二人きりの温泉旅行は絶対に仕込まれているんだが
※本作はギャグ・コメディ中心の作品です。
※倫理・制度・恋愛要素などは深く考えず、ゆるくお楽しみください。
それからというもの。
ノアとサクラの距離は、明らかにおかしくなっていた。
会話の端々で目を合わせる。
そのまま、ふっと笑う。
サクラも。
まるでそれに応えるように、嬉しそうに頬を赤らめる。
以前なら見られなかった光景だった。
ヒロはそれを見て――
なぜか胸の奥がざわつく。
(……かわいいな……)
思わず、そんな言葉が頭に浮かぶ。
(……って、なんなんだよアイツ)
即座に自己ツッコミ。
だが視線は逸らせない。
ノアは相変わらず飄々としているだけ。
なのに。
空気だけが妙に甘い。
理解が追いつかない。
そんな中。
「お兄ちゃん!」
元気な声。
ユイがヒロの前に現れる。
何かを隠すように背中に手を回している。
「……なんだよ」
警戒するヒロ。
ユイは満面の笑みで、すっとそれを差し出した。
「これ!私からのプレゼント!」
「は?」
反射的に一歩引く。
「急にどうしたんだよ」
「いいからいいから!」
ぐいっと押し付けられる。
受け取るしかない。
封筒だった。
可愛らしい文字で書かれている。
――『お兄ちゃんありがとう』
嫌な予感しかしない。
ヒロは恐る恐る中身を取り出す。
「……宿泊券?」
思わず声に出る。
ユイはにっこり笑った。
「うん。温泉が有名なとこ!」
「いや待て」
ヒロはチケットを裏返す。
確認。
そして固まる。
「……二名様?」
「うん!」
即答。
迷いゼロ。
ヒロの顔が引きつる。
「ちょ、ちょっと待て……誰と行けって話だよ」
ユイは当然のように言った。
「サクラちゃんと行ってきなよ」
「……は?」
思考停止。
数秒のフリーズ。
「……!?」
遅れて衝撃が来る。
ユイはさらに畳みかける。
「この宿、ご飯おいしいらしいよ?」
にこにこ。
完全に仕組んでいる顔だった。
「サクラちゃんの料理の勉強にもなるし、ちょうどいいでしょ?」
逃げ道を塞いでくる。
理屈まで完備。
ヒロは言葉を失う。
視線が、ゆっくりとサクラへ向く。
サクラは一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「ヒロ様がよろしければ、お供いたします」
完璧な受け答え。
断る理由が消し飛ぶ。
ヒロは頭を抱えた。
(なんでこうなる……)
(いや待て、これ絶対ユイだけじゃない)
ちらりとノアを見る。
本を読んでいる。
だが。
ページをめくるタイミングが、妙に遅い。
(……絶対関わってるだろ)
確信。
しかし証拠はない。
ヒロは深くため息をついた。
そして。
顔を上げる。
覚悟を決めるしかない。
「……もう、どうにでもなれ」
投げた。
完全に投げた。
「じゃあ、いくか!」
やけっぱちの決断。
サクラが少し驚いた顔をして、すぐに柔らかく微笑む。
「はい」
そのやり取りを。
ユイは満足そうに眺めていた。
口元には、はっきりとした笑み。
計画通り。
そんな黒い顔だった。
こうして。
ヒロとサクラの温泉旅行は――
ユイの仕組んだ流れに押し切られる形で、あっさりと決定したのだった。




