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第77話 展示会打ち上げ ―『荒ぶる神のツッコミ』

「魔術師ってのは、名前をそう軽々しく言わねぇんだ。」

「そ、そうなの?」

「そうだ。上位になればなるほどな。名前から証跡を拾われる危険があるからだ」

フレイは、グラスを傾けながら続けた。

「……もっとも、術規の連中みたいな研究職はあんまり気にしねぇけどな。

 あいつらにとっちゃ“理”が神様だ。呪いより実験結果の方が怖いんだろ」

ユフィがポテトを杖のように振りながら「それ偏見じゃない?」と笑う。

「……なんかバカにしてる?」

「してねぇよ。ただ、騎士団の魔術師は昔からそう教わるって話だ」

彼は空を仰ぐように言った。

「“魔術師座”の神話、知ってるか?」

「私!聞いたことある。それって神に名前を取られた魔術師の話、よね?」

ユフィは揚げポテトを口に放り込みながら頷く。

「そう、それだ。神に名を奪われて、存在そのものを記録から消された“魔術師座”の悲劇。

 それ以来、名を秘めた者ほど魔術が冴える――って言われるようになったんだ」

フレイの声は低く静かで、妙に現実味があった。

そこでカークが笑った。

「じゃあエリセの先生もそのタイプか?」

「ああ、あれは間違いなく、“名を隠す側”だな」

「……隠す?」

エリセは眉をひそめた。

「あれは“隠してる”っていうより、“言う気がない”のよ。ただの無愛想」

「は?」

「だってそうでしょ。呼びかけても返事しないし、話しかけても“要件は?”しか言わないの。

 人と関わるのが苦手とかじゃなくて、最初から関わる気がないのよ」

「……そりゃ隠してるって言うんじゃ」

「違うの! あれは“閉じてる”の!

 鍵付きの扉でも、声をかければ少しは返ってくるけど、

 あの人のは、扉ごと無いのよ!!」

一瞬、全員が黙った。

ユフィはポテトをかじりかけたまま止めて、「……それ、結構ひどい言い方では」と小声で言った。

「事実よ!」

エリセはワインを煽って続けた。

「なのに、こっちがどれだけ話しかけても無反応なのに、

 こっちがちょっと落ち込んだときだけ“平気か”とか言うのよ!

 ああいうのが一番たち悪いの! “優しい”と“距離感バグ”が一緒に来るタイプ!!」

フレイが小さく吹き出した。

「……お前、先生のこと好きだっただろ」

「ちがうっ!! 先生を好きなのは《シア》のほう!!!

……あと、さっきの話だけど、魔術師座じゃなくて双極の魔法使い座の神話ね」

だんだん、みんなの声が遠くの方で響いてくる。

エリセは言葉を失い、指先を握りしめた。

――あのとき、確かに彼は言った。

ほんの一度だけ、自分の名前を。

胸の奥がじんわりと熱くなる。

「……やっぱり、ずるい」

ぽつりと、呟いた。

「そんな大事なことをしておいて、また置いてくなんて……ずるいよ、先生……」

ユフィはそっとグラスを置いた。

皿の上のポテトを見つめ、指先で軽く触れたが――手を止めた。

彼女の横顔には、どこか切ないものが滲んでいた。

「……あの先生、たぶん、言葉が下手なだけなんだよ」

カークが咳払いして、そっとユフィに耳打ちする。

「……これ、放っといた方がいいやつ?」

「うん。下手に慰めると、たぶん泣くやつ」

「泣かないわよ!!」

((泣くやつだ……))

ジュースをもう一口。

その唇が、ふっと震えた。

「……ほんと、ひどい人……」

そこだけ、子どものような声だった。

誰も何も言えなくなる。

テーブルの上では、揺れるランプの光がグラスの水面に溶けて、ゆらゆらと滲んでいる。

――ゆら、ゆら、と。

光が、少しおかしい。

グラスの底が、歪んで見える。

まるで、空気そのものが息をひそめたように。

次の瞬間――誰かの笑い声が、ぴたりと止んだ。

「……あれ?」

エリセは眉を寄せた。

「なんか……急に、眠……」

「エリセ?」

ユフィが覗き込む。その顔も、どこか遠く霞んで見える。

言葉を返そうとしても、舌が重くて動かない。

カークがグラスを置き、顔をしかめた。

「……やべ、なんだこれ。頭……割れそうだ……!」

隣でフレイも額を押さえ、椅子をきしませる。

「……薬、か……!? ちっ、悪趣味な真似を……!」

床がふらりと傾いたような錯覚。

ユフィの身体がテーブルにもたれかかり、エリセの意識がぐらりと沈む。

――ガタン、と何かが倒れた音。

周囲の客たちが一斉に立ち上がる。

笑っていた顔が、いつの間にか無表情に変わっている。

手にしたものは、スプーンでもグラスでもなく――刃。

「……っ!」

フレイが、椅子を蹴って立ち上がった。

視界が滲む。頭の奥で鐘が鳴るような痛み。

それでも、手は剣を探していた。

「ユフィとエリセを――守れッ!」

「わかってる!!」

カークが歯を食いしばり、椅子を蹴り飛ばして敵に突っ込む。

剣を抜く音が、妙に遠く響いた。

眠気が勝っている。

身体は鈍く、動きは荒い。

それでも二人は――倒れた仲間の前から一歩も退かなかった。

フレイの剣が閃き、カークの拳が鈍く響く。

木製のテーブルが割れ、皿が飛び散り、店の中は戦場になった。

剣を振るうたび、視界が白くちらつく。

やがて、すべてが静まり返った。

床には倒れ伏した敵と、粉々になった酒瓶の破片。

呼吸を荒げながら、カークが剣を杖代わりにした。

「……なんなんだよ、こいつら!」

額から血を流しながら、吐き捨てる。

「この店、結構料理安くてうまかったのに、もうこれねぇじゃん!

 あー、くそ! まだ料理も酒もほとんど手ぇつけてないっつーのに!!」

最後の一言を言い終えると、白目を剥いてテーブルに突っ伏した。

フレイも無言のまま剣を床に落とし、そのまま崩れ落ちる。


――静寂。


割れたグラスが、床で小さく転がって止まる音だけが響いた。

血と酒の匂いが、冷たい風に混じっている。


その風の中に――足音。


カツ、カツ、と。

ゆっくり、一定のリズムで近づいてくる。

壊れた扉の隙間から、月の光と一緒に黒い影が滑り込んだ。


「よぉ……こんな場所で眠れるなぁ」

黒髪の少年が、ひょいと覗き込む。

ネクレオスだった。


散乱した食器を踏まぬよう、倒れた客を跨ぎながら歩く。

その足取りには、焦りも怒りもなく――ただ、夜の静けさだけがあった。


「まぁ、しゃーないか。飲み物にこれだけ睡薬仕込まれたらな」

淡々と敵を全て拘束具で縛り終えると、ネクレオスは床に倒れたフレイの横へ歩み寄った。

肩先に軽く足を置き、低い声で呟く。

「お前、ちょっと目ぇ開けてや」


「……む……」


フレイがかすかに声をもらした瞬間、

ネクレオスの足が、その肩を払うように鋭く弧を描いて蹴り飛ばした。


バキッ。

小さく乾いた音が響き、フレイは呻き声を漏らす。

「奪ってへんし、悲劇でもあらへんわ。ったく、神話なんて誰が書き残してんやろな」

フレイはぐらりと揺れ、完全に意識を落とす。

その横顔を見下ろすネクレオスの目は、どこか満足げで、ちょっとだけ悪戯っぽい光を帯びていた。


そのままネクレオスは、眠るエリセの傍にしゃがみこみ、黒いローブをそっと肩に掛ける。

「風邪ひいたらあかんし――」

その仕草は、まるで——

夜そのものが、彼女を包み込むようだった。

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