第2話「揺蕩う意識の中で」
フワフワと漂う幻想的空間の中。
プラネタリウムを見ているかのような、そんな世界に私の体は漂着物の如く、流れに乗っていく。濃厚で分厚いカーテンに包まれたその世界を、ただ呆然と眺めている。
そう、眺めていた。
おかしい。さっきまでくたびれたコンクリートのストリートだったはず。
どす黒い空の下だったはず。
曇り空だったのは覚えているし、硝煙の巻き起こった汚れた空気だったはず。
それが今では、星空の下でたゆたっている。
しかも、心臓の痛みも確かに感じた血の味も、撃ち抜かれた頭蓋も、無かったことように私の体を維持している。
頭を僅かに上げて、自身の胸を見ても銃弾が貫通した痕はない。むしろ、すっぽんぽんの裸ではあったが、そんな体には銃痕なんてない。
その事が不思議ではあったが、ここがもし死後の世界であるなら、ある意味当然とも言える。
あの時、確かにドタマをぶち抜かれていたのだ。
そこで事切れていたのだ。
あの時、銃弾によって肉体は傷ついても、魂が傷ついたわけじゃない。
そんな考え方があった気もする。
どこかの誰かが言ったような、適当な逃げ道の言葉だったかもしれない。
ただ、この空間を死んだ後――魂が訪れる空間だとするなら、それは実証されたという事だろう。
正しい真実であって、事実であったのだ。
良かったね。多分、そのどこかの誰かも死んだだろうけど。
「おや、結構達観しておられるのですね」
真上を見つめ、適当な回想へ身を投げていると、頭上から声が掛かる。若干高めで、語尾が尻上がりな上品な声音。
女だろうか、とおおよその予想を手持ちに、その声の主が見えるよう頭を動かす。
すると――
「死してなお、憎しみは消えず。大変おぞましい化け物になりましたわね」
見た目はいかにも高そうな真っ赤なドレスに身を包み、白髪ツインテールの美少女がそう罵倒してきた。
ただ、なぜか瞳は真っ白ではあった。
どこを見ているのか、はたまた見えているのか分からないほどの眼球。
それが私を捉える。
は? 誰が化け物だと。
私は純潔の乙女だが? 化け物とは程遠い人間だが?
なんだコイツ。ぶん殴ろうかしら。
私の事馬鹿にしてやがって。
「それですわ。貴方、理不尽な死に方していながら、目の前の相手に敵意を示しているところ。
親しき友や、かつて一緒に泥水を啜った仲間さえも殺した兵士より、私を殺そうとしている。
それを化け物と言わず、なんと言いましょうか」
「……私、偉そうな奴は嫌い」
そう毒づくと、寝っ転がった私の頭の近くまでやって来る。数センチ、たったそれだけの距離。
それなのに、なぜか途方もない程、離れているような感覚に陥る。
なんで? 相手はすぐそこよ。殴ろうと思えば殴れる。立ち上がればすぐの所、そのはずなのに、遥か彼方にあるような気がした。
「私が偉大なのは認めましょう。好かれていようが、嫌われていようが関係ありませんし。
見るからに貴方、中途半端な知性をお持ちですし」
「喧嘩したいなら、そう言いなさいよ。ぶっ殺すわよ」
ここまで馬鹿にされていても、私の体は微塵も動かない。まるで、蛇に睨まれた蛙のように縮み上がって、怯んでいる。心に対して、体は拒否している。
動くことも、動じることすらも拒絶している。
なによ、これ。この女に一発食らわせたいのに。
この高慢な鼻につくような態度。気に入らない。
見下して、上から目線の言葉、私大っ嫌いなのよ。
そう唇を噛み締めた私へ向け、彼女は気持ち悪いほど歪んだ笑顔を浮かべる。
「まぁまぁ、恐ろしい生き物ですこと。私と殴り合いをしようなんて、傲慢な雌ですわ。
……ま、いいです。貴方には時間がありませんし、そうやって時間稼ぎでもすればいいですわ。それはそれで何も知らないまま、新しい環境に身を落としても面白いでしょうし」
「は? 何、あんた喧嘩弱いから逃げるての?」
私がお返しだと不遜な笑みを浮かべたが、彼女はそれを冷ややかな目で受け流す。
は? 何それ。
そもそも、何?
会話になっていないし、コミュニケーションくらい、ちゃんとして欲しいのだけど。
「そう思っていなさいな。もう少ししたら、転生する順番が来ます。売れもしない喧嘩でも売っておきなさい、それが時間の無駄だと気付いた時のお顔が楽しみですわ」
「……転生?」
「えぇ、はい、転生ですよ。貴方はこれより今までとは異なる世界へと飛ばされます。そこでどう生きようとも勝手、死ぬのも勝手。
もちろん、誰かを殺すのも勝手ですわ。
目標も、人生設計も自由。二回目の人生を送ることができますの。素敵でしょう?」
「い、いや……そんな急に言われても分かんないって」
二回目の人生たって私はあの時、銃弾を撃ち込まれた時点で終わっているのだ。それまで、何度も何度も死ぬような思いをして、それでも死なず、ようやく解放されたというのに、また縛られてしまうのか。
そんなのごめんだ。また苦しい思いをするくらいなら、枷を外して欲しい。このまま死後の世界とやらでゆっくり過ごしたい。
それが一番の平穏で、安寧なのだ。
だからこそ、断りたかった私が立ち上がろうとしたその瞬間――私の体に無数の黒い手が覆い始めた。
「は!? 何これ!?」
地面から伸びたその手は、冷たく触られただけで凍ってしまう程ではあったが、一番恐ろしいのは圧倒的な力で押さえつけているところだ。
身動きすら取れない。それが、徐々に地面へと私の体を引き摺りこんでいく。
「では、二度目の人生へと行ってらっしゃいませ。
鯱歯沙津。いえ、寂れたスラム街ではその名前を捨てていましたね。確か、こういう名前でしたわね」
口も押さえられ、真っ黒な底知れぬ闇の中へと完全に飲み込まれるその寸前に聞こえたのは。
「さようなら。死神」
冷酷な、蔑んだ言葉であった。
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