(特別編2)新米支店長は出迎える
北の魔王の勢力圏にも、最近は人間たちがずいぶん入りこんでいる。
別に魔獣たちが友好的になったわけではないから、命がけだ。しかし、商売ネタがたくさん転がっていることも事実。
特に、クオンたちのタンバート銀行アストベール支店の最大のライバル、アストベール信用金庫は、職員をかなり北にまで送り込んでいた。
最初に「それ」を見たのは、そのうちのひとりだった。魔獣や魔人と戦い、預金を集めて回っていたブルハルト氏、三十歳の営業マン。
腕に覚えがある彼は、ひとりでアストベール城から、はるか北にまで遠征している。
「な、なんてこった!」
ナンバーワン営業マンと自他共に認める彼も、さすがにひざがふるえている。
大変なものを見てしまった。ころげるようにその場から逃げ出したブルハルト氏。しかし、これをアストベールに知らせる方法はないのだ。徒歩である彼が「それ」より早く帰りつくことなど困難だからだ。
次に「それ」を見たのは、最も北に位置する「お助け小屋」の番人だった。お助け小屋は、ムチャをして魔獣にやられそうになった人間たちが逃げ込む場所として、魔王の勢力圏内にいくつか作られている。もちろん、北の魔王の認可はちゃんともらっているのだが。そこには、狼煙などの通信手段があった。
そして、ついにそこから、大異変の第一報が、アストベール城にもたらされた。
「北の魔王、四天王と精鋭を率いて南下中」
衝撃の報告が、アルダール王のもとに届いた。しばらく友好的な関係を保っていたはずの「北の魔王」カイムダルが、ふたたび侵攻して来たというのだ。カイムダルが四天王と共に南下してくるのは、はるか昔にアストベール城が陥落して帝国が滅んだとき以来のこと。
アルダールは、すぐにクオンを城に呼んだ。
クオンは久々に鎧を着こんだ少年剣士の格好で城に乗りこんだ。長くなった髪はうしろで縛っている。
クオンがあらわれるや、
「どういうことなの!」
とアルダールは詰問した。
クオンは困ったような顔で、
「どういうことって言われても……ぼくは何も聞いてないよ」
クオンは「北の魔王」カイムダルの孫娘だ。何か知っているのではないかと思ったアルダールだったが、クオンは上にバカがつく正直者。本当に知らないのだろう。
「姫!」
遅れてニルゼンもやって来た。
「ウェイルンの店に、貼り紙がありました。『都合により1週間ほど休みます』と」
ウェイルンが経営する酒場は、この城下町にある。だから、その様子を見に行っていたのだ。
「やっぱり、魔王の軍に参加しているのっ?」
「アル様、落ちついて」
ユイリ王妃が、アルダールをたしなめる。
少ししてファナール、セガルス、バウク、ジャド、ミルバといった王国の主要メンバーも続々と登城、最後に銀行の支店を閉めてからメアレインとナイベルが集まって来た。
相談の結果、まず、斥候を出すことになった。敵軍の規模がよくわからないからだ。一万という報告があったかと思えば、カイムダルと側近のみという報告もあり、本当の勢力がさっぱりわからない。
斥候を引き受けたのは、セガルスと、バウク、王妃ユイリの三人。スピード重視のため、城にいるもっとも早い馬三頭で出撃した。王妃が斥候に参加するなど、とんでもないとアルダールは反対したが、元盗賊としての特殊能力は、必ず役に立つ。そう説得して、ユイリは出発していった。
クオンはといえば、城の一室に軟禁状態になっている。敵の孫娘なのだからしょうがない。もちろん本人も了解済みだ。メアレインはそのお世話をすると言うことで一緒に軟禁されている。当然のように、ニルゼンもいる。軟禁とは言っても、ゆっくり本が読めるとクオンは喜んでいた。もっとも、例のシリーズの第三巻「煽情ロマンス(3)いかせてその指で」は、読み始めたとたんメアレインに取り上げられてしまい、やむを得ず城の書庫から借りた本を読んでいる。それも似たような本だったのだが、メアレインは気付いていなかった。
近衛将軍ジャドは全軍を緊急召集して城の周りの配置を急ぎ、ファナールは魔法使いたちを指揮して迎撃用の各種のしかけ作りに余念がない。ファナールたちが準備しているのは、魔法を使ったブービートラップだ。引っかかると自動的に攻撃を受ける仕組み。
「北の魔王軍、第二お助け小屋を通過。勢力はおよそ五百」
「北の魔王軍、第一斥候小屋を破壊」
「北の魔王軍に旅の商人たちが遭遇。被害なし」
続々と情報が入ってくる。大広間の壁に貼ってある大きな地図には、その位置が刻々と書きこまれていた。それを見ればあきらかに、ここ、アストベールを目指していることがわかる。
沈痛な表情のアルダール王。王妃も斥候に出してしまったから、相談相手もいない。
「ここの意味わかる?」
そう聞いたのはクオンだった。いつのまにか、すぐ側に来ていた。軟禁されていたはずなのに、どうやって逃げ出したのか、手には本を持って。
クオンの指差すところには、アンダーラインが引いてあった。アルダールはそこを見る。
「あたるぅ! 奥にあたってるぅ!!」
アルダールは思わずクオンの顔を見た。クオンの表情は真剣だ。
アルダールは、くくっと笑った。クオンの顔を見ていたら、妙に緊張していた自分がバカみたいに思えて来た。
「いつか、わかるわよ。たぶんね」
くすくす笑いながら、それだけを言う。
「なんだよ。わかってるなら、ちゃんと教えてほしいんだけど」
ぷーとふくれて不満そうなクオン。
「ニルゼンに教えてもらいなさい」
「ちぇっ」
クオンは本を閉じて、部屋を出ていこうとした。
「クオン。やっぱり、ここにいてくれる?」
クオンは振り返って答える。
「この本のわからないところを教えてくれたら」
「わたしにわかることなら」
「じゃあ、ニルゼンとメアレインも呼んで来る」
そう言って、クオンは出て行った。
見送ったアルダールはぼそっとつぶやく。あきれたように。
「お堅いメアレインを呼んできてしまったら、あんな本の話、できるわけないじゃない」
ふぅ、とため息。そして。
「バカ。……でも、ありがとう」
セガルスたちの斥候隊が魔王軍が見える位置にまで接近したとの報告が入った。
セガルスが見ているものを、ファナールに魔法を使って中継しているのだ。強大な魔導力を誇るこのふたりならではの芸当だ。
目を閉じたままのファナールが、見えたものを報告する。
「馬車が一台。その前に、馬に乗った『風の使者』ウェイルンがいるわ。後ろには『地の巨人』ゴウラが歩いてる」
「フラーファとミルバがいないな」
「馬車の中ではありませんか?」
「その他には?」
「ゴウラのうしろに、魔獣がたくさんいるわ。少なく見ても五百。そのうち半分がスライムだけど」
ついに、敵の正確な勢力が判明したのだ。
「半端ね」
アルダールが指摘する。
「うん。たった五百って意味がわからないわ。しかもその半分がスライム? その程度なら、四天王だけでも充分のはずよ」
ファナールも首を傾げる。つまり、強大な実力を誇る四天王が揃っているのなら、五百程度の魔獣を付け加えても戦力的にはあまり意味がないと思われるのだ。
「とにかく、そのまま引き返すよう、伝えてちょうだい」
「了解」
セガルスたちは馬で移動している。スライムなどは足が遅いから、ニルゼンたちの方が1日は早く戻ってくるだろう。
結局、アストベール盆地に敵を誘い込んで迎撃し、最後はアストベール城の防御力を活かして決着をつけるという作戦が採択され、城下町の人々の南方への疎開も始まった。
今のペースで予想される来襲日は、明後日。
幾度も戦乱を乗り越えて来たアストベール城だが、今回はどのような結果が待っているのだろうか?
北の山の上から、赤い狼煙が三本上がった。
ついに、北の魔王軍が到着したのだ。続いて白い狼煙が2本。これは、山を放棄してアストベール盆地に後退するという合図だ。これは作戦通り。
城の望楼に設けられた本営からも、その狼煙ははっきり見えた。
「はじまったか」
先の戦いでは、自分たちが攻めこんだ。今度は立場が逆になっている。この城の弱点はわかっているつもりだし、それについては充分な備えもした。それでも、アルダールは不安だった。攻めこまれる側の大将というのは、これほどまでに不安なものなのか。
わずかにふるえているアルダールの手を、ユイリはそっと押さえる。
「すまない」
本営には、遠くからやって来た助っ人たちもいた。タンバートからはエリオン前皇帝、ビフォレスからはタウゼン王子。ナイベルの母であるサマーベルまで来ている。
エリオンは到着するや、クオンの姿を見てこう言ったという。
「その格好は何かね。クオン支店長」
「た、戦うための格好に決まってるじゃないか」
「ほほう。銀行をクビになってもいいのかな?」
「う……」
スカートをはいて髪をのばさなければ、クビだ。とエリオン頭取は厳命していたのであった。クオンが最近女の子らしい格好をしているのは、実を言うとこれが原因だ。クオンは銀行が好きなので、クビにはなりたくない。
というわけで、クオンは泣く泣く鎧を脱いだ。そして、「だから言わないことじゃない」という表情のメアレインに、ドレスを着せられてしまう。髪は両側でまとめて、いわゆるツインテールになっていた。なかなかかわいい。ただ、背中に剣を背負っているので、せっかくのドレスがちょっと台無し。今は戦時だと、これだけは絶対ゆずらなかったのだ。
本営に、伝令が駆けこんで来た。
「申しあげます! 魔王軍は北の山上でとどまり、馬車一台のみ当城に向う!」
「なに?」
次々と伝令が入ってくる。
「申しあげます! ゴウラ、ビスマ、フラーファの三人は山上にあり!」
「申しあげます! 馬車の御者席にはウェイルン!」
その馬車の中に誰がいるか、もはや明白。
「北の魔王」カイムダルその人が、側近のウェイルンのみを伴って、ここにやって来るのだ。
いったい目的は?
すでに神の力を失ってしまった今のクオンたちでは、魔王に勝てるかどうかはわからない。
人々は声もなく、顔を見合わせた。しかし、王であるアルダールは判断を下さなければならない。
「来ると言うなら……」
アルダールの発言に、皆は注目した。
「来ると言うなら、来てもらいましょう。ここに」
それが決定だった。
城の門は開け放たれた。そして、儀礼服に身を包んだ兵士たちが、ずらっと並ぶ。賓客を迎えるときのやり方だ。
正面には、アルダールやクオンたちが立っている。
やがて、馬車が近付いて来た。
御者はやはりウェイルンだった。門の手前で馬車を止めると、後ろに回って馬車のドアを開け、うやうやしく頭を下げた。
そこからあらわれたのは、やはり魔王だった。
長身痩躯。長く白い髪。細いグレーの瞳は、恐るべき光を秘めている。あの「異界の魔王」グレンダルとそっくりだったが、違うのは本当にホクロの位置だけだった。
そして、大きな箱を抱えたウェイルンを後ろに従え、カイムダルはゆっくりと歩いて行く。兵士たちの間を。
誰ひとり言葉を発しない。それどころか、息をする音すら聞こえないほどの静寂。
緊張のあまりふるえている兵士も多いが、誰もそれをとがめはしない。
その中をカイムダルは歩く。
何分か……いや何十秒かの出来事だった。しかし、時間が止まっているかのようだった。その場にいた兵士のひとりは、後にそう語っている。
魔王は、アルダールたち全員の顔をながめわたしたあと、その中にいたクオンの顔に目を止めた。
そして、にやりと笑う。そのとき、恐怖のあまりに失禁した兵士もいたという。
ウェイルンが、大きな箱を魔王に渡す。緊張が走った。いったい何が入っているのか?
魔王は、その箱を抱えたまま、クオンの前につかつかと歩いて来た。
「クオンか?」
はじめて耳にする魔王の肉声。炎すら凍らせるような、恐ろしい声。
「はい。おじいさま」
クオンは、魔王が自分の祖父だと知っている。だから、こう答えた。それを聞いた魔王は、顔をほころばせる。
「クオン。かわいい私の孫よ」
魔王カイムダルは、そう言いながら、箱の中に入っていたもの……真っ白い花ばかりの大きな花束を出してクオンに渡す。
「十六歳の誕生日、おめでとう。大きく、なったな」
クオンは驚いて、祖父と自分の手の中にある花束を見比べた。
にこやかに笑っている魔王。
ぽかんとしているクオンの背中を、ぽんと誰かが叩いた。振りかえると、父のエリオンだった。
そう。本人もすっかり忘れていたが、たしかに今日はクオンの十六歳の誕生日だった。
とすると、これだけのために、カイムダルはわざわざやって来たのだ。なんとも人騒がせな話だが。
「赤ん坊の時に会って以来だからな。女の子が何を喜ぶかなんてわからん。こんな誕生日プレゼントですまん」
クオンはこの花を知っていた。母の肖像画の背景、一面に描かれている花だ。
「ありがとう、おじいちゃん。ありがとう!」
そうお礼を言うクオン。
「うむうむ。『おじいちゃん』というのもいい響きだなぁ」
にこにこ鼻の下を伸ばしている魔王。さっきまでの圧倒的な威厳など、まったく感じさせない。
「お義父上。ご無沙汰しております」
エリオンが折り目正しくあいさつする。
「おお、誰かと思えば若造か。ムダに元気なようだな」
悪態をつく魔王。娘をとられた父親というのは、みんなこんなものなのか?
「城で祝宴を用意しております、よろしければ、ぜひご一緒に」
「ふん。一晩ぐらいなら付き合ってやろうか。ウェイルン。ビスマたちも呼べ」
「は」
ウェイルンは、ビスマたちを呼びに行くため、馬車に乗って後ろに引き返す。
カイムダルは、ひょいとクオンを抱えあげた。両手で体を支える、いわゆる「お姫様抱っこ」だ。
「ちょ、ちょっとおじいちゃん!」
「はっはっはっ! まだまだ軽いのぅ」
笑いながらカイムダルは、アルダールたちと共に城の中に入って行く。
この夜、クオンの誕生日祝宴は、一晩中続いたと言う。
話を聞きつけた町の人たちも、疎開先から次々に戻ってきて、城の庭で開かれている祝宴に参加した。
カイムダルとクオンが、花畑の中のベンチに座っている。よく見ると、そこここに酔いつぶれた人たちが倒れているが、気にしない気にしない。
「なんだ。まだ彼氏もいないのか」
「ぼくは男なんだってば」
ぼそっとつぶやくクオン。さすがに昔のようには主張できなくなっているらしい。
「ほら、何と言ったかな。ひとりだけ、わしと同じ花の花束を用意したやつがおったろう。ああいうのがいいぞ」
「そんなの、あったっけ?」
あまりに大量のプレゼントを一度にもらったので、イマイチ覚えていない。
「まぁちょいと服装のセンスが異常だったが、あの花をちゃんと用意できるのだからタダモノではない。あの花は、この季節には手に入らないはずだ。ずいぶん苦労したろう」
「そうなんだ」
服装のセンスが異常、というので、祖父が言っている人物は特定できた。彼以外に考えられない。
「そっか。あいつか」
暗かったが、クオンの頬がちょっと赤くなったのを、カイムダルは見逃さなかった。
「こんど、わしの城に連れて来い」
「……うん。今度の休みに行くよ。きっと」
特別編も含めて、全編完結です。
短い物語でしたが、いろいろ行き届かないところもあったかと思います。
おつきあいいただきまして、ありがとうございました。




