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千年の静寂の路地
京都には、表の顔と裏の顔がある。
華やかな寺院や観光地の裏側には、血管のように張り巡らされた路地裏があり、長い歴史の中で「無かったことにされた記憶」が澱のように溜まっていた。
ヤスオが「思い出相殺サービス」という不気味な名前を初めて聞いたのは、半年前のこと。
木屋町の雑居ビルの地下、看板も出ていないその事務所には、古びた西陣織の織機と最新の脳波測定器が同居していた。
「京都の人間は、忘れるのが得意なんですよ」
調整役が、当時まだ見習いだった補助係に教えるように言った。
「応仁の乱から幕末の騒乱まで、いちいち恨みを覚えていたら、この街では生きていけません。だから、負の記憶を正の記憶で打ち消す――『相殺』の技術が、裏の家業として発達したんですな」
ヤスオはその時、切実に「相殺」を求めていた。
恋人のイシコ。気が強く、正義感に溢れ、一度抱いた不信感を決して拭えない女。
あの日、嵐山の竹林で、ヤスオが余命幾ばくもない親戚の女性を支えて歩いていた姿を、イシコは最悪の形で目撃した。
胸の奥で、ヤスオは思った。
「思い出を相殺できるなら……」
その切実さが、やがて彼をフランソア喫茶室へと導くことになる。




