第68話 凝りもせずに悪い奴ゴロゴロ 、でもみんな慣れっこ
ルザリオの陽は高く、王都の展示会場はまるで魔力の香に満ちた温室のようだった。
三日にわたって続いた魔術具展覧会も、いよいよ最終日。
会場では各国の技師や術者、神官、貴族たちが入り乱れ、
最終確認や取材の合間にあちこちで拍手と悲鳴が上がる。
興奮と魔力の匂いと、少しばかりの人いきれが渦巻く中――
聖樹の葉を保管庫から搬出してきたエリセと騎士たちは、
メイン会場に散らばる“戦果”を見て、そろって遠い目をした。
そこには、意識を狩られた不審者たちがごろごろ。
おまけに――なぜかレジットまで転がっている。
周囲のスタッフたちはというと、もう誰も驚かない。
通りがかりの警備員が「あー……今日もか」と書類をめくり、
清掃班が慣れた手つきで倒れている連中を回収していく。
どこの国の代表団も、もはやこの光景に
「また聖樹関係ね」と無言で察する段階だ。
空気には緊張よりも、静かな諦めと手慣れた倦怠が漂っていた。
「……もう、何してんのよ」
寝不足で頭が回らないエリセは、思考をすっ飛ばして――
力任せに――彼の腹をガツンと殴った。
「ぶほっ!? な、なにすんだよ……っ!」
「なにすんだよじゃないわよ! なんでまたあんたがここに倒れてんのよ!」
考えるより先に手が出る。
寝不足だと、もう複雑な理由なんて理解できない。
「晩飯さそいにきたんだよ……けどお前いなくて……変な連中が……」
顔をしかめ、腹を押さえたままレジットはしばらく床と仲良くしていた。
「こいつ、ヴァレクシの中央指揮機関に爆裂系の魔術弾ぶちこんで
国際指名手配されてる魔術師コールじゃないか?」
倒れている不審者を足でひっくり返したフレイが眉をひそめる。
エリセはふと、自分とのギャップに目を奪われた。
寝不足で頭も回らず、レジットを殴るだけで精一杯の自分。
なのにフレイは――涼しい顔で、疲れも見せず、軽やかに不審者をチェックしている。
(……すごいな。寝不足でも、全然普通に動けるんだ……)
フレイは次の倒れている男の身元札を引き抜き、低く息を吐いた。
「うっ、こっちは拉致容疑者のケニーじゃないか!
——君の師のペットはいったい……いや、これほど戦闘に長けているなら、むしろ使い魔か? あの人なら、何でもできそうだな」
「まじかよ。何がどうなってんだ?エリセちゃんの先生、いったいどんな魔術師なんだよ」
戦闘痕だらけの床を見回したカークの声は、思わず上ずっていた。
「んー、……魔術師なのかな?
魔術も作るし、魔術具も作るし……なんかいろいろできる人?」
無邪気に指を折り答えるエリセに、フレイがつられるように声を上げる。
「……なんかいろいろ、ね」
彼はこめかみを押さえ、深く息を吐いた。
「それで君は、どんな魔術を習ってるんだい?」
「魔術じゃなくて、異性との上手な付き合い方を教えてもらってて——」
「「「はぁ!!??」」」
三人の声が同時に裏返った。
まずカークが我に返る。
「エリセちゃん、大胆……!!」
レジットは腹を押さえたまま硬直し、声を震わせる。
「おま……! そ、そんな実践的なことまで……!?」
フレイは目を丸くして、呆れ混じりに言った。
「ど、どんな授業だよそれ……!」
勝手に想像して真っ赤になる二人をよそに、
エリセはきょとんと首をかしげた。
そのとき、エリセの視線が何かをとらえる。
メインホールの片隅――
ツィグナトが女性に囲まれていた。
いや、囲まれて“しまって”いた。
何人かが必死に話しかけているが、本人はいつも通り無表情。
しかし、なぜかほんの少しだけ眉が寄っている。
「ちょっと勉強してくる!!」
エリセがパンフレットを放り投げた。
「盗んで覚えるって約束してるから!」
「ちょっ、待てエリセ!」
フレイが慌てて腕をつかむ。
その背後で、レジットまで跳ね起きる。
「お前、あいつに何もいかがわしいことされてないだろうなっ!」
「はあ!? なにその前提っ!!」
二人がわちゃわちゃしているうちに、エリセの視線の先で事態が進展していた。
ツィグナトに群がる女性たちの前に、ラゼルがすっと立ちはだかる。
軽やかな笑みを浮かべつつ、絶妙な話術で彼女たちを追い払っていく。
まるでプロの秘書か、もしくは営業妨害。
「はわっ!! 貴重な瞬間だったのに!!」
エリセが頭を抱える。
「先生、無口だしきれいすぎて意外と女の人が寄ってくる場面って少ないのに!」
「「……は?」」
フレイとレジットが、同時に変な顔をした。
ツィグナトの“人気”を嘆くエリセの姿を前に、二人は悟る。
自分たちの心配は、完全に的外れだったことを。
「お前ら、仕事しような」
少し離れたところから同僚の声が飛ぶ。
「もうすぐ一般入場開始だ」
「はーい……」
エリセはしょぼんと肩を落とし、
それでもちらちらとツィグナトの方を見ていた。




