第4話「継承儀式」
そもそも。そもそもよ。
私があのツインテール女に転生させられて、そのまま成り行きに任せて生きていくなんておかしくないかしら。
前世の生き方はそりゃ褒められる程綺麗ではなかった。
泥水は飲む。ゴミ箱を漁って、食べられる物なら腐っていようと食べる。
適当な旅行者の財布や荷物をスって、適当な店で売ったし、喧嘩があれば野次馬の中に身を潜めて、盗みを働く事もあった。
当時高く売れたのは未使用の銃弾。それを盗れば数週間は生きられた。
その中で、スラム街の連中と縄張り争いなんてのもした。
いや、どんぐりの背比べというか。見苦しい、汚らしい争いではあったけど、居場所がそこにしか無い者は必死だったのだ。
良質なゴミのあるレストランの裏手や、コーヒーチェーン店の裏側とか。とにかく、理由は何でも良かった。
そして、人殺しもした。
自分の身を守れるのは、自分自身しかいない。
数少ない女でもあった私は、ありとあらゆる大人達から狙われるのだ。体を。その日凌ぎの性欲に。
それから自身の貞操を守る為なら、何でも利用できた。例え、唯一無二の友人であっても。
「さ、カルミナお嬢様。準備できましたので、行きましょうか」
おっと、ナイーブな気持ちになってた。
嫌ね、喋れないって。
考えだけが先行しちゃうから、どこまでも突き進んでいくし。多少は諦めて、切り替えよう。
もう戻れない過去なのだから。
そんなセンチメンタルな私を紫紺の瞳をしたメイドが抱きかかえ歩き出す。
はぁ……。
なんで転生までされて、儀式とか面倒くさそうな事しなきゃいけないのかしら。
純白のドレスに身を包んだ私は、瞳を沈めていく。
その中に映る他のメイド達も、装いが違う事に気付く。
あら、皆黒いメイド服着ちゃって、陰気臭いわね。
装飾品も少ないし、変に格式張っているし、そんなに重要な儀式なのか。
え、てっきり何か家柄を象徴したペンダントの授与式だと思ったのに。
それか殺し屋とか言うのなら、私の名前が刻まれたナイフの受け渡しとかさ。そういうのじゃないの。
物々しい雰囲気に気圧された私は、ゆっさゆさと揺れながら、これまた仰々しい重厚な扉の前まで連れられる。
重苦しい金属で造られたそれは、扉の先で重要な事柄を起こす為に必要な意味を持ち合わせていた。
こんな扉。ちょっと儲かっている店の金庫でしか見た事ない。
ダイヤル式だったり、暗証番号を入力するデジタル式だったり、色々あったけどこのドアはそれに近い物を感じる。
秘密を閉じ込める何か。公にできない物を隠すのに都合のいい、そんな感じ。
「では、カルミナお嬢様。これより先、継承儀式の会場となります。この儀式が無事終了した時、晴れてカルミナお嬢様はレイ家の名を継ぐことが出来ます」
私が数年しか生きていない赤ん坊なのに、ご丁寧に説明してくれるのね。
いや、それだけ伝統と格式のあるものという証明なのかもしれない。
にしたって、大勢のメイドに見守られながらとか恥ずかしいちゃ恥ずかしいのだけど。
あら、母親と父親もいる。二人して心配が顔に浮き出ているけど、え、そんなに怖いものなの?
「それでは、儀式の説明を行います」
まぁ、大した事ないとは思う。だって私は赤ん坊よ。
数年前に産まれたばかりのベイビーよ。
難しい事なんてさせるはずはない。
それこそ命の危険があるものなんてないはず。
「この部屋の中央には、カルミナお嬢様が座る椅子だけ置かれています。
私がそこへ身動きが取れないようにした直後、部屋には毒ガスが充満していきます。
およそ1時間。そのあらゆる生物を殺すガスの中、カルミナお嬢様が生存している事が確認できれば儀式は成功。
レイ家の家紋が刻まれたナイフが授与されます。
残念ながら、失敗した場合は土葬による葬儀を執り行います」
…………え?
今なんと?
「それではカルミナお嬢様。ご武運と、ご健闘を」
いや、毒ガス?
赤ん坊をその中に放置するのが儀式なの!?
私死ぬって、絶対死ぬから!
ありったけの思いを込め、つぶらな瞳で見つめるが、部屋の中に運ばれ椅子へと降ろされる。
こら、冷たい椅子に座らせるな! お尻冷えちゃうでしょうが!
そんな心の抵抗も虚しく。ちょっと暴れてみたが、このメイド微動だにしない。
赤ん坊の私が弱いからなのか。それとも、このメイドが力強いだけなのか。
そんな事を考えていると、身動きが一切とれない程キツく、鎖に縛られていく。
あぁ……。二度目の人生もここで終わりか……。
あっけない。たった数年よ。まだ喋っていないし、歩いてもいない。自由でも無かったし、何もできなかった。
そんな人生がもうじき終了する。
まともな生き方では無かった報いだろうか。
はたまた、産まれた場所が悪かったからだろうか。
……そう思ってみるが今更、後悔したって仕方ないか。
諦めよう。
どうせ死んでしまうのだから。
「では、カルミナお嬢様。1時間後、お会いしましょう」
会えないでしょ!?
私死ぬのよ!?
そんな心からの訴えさえ届かず、重厚な扉から逃げ出す紫紺のメイド。
バタンッと、閉められ更には鍵の掛かった音が響く。
閉じ込められたこの部屋は、何もなく。
ただ、地下牢に近い雰囲気が漂っていた。
前世で警察に捕まった時、放り込まれたのも確かこんな場所だった。
陰気臭くて、ジトジトして、恐ろしい程に寒い。
それを物語っているかのように、四方を囲む壁に空いたまん丸な穴からモワッと霧が流れ込んでくる。
天井から地面まで真っ逆さまに落ちて、私の座った椅子をどんどん飲み込んでいく。
ちょっと足が触れただけで痺れるような感覚から察するに、身体に麻痺を引き起こすガスだろう。
赤ん坊を殺すようなガス使って儀式とか、頭おかしいとしか思えない。
しかも相手は私。スラム街出身のプリティーベイビーよ。
こんな殺傷力のある毒への耐性なんてない。
呆気なく死ぬ。簡単に絶命する。
何で、こうなるの。
そうやって、諦めると私の小さな体は、すぐに毒ガスに飲まれた。
あ〜……。
ダメだ。息しちゃいけないはずだけど、そんなの無理。肺とか未発達だし。
さよなら。
私の二度目人生は、毒ガスによる死亡で幕を降ろす。
そう思考も生きる希望も放棄して、息を吸い込んだ。
▼
1時間後――
毒ガスが排出され、代わりに新鮮な空気が無機質な部屋中を満たす。
その数分後、鍵の外される音と、鉄の扉がゆっくり開かれると。
「おめでとうございます。カルミナお嬢様」
死にそうな程げんなりとした私を、紫紺のメイドは誇らしげに祝福した。
いや、嬉しくないんだが。
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