現実確認。とりあえずアン泣きで。
それは本当に突然のことだった。
つい先ほどまで部屋でくつろいでいて、そろそろ寝ようかと立ち上がった瞬間。
フローリングの床を踏みしめるはずだった足は今、青々とした草の茂った土の上にある。
仰ぎ見ると白い壁紙に覆われごく普通の蛍光灯に照らされていた天井は消え去り、広々とした空が広がっていた。
呆然と周囲を見渡してみると、そこはどこまでも続く平原だった。
視界を遮るような立木も岩もなく、遥か彼方に雄大な山脈が連なっているのが見えるばかり。
動物も、ましてや人間も居らず、聞こえるのは一面に広がった踝程の丈の草をそよがせる風の静かな音だけ。
ゆっくりと目を瞑り、開けてみたがその長閑で美しい光景は変わらなかった。
一体何が起こったのだろう。
これが夢だとしたら、私はこんな、生き物のまるで居ない大自然にたった一人で逃れたい程現実にストレスを感じていたのだろうか。
ぼんやりと空を眺めながら、きれいだなぁと思った。
これが夢ならば。自分でも気付かないうちに眠ってしまってみている夢ならば何も問題がないのだ。夢から覚める方法ならアリスも教えてくれたから、きっと大丈夫。
でも、踏みしめる地面の感触のリアルさに不安が募った。
お風呂あがりにお気に入りのボディバターを塗りこんだ肌の香り、まだ少し湿った髪が風に煽られ、素足を草がくすぐる、これは本当に夢?
こんなに明晰に考えを巡らせることができる夢なんて初めてだ。
いつも見る夢は大体ぼんやりとしていて自分のまともな考えなんてひとつもできやしない。
目覚めて初めてその異常さに気付くことばかり。
でも夢でなかったらこの状況は一体何だというの。
どうして私は大平原の真ん中にたった一人で、肌着同然のワンピース一枚を羽織った姿で突っ立っているのか。
だんだんと不安が大きくなって心臓が頭に移動したみたいに鼓動が全身を支配する。
まるで体の外にまで私の動悸が聞こえるみたい。どうして私はここにいるの。
これが現実なのか、夢なのか確かめたくて、きっと唯一の手段だと信じる方法を試してみたいけれど怖くて手が震えた。現実だったらどうしよう。
何と無く上を、雲ひとつない空を睨むように見上げながら必死で震える手を自分の頬にそえた。ゆっくりと力を込める。
「・・・いたい」
夢か現実かを確かめる実に古典的な方法。
自分で自分の頬を抓るという手段を試みた結果、これは現実だと判明した。
夢じゃなかったことへのショックとか、原因不明の状況に対する混乱とか、抓ったほっぺたが痛かったのもあって、私はへなへなとその場に座り込んでとりあえず声を上げて泣いた。