、一斉にココを見た。

 そして、トカゲもココを見た。

 一斉ににらまれて、ココはドキッとした。それらの目は、ココの素質を吟味しているかのようであった。

 気づいたらトカゲも、四本足の腹ばいになっていた。

 すると、子供達5人はお尻を突き出すように顔だけ集めて、皆でこそこそと相談を始めた。

 ココはもう呆れてしまっていて、一体何が起こっていて、何をしようというのか、わからなくなっていた。そして、いつまでこの茶番に付き合えばいいのだろうかと考えていたその時、

"どうしたの?"

 と、大人の女性のメンバーがココと子供達の様子を見に来た。そして、足元にトカゲがいたのを見つけると、

"あ、トカゲ。"

 と言って、踏んづけてしまった。

 それは反射的にあまりにも迅速に全体重を片足にのせて踏まれたので、トカゲはペシャンコになってしまった。

 ココは思わず子供達を見た。

 しかし彼らは先ほどまでのことが嘘であったかのように、散り散りになっており、思い思いに遊んでいた。

 ココは足元の潰れたトカゲを見た。女性メンバーがそれをつまんで捨てようとしたので、彼女がそれを止めて、自分が両手で潰れたトカゲを包むと、どこかに供養してあげようと思った。ココが隠れ家の外へと出る。すると、まぶしい白昼の日差しが彼女の目を射た。思わずココは手でそれをさえぎろうとした。して、しまった! と思い手の中を見たら、潰れたトカゲはなかった。辺りあちこちを探したがついに見つかることはなかった。それは誰一人、ココのみが抱えることになった、一つの秘密となった。


 それ以降、ココの心の中には、あの潰れたトカゲがどうとなくいた。まさか、あの潰れたトカゲはココの手の中をすり抜けて、心の中に入り込んでしまったのか、そんなファンタジーすらも考えるに至った。子供の指の城の子供達に、あのトカゲの踊りのことを聞いても、釈然としない回答しか返ってこなかった。というより、彼らはトカゲのことを覚えていなかった。それはさらに、ココに対してあのトカゲの神秘さを高めるのに役立った。

 それを見計らったかのように、隠れ家にファントムとモンズダイストが現れた。二人とも青白い顔をしていた。

"ここに敵がくるかもしれないあ! 早く逃げろ!"

 ココと子供達は、着の身着のまま一目散に逃げた。ココの後ろでパパパパンと銃声と炎が見えた。足がもつれそうになりながらも、必死に走った。ただ走っている最中に、当然頭の中にはこういった言葉が浮かんできた。私はなぜ走っている!? 私はなぜいきている!? 散り散りに逃げてしまったことが、幸か不幸かわからないが、一人の死者も出さずに済んだ。


 一方同時刻のファントムはというと、一人地下空間のアジトで指揮を執っていた。

 すると、先の部分とにずれが生じる。なぜ、ココ達の隠れ家に危険を知らせたファントムが、今地下空間のアジトにいるのか? それは、ココが聞いたファントムとモンズダイストの敵の襲撃の叫びとは、すべてココの幻覚だったのである。おそらく、逃亡生活のストレスから心身に支障をきたしてありもしない幻覚を体験しているのだろう。しかし、ファントムやモンズダイスト、イシエを含めた周りの大人は、紅市装兵団に対する仕事で手一杯で、ココの心のケアまで気が回っていなかった。彼女がもはや自由に動くことのできる場所は、幻覚の中でしかなかった。幻覚の中でココは駆けていた。幻覚の敵から逃げるために。しかしそれはなんとも、爽やかなものだった! 思う限り精一杯駆けることは、気持ちのいいものだった! たとえそれが幻覚であろうと、それは気持ちのいいもので、ココにはあった。


 もはやそこは、ココの知らない、ココの心の中で構成された、奇怪な路地であった。その駆け下りる階段は地平の果てまで無限に続いており、道は大蛇のように激しく揺らめき、それはさながらジェットコースターのようである。そこから真っ逆さなに落ちてしまっても、大蛇の道がココを優しく抱き入れてくれた。それは、変温動物とは思えない、人肌温いものであった。空には満天の星と、まん丸の大きな月が黄金に輝いていた。夜空はフルートのように軽やかで美しい音色を奏でていた。

 ココは笑っていた。最近からは考えられぬほど、命の限り笑った。たとえこれが幻覚でもいい! ココは無意識下でそう考えていた。すると、ココは幻覚の中で広場に出た。そこは、夜の空気で建物が青くたたずみ、幻覚の中では一番黄金の月が大きく見えた。その広場の中央に誰かがいた。ココは目を凝らした。そこには、潰されたトカゲが元気に立っていた。

"お嬢さん、私と踊りましょう。"

 ココはその申し出を受けた。そのトカゲの小さな手を取ると、一緒に踊った。人とトカゲではサイズが違うのに、いかに踊りを踊ったか、ココにはそんなことはどうでもよかった。ただこの輝く星空の、澄み切った青の世界の中で、何にも縛られることなく、身体が躍動すること、その解放、その自由こそが、何より素晴らしいのであった。

"トカゲさん! トカゲさん! 私、とっても楽しいわ! すごく辛かったのよ! 今まで! だから、すっごく楽しいわ!"

 ココは嬉しさのあまり涙をこぼしていた。

"本当かい? ココちゃん。君をご招待して、間違いなかったんだね。よかった。やはり、あんな暗くジメジメしたところより、君は広くて風当たりのいい、こんな澄み切った所にいた方がとっても似合うよ。"

 そうトカゲは言うと、ココの手の甲にキスをした。

 少しくすぐったかったココは、クスリと笑った。

 夜空の音楽はアップテンポなダンス音楽へと変わり、トカゲとココは全身を揺らしたりひねったりして踊った。

 トカゲは、しばらくココと一緒になってはしゃぎながら踊っていたが、何かに気がつくと踊りを止めて、

"おや? もう一人、お客さんが来たようだ。"

 と、そちらの方向を見た。

 ココも夢中で踊っていたが、トカゲの言葉に引かれて、彼の目線の先を追って見た。

 その、建物の間のすき間から顔を出して広場をのぞき込んでいたのは、パルであった。

"えっ。ここ、どこですか?"

 と、パルが言った。



***


 パル達は小休憩の後、4時間ほど車を走らせたが、辺りはもう真っ暗闇で、別に急いだとて何かがカムギやパル達にあるというわけでもないので、野宿の準備をすることにした。

 カムギがテントを張る間、パルとダヴィは湯を沸かし、コーヒーを飲んでいた。

 カムギの言っていた通り、夜の荒野は驚くほど冷え、息が白くなった。しかしこんな経験すらも、今までパルが味わったことのない未知のものであった。しかし、だからといって彼女が安易に世界の広さを知って人格変貌を遂げる、彷徨する若者のように素直であるかと問われればそうではない。パルはただ凝視するのみである。それは、彼女の未成熟ゆえでない、笑われるものとしての残忍さであった。パルはおそらく、笑われる、消費される、そんな世界に対し都合の良い存在として、エドウやディオやシャチューヌや、イシエとは少し意が異なるかもしれないので省くが、大きくまとめてしまうとおそらくパルの女としての部分がそれらサリヴァンの男によって、性的では決してないが消費されていたのであろう。そしてパルにも意識したかしていないかはわからぬが、その消費に対して自分を符合させるように生きていたといえる。それは巧妙に、彼女が自らの意思で行なっていると思っていながら、透明な暗とした力で、知らず知らずの内に操られていたといえるだろう。しかし、それのままではそこに残忍さはあるはずもなく、あるのは相手の自身に対しての嘲笑に対して自分も同調して笑うことで自慰をするぐらいだろう。パルの奇抜だった衣装も、激しい言動も、謎の恋慕も、すべては自慰の延長線上といえたかもしれない。それならば残忍さではなく、惨めであるだけだ。では残忍さはどこに生じるか、それは凝視することな、である。パルを消費し、笑う、エドウやディオやシャチューヌやサリヴァンの男に対し、同調せず見るということによってパルは、剥き出しの感情としての、抵抗を見せるのである。その、笑う、笑われるという信頼の関係が崩壊してしまった時、そこに生まれるのが残忍さである。しかし、パルがサリヴァンの男に抵抗するなら、それは物理的な力、もっと明確な行動を伴った方が良いのでは、と、思われるかもしれない。だがそれは、結局は男としての信頼による暴力として捉えられてしまい、より強い力で押さえられるか、結局はその信頼の上でしか事は進まないのである。パルは凝視する、パルとして、決して、サリヴァンの男から望まれ信頼されるものになることなく、なってはならぬと心に誓い、その残忍さを見せつけるのである。見ることに意味があり価値がある、それはパルにとって新鮮な気づきであった。確かに見るだけでどれだけ自身の世界を変え得るかというのは不明瞭な部分があったが、逆に何もせぬならば何も得られないという、パルの固定観念は、少しばかり溶けた。私は最執部のエドオルムでロロノア・ダヴィと会った時、何かをすると優先せず動かず、ただじっと凝視していればよかったのかもしれない、そんなことを考える時もあった。このパルの心の動きは、女性の権利と自由のための運動の一部とも捉えることもできたが、彼女はそのような志よりも、自分本位の問題として向き合っていた。


 その後パルはコーヒーを飲み終え、たき火の前でその温みの中でうつらうつらとしていたが、いつの間にか眠りに落ちていた。


 パルはおぼろげな世界を生きている、そう感じた。睡眠の最中であることによって、こちら側の世界もおぼろげであると同時に、向こう側の現実の世界も、こちら側から見ればすりガラスを通して見たようなおぼろげなものである。しかし、今の睡眠の中のパルの世界は、夢のイメージに代表される突飛で暗喩的なものは一つもない。それは間違いなく、パルの生きる世界である。常人であるならば、もしかしたら発狂してしまうかもしれないが、自然とパルは大丈夫だった。それは、ジョウザンシステムのような経験で免疫がついているのかもしれない。彼女は今、自身が置かれている状況を観察する。辺りは家々の路地のようであるが、夜間だけでは考えられないほど、青い。まるで絵の具をぶちまけたみたいだと、気分が悪くなった。上を見上げれば金色の満月がきれいに浮かんでいる。彼女の耳に微かな音楽が聞こえた。パルはその方へと進んでいく。それしかすることがなかったし、これが夢であるならば動作に対して明確な理由づけなど要らぬだろう。しばらく道なりに階段を昇降し、折りを繰り返しながら、迷いそうになりながらも、音楽の方へ近づこう、その思いのままに歩いていくと、この先がどうやら広場であるらしく、そこで音楽に合わせてダンスパーティが開かれているようである。パルはおそるおそるのぞいてみると、なんと、広場で少女とトカゲが楽しげに踊っていた。呆気にとられてしまった。

 そのまま立ち尽くしていると、トカゲが踊るのを止めて、

"おや? もう一人、お客さんが来たようだ。"

 と言う。

 パルは突然まったく奇妙奇天烈な世界に巻き込まれてしまったので、

"えっ、ここ、どこですか?"

 と言うので精一杯だった。


 パルはその後、踊っていた少女、ココと名乗る少女と壁を背もたれにして地べたに座りながら、話をした。

"そうですか、ここはココさんの幻覚の世界で、そこに私が迷い込んでしまったというわけなんですね……。"

 にわかには信じがたい話だったが、パル達も夢で見た真エドウの言いつけで動いているので、そう思うしかなかった。

"パルさんは、人の想像の世界に入って行けるなんて、とっても素敵な力ですね!"

 パルの見る限り、このココという少女は悪い少女ではなさそうだった。しかし、こんな唐突ち初対面の少女といかに会話すべきかなど、パルにそんな器用な芸当はできなかった。

 パルが申し訳なさそうにひざを抱えて黙っていると、ココが立ち上がり、パルに手を差し出した。

"一緒に踊りませんか? 私は今、とっても楽しいんです。今までにないくらい。もし、貴方も一緒に踊ってくれたら、もっともっと! 楽しくなる気がするんです。お嫌ならいいんですけど……。どうですか?"

 ココが恥ずかしげに微笑んだ。

 そういえばパルは生まれてこの方、同年代の少女と遊んだ記憶が無いと思い、もし遊んだら、どんな気持ちだろう、そんな興味から手を取った。

 すると、ココの顔が明るくなり、パルの手を引っぱって広場の中央へと連れてゆく。

 ココとパルは手を合わせながら、ステップを踏み、身体の躍動のままに、クルクルと回転した。

 ココはとても楽しそうにキャッキャっと笑っていた。

 それを目前で見ていたパルも嬉しくなった。それから4、5分間、もたつく足を絡ませたりどちらかが下手に寄りかかってしまったりしながらも、なんとか一曲踊り終えた。

 それを見ていたトカゲが大きな拍手を送った。

 パルとココは互いに息を切らせながら、互いの頬の紅さと体温を肌に感じた。

 パルが何かを言おうとした時、ココが顔を上げてパルを見た。

 パルはその黒い瞳に吸い込まれそうになった。

"ありがとうございました! 楽しかったです、パルさん。"

 すると、パルの意識が遠のいていった。


 パルが気がつくと、そこはテントの中の寝袋だった。そうか、自分は寝てしまっていたのか、と考え、パルが辺りを見回すと、カムギとダヴィがパルの顔をのぞき込んでいた。

"すごく楽しい夢を見てたみたいだな! 楽しそうな寝顔だったぞ! どんな夢だったんだ?"

 ダヴィが聞いた。

"真エドウの夢か?"

 カムギの質問は打って変わって真剣さのあるものだった。

"カムギのは違う、ダヴィの方だわ。でもそれは教えない。私だけのものよ。それとね、アンタ達。乙女の寝顔を見るなんて、アンタ達、今にバチがあたるわよ。"



***


 サリヴァン議会政府も、ポノウェの対応には手こずっていた。というのも、ポノウェは今のところ法に触れるようなことはしておらず、では市装兵団で理由をでっち上げて攻撃してしまえば、かつてのココルチェのようになりかねない、それにもはや、大資本となったポノウェとサリヴァン議会政府との不均等な力関係というのもあった。もしこの場にNBSのリーダーでありサリヴァン議会政府初代議長のラーネトウィン・アウルスタがいたならば、話は変わっていたかもしれない。しかし、彼は13年ほど前に死去していた。こう俯瞰してみると、ラーネトウィンがいなくなったのと入れ替わりで、ポノウェが出現したように見えるが、ラーネトウィンとポノウェのカーヴィンの関係を考えればあながち的外れとはいえないかもしれない。もしやポノウェは、ラーネトウィンの代わりになろうとしたのではなかったかと。しかしそれに対し、サリヴァン議会政府は冷たかった。サリヴァン議会政府の中に入ってきたポノウェ出身の議員を、目に見える形で攻撃はしないにせよ、嫌味たらしい態度をとった。それはいつしか、自らの出自によってコミュニティの派閥を自ら声高に名乗るようになっていき、それが現今まで続いた三派閥、マシジュン、ミコシバ、トリミナギ、となってゆく。おそらく、ポノウェへの敵対のために連帯してゆこうとした所から、そこに私的な愉しみを見出してゆき、ついにはただの少童の虐めの様相になってしまったのであろう。元々派閥の原形のようなものはあったが、それがこんなにも大人気ない幼稚な形で出てきたとなると、もはや公人としての資質を疑わざるをえない。

 ではそれに対してポノウェはいかなる対応をしたかと言われれば、歴史検証としては何もしなかった、ということになろう。正確に言うならば、何をする必要も彼らの中に生まれなかったのである。ポノウェにとっては、まさかサリヴァン議会政府がこのような少童の虐めをしてくるというのは、まったくの失望であった。ポノウェの側も、なんとかサリヴァン議会政府と交渉の席を設けたいと思っていたが、しようとすればするほど、サリヴァン議会政府は自らの優勢と勘違いして、話し合いにすらならなかった。ここでポノウェが望んでいることは、議会において過半数の3分の2を連立によって取ること、それによって行政をスムーズに行うことであり、現状ちょうど、マシジュン8分の3、ミコシバとトリミナギ8分の1、そしてポノウェが8分の3、やはり二つ以上の派閥と連らなければサリヴァン議会において実行力のある行動はできなかった。しかし、その相手が少童であるという所に、難があった。後にこの三派閥は、劇薬アシュラに侵されて腐敗したという何某の発言もあったが、すでにこの頃から酷い状態であったことはおそらく間違いではない。そして、この不毛なこう着状態は10年間続くこととなった。しかし、その停滞を突き動かしたのは、サリヴァン議会政府側であった。その10年間で着実に宗教票を伸ばしていったポノウェに、危機感を覚えた議会政府側が、まさにかつて忌避していた市装兵団によるポノウェの弾圧へと動き出す。もちろん、法的な根拠などなかった。そのために、マシジュン、ミコシバ、トリミナギが団結し、ポノウェ排撃のために宣言を行った。しかしそれが、ポノウェの支持層、信者や有権者のことを考慮して行われたとは言い難いものであった。当然の結果として、サリヴァンは混乱状態に陥った。議会政府側はポノウェはクーデターを起こそうとしたから制圧する、を繰り返すばかりで、市装兵団をポノウェの施設に派遣した。しかし、この騒動は驚くほど静かに収まった。それがポノウェの導師カーヴィンの手腕であるが、はたまたx氏の手腕であるかは、わからない。ポノウェのメンバーや構成員が忽然と姿を消し、施設はもぬけの殻だったのである。何がその渦中で起きたのか、それはカーヴィン・シトックしか知り得ないが、その一見議会政府側の市装兵団勝利に見えたが一転、バビロン・シークレエ事件によって、市装兵団は惨殺された。それは民衆に、事態はさらに悪化されたという恐怖と共に、白痴のごとき挙動を見せ続けたサリヴァン議会政府、その暴力装置であった市装兵団というものが、手痛い反撃を食らったという、一種の快感でもあった。この混乱後からの快感から、サリヴァン議会政府はスムーズに、大警察組織エドオルムへと、変革されてゆくこととなる。忽然と消えたポノウェの人々はどこへ行ったか? 一説にはその変革されたエドオルム組織の中へと根深く潜ったとされている。内部からサリヴァンを動かすために。

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