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3/12

EP1.5 契約初日、想像以上に最悪でした

※本作はギャグ・コメディ中心の作品です。

※倫理・制度・恋愛要素などは深く考えず、ゆるくお楽しみください。


 この日の俺は、まだ抜け道があると思っていた。


 正確に言えば、

 そう思い込まないと正気でいられなかった。


 酒に酔って、勢いでサインした紙切れ一枚。

 内容はほとんど覚えていない。

 ただ、やたら文字が細かくて、

 やたら印鑑を押す場所が多かったことだけは覚えている。


 その紙切れ一枚のせいで、

 今、俺の部屋には――


 奴隷がいる。


 畳に座り込み、壁に背中を預けている金髪のそいつは、

 この状況が当たり前みたいな顔をしていた。


 人形みたいに整った顔立ち。

 性別を聞かなければ、女だと思われても不思議じゃない。

 ……いや、実際そう思ったから、こうなっているんだけど。


「……お前、荷物それだけ?」


 床に置かれているのは、くたびれたリュックが一つ。

 引っ越しというより、修学旅行の忘れ物だ。


「はい」


 短い返事。

 それだけで話が終わった気になっている。


 嫌な予感がして、俺はリュックに手を伸ばした。

 チャックを開けた瞬間、視界が銀色に埋まる。


 タバコ。

 タバコ。

 タバコ。


 箱、箱、カートン。

 数えなくても多い。


「……服は?」


「ありません」


「……」


 どうやってここまで来たのか、聞くのをやめた。

 聞いても、たぶん納得できない。


 胃の奥が、じわっと冷えた。

 そういえば、今日はまだ何も食べていない。


 財布を開く。

 小銭が数枚。

 紙幣、なし。


 冷蔵庫を開ける。

 空。


 棚を漁る。

 空。


 引き出しの奥から、いかのあたりめを見つけた時、

 本気で勝ったと思った。


 腹が鳴る。

 俺はあたりめを噛みしめながら、奴隷を見る。


「……お前、何食べるんだよ」


 奴隷は少し考える素振りを見せてから、

 リュックを漁った。

 タバコの山をどかし、銀色の袋を一つ取り出す。


「これです」


 真空パックされた、ブロック状の何か。

 非常食、という言葉が頭をよぎる。


 半分に割って口に入れた。


 ――木屑だった。


 味がしない。

 噛むほどに、紙と木と土を混ぜたような感触が増す。


「……それ、平気なのか」


「栄養効率は悪くありません」


 価値観が、致命的に合わない。


 洗濯機を回し、ベランダに洗濯物を干す。

 背後にいる気配を感じながら声をかけた。


「俺、大学行くから。留守番な」


「間に合いませんよ」


 即答だった。


「は?」


「今朝の車両トラブルで、主要路線が止まっています」


 スマホを見る。

 本当だった。


「……なんで早く言わないんだよ」


「聞かれませんでしたので」


 一気に、頭に血が上る。


 この調子で一年?

 無理だろ。


「……契約、解除できるよな。さすがに」


 独り言みたいに呟くと、奴隷が首を傾げた。


「ご主人様が望むなら、

 別の形でお役に立つこともできますが」


「別の形?」


 一歩、距離が縮まる。


「肉体的な奉仕です」


「いらない!」


 反射で叫んだ。


 奴隷は肩をすくめ、興味なさそうに視線を外す。


「そうですか。では通常業務に戻ります」


 通常業務が何なのかは知らない。

 ただ、安心できる要素は一つもなかった。


 これは事故じゃない。

 生活が、音を立てて崩れ始めている。


 明日、市役所に行こう。

 自分で何とかできる方法が、きっとあるはずだ。


 ――まだ、この時は。

 そう信じていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

気に入っていただけましたら、評価やブックマークなどしていただけると励みになります。


作者:しけもく

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