契約解除しようとしたら、違約金三千万だった
※本作はギャグ・コメディ中心の作品です。
※倫理・制度・恋愛要素などは深く考えず、ゆるくお楽しみください。
朝の混乱から数時間後。
俺はテーブルの前に座り、契約書を睨みつけていた。
後ろでライターの音がした。
「……吸うな」
振り返ると、窓際に例の金髪が立っている。
俺のシャツを勝手に着て、当たり前みたいに煙を吐いていた。
「合理的な休憩です」
「何の休憩だよ」
「ご主人様の思考整理が終わるまでの待機時間です」
妙に堂々としている。
俺は深呼吸して、契約書に視線を戻した。
「……解除」
小さく呟く。
当然、何も起きない。
スマホを取り出して検索する。
《奴隷契約 解除》
《奴隷契約 キャンセル》
《奴隷契約 返金》
《奴隷契約 後悔》
途中から検索ワードが雑になっていく。
現実を直視できていない証拠だった。
ようやく公式サイトに辿り着き、「よくある質問」を開く。
――Q:契約後のキャンセルは可能ですか?
――A:原則として不可です。
「……原則?」
その二文字に、全力で希望を託した。
すぐ下。
――例外として、両者の合意、または違約金の支払いにより解除可能です。
――違約金:三千万円。
「……は?」
声が裏返った。
三千万。
ゼロが三つ多いとか、そういう話ではない。
昨日までの俺の全財産は、もう残っていなかった。
追い打ちは続く。
――最低契約期間:一年。
一年。
大学生活の中でも、かなり重い時間だ。
「……いや、待て」
俺は立ち上がった。
ネットの情報がすべて正しいとは限らない。
こういう時は、ちゃんとした場所に相談するべきだ。
そう思い、市役所の市民相談窓口へ向かった。
平日の昼間。
周囲は年配の人が多く、俺だけが明らかに場違いだった。
順番が来て、できるだけ言葉を選びながら説明する。
「個人間の……長期契約で……」
「解除条件は記載されていますか?」
「はい」
「違約金は?」
「……三千万です」
一瞬、職員の女性が瞬きをした。
だがすぐに、にこやかな表情に戻る。
「正式な契約でしたら、記載内容が優先されますね」
「返金とか……」
「難しいかと」
「キャンセルは……」
「難しいかと」
笑顔は最後まで崩れなかった。
俺は深く頭を下げ、その場を後にした。
ダメ元だった。
本当に、ダメだった。
夕方。
重い足取りでアパートに戻り、ドアを開ける。
窓辺に、アイツがいた。
夕焼けを背に、細い指でタバコを挟んでいる。
煙がゆっくりと部屋に広がる。
一瞬、言葉を失った。
「……タバコ吸うな!」
奴隷は落ち着いた様子でこちらを見る。
「問題がありますか?」
「あるに決まってるだろ! ここ俺の部屋だぞ!」
「契約書に、喫煙禁止の記載はありません」
嫌な音が、胸の奥で鳴った。
俺は契約書を掴み、必死に目を走らせる。
どこにも「禁煙」の文字はない。
膝から力が抜けた。
「……市役所まで行ったのに」
煙を吐きながら、奴隷が言う。
「市役所でしたか」
「……なんで分かる?」
「ご主人様のスマートフォンです」
「は?」
「検索履歴を確認しました」
俺の検索ワードを読み上げる。
《奴隷契約 解除》
《奴隷契約 キャンセル》
《奴隷契約 返金》
《奴隷契約 後悔》
「全部じゃねえか!」
「合理的な行動です」
さらっと言われて、背筋がぞわっとした。
いつの間にスマホを触ったんだ。
「ご主人様」
「生活に支障がある場合、別の方法で補填することは可能です」
嫌な予感しかしない。
「……例えば?」
「肉体的奉仕による――」
「それは禁止!!」
夕焼けは綺麗だった。
契約は最悪だった。
こうして俺は、
解除不可、返金不可、ヤニ可の契約を抱えたまま、
一年という現実と向き合うことになった。
この時はまだ知らなかった。
この契約が、じわじわと俺の生活を侵食していくことを。




