第62話 煌めく祭典、虹彩のホールに潜む蛇 (前編)
この日、ルザリオ王都の大展示会場には、各国を代表する魔術師や術具設計士が集い、史上最大規模の展覧会が幕を開けた。
孤高の軍事国家ヴァレクシアの初参加に加え、高位魔術具開発局――世界中のマイスターが憧れる殿堂――の名がパンフレットに載ったことが、人々の期待をいやが上にも高めている。
天井から降り注ぐ虹色の光がホールを淡く包み、分岐した小会場には各国のブースが整然と並ぶ。
貴族は優秀な設計士を探し、職人や学者は他国の技術に見入り、商人や庶民は生活を変える魔術具に目を輝かせる。
目的は違えど、誰もがこの祭典を楽しんでいた。
その中心に展示されたのは――聖樹の葉。
ネビュリスからエリセが持ち帰った至宝。
フォグブルーのローブに身を包んだ彼女は、豪華な台座に飾られた葉を前に、誇らしさと同時に居心地の悪さも覚えていた。
「なんて……神秘的な輝き……!」
「本当に存在したなんて……」
感嘆の声に胸が熱くなる一方で、注がれる視線に肩がこわばる。
会場を守るのはルザリオ王国騎士団。
バーガンディ色の外套を翻し、胸元の紋章を光らせる。腰の帯剣に手をかけるフレイは、普段の優しげな姿から一転、獰猛な気配をまとい、猛禽のような鋭さを放っていた。
カークを含む騎士たちも、緊張感をみなぎらせながら、しかし静かに会場を見渡している。
(……すごい、魔術師がこれだけ集まってるのに……教会の人たちまで来てる!)
聖職者の黒い長衣 が人波にちらほらと混じっている。
昔は魔術師狩りすらあった両者だが、今は互いを正面から否定することはない。ただ――互いの視線が冷ややかにすれ違う瞬間を、エリセは見逃さなかった。
そんな中。
黒いフードの人物が、呑気に展示品を触ったり、他国の技師と会話している姿が視界の端に映った。
(……え?先生、社交スキル隠してたんですか!?)
エリセが呆然と見つめる先で、 ツィグナトは何食わぬ顔で展示されていた杖をひょいと持ち上げ柄の装飾を勝手に回したりしている。
呆気に取られて見ていた技師たちの間を縫って、レジットがずかずかと近づいてきた。
「おい、お前。ラゼルさんやエリセの周りをいつまでうろつくつもりだ。展示会の準備も済んだだろう、さっさと帰れよ」
吐き捨てるように言いながら、さらに続ける。
「ちょっと綺麗な顔してるからって、いい気になるなよ。大した実力もないくせに、目ざわりなんだよ」
そう言って、レジットはツィグナトのフードをぐいと掴み上げた。
――次の瞬間、彼は言葉を失う。
白磁のような肌と深い影を宿した眼差し。夜の保管庫で見たときにも息を呑んだが、こうして至近で直視した衝撃は、その比ではなかった。
あまりの美しさに、思わず顔が真っ赤になる。
「な、なっ……」
その背後から、ずかずかと足音。部下を引きずるようにして現れたラゼルが、容赦なくレジットの背を蹴り飛ばした。
「不敬がすぎるな」
ぐしゃりと床に倒れ込むレジット。
一方、ツィグナトは無頓着に杖を手に取り、軽く起動させる。杖の先端でレジットの後頭部をコツンと叩くと、頭から背中にかけて小花がぱらぱらと咲き乱れた。
「使い道は解らんが、面白いな」
初めて触れた術具を、説明もなしに起動させた――それ自体が信じがたい芸当であり、技師たちは驚愕のあまり息を呑んだ。
ツィグナトはそんな反応に頓着することもなく、杖を返しながら首を傾げる。
「宴席やお祝いの余興として仕込んでおりまして……」
「それなら、派手な方がいいんじゃないか?例えばここに――」
さらさらとペンで術式を書き込み、床をコツと鳴らす。瞬間、鮮やかな花びらが舞い散り、キラキラと光る小枝や宝石を銜えた小鳥が何羽も現れては消えていく。
「すごい!これ以上は干渉して失敗ばかりだったのに……!」
技師たちは目を輝かせ、ツィグナトの即興の改良にざわめいた。
ツィグナトはもう興味なさそうに杖を手放し、またふらりと次の展示へ歩き出した。
一方、注目を集めるオルディアのブースでは……。
「は? あなた方の基準で測られても困るな」
白衣を肩にひっかけたラゼルが、不遜に言い放つ。ツィグナトの元から無理やり部下に連れ戻された彼の機嫌は氷点下だった。相手は、よりによってルザリオの宰相閣下。
恐れ多く、周囲の見学者は一斉に視線を逸らす。
(うわぁ……閣下の後ろの護衛の人たち、わなわな震えてる……!)
しかし、ラゼルはツィグナトを追いたいが為に落ち着かず、宰相の言葉など半分も聞いていない様子だった。
彼の両側では――。
濃紺の詰襟式服に銀の装飾を施した、オルディアの部下たちが必死にラゼルの腕をつかんでいた。袖に露出した魔術式が淡く輝き、控えめに刺繍された紋章が光を受ける。北国らしい白い肌に濃紺のスタンドカラーのジャケットが映え、実に麗しい。
(……え、眼福……!)思わず涙腺が熱くなるエリセ。
「ちょっと! エリセの先生!! あんなにキレイな男の人見たことない! なんで黙ってたのよ! 」
隣でユフィが小声で詰め寄る。
「え、言ったよね!? 信じなかったのユフィでしょ」
「だって、ラゼル=ネイムより綺麗なんて話信じられるわけないじゃない! あの顔面は神……!」
「ちょっとユフィ、さっきからカークが睨んでるから!」
「見納めかもだから今のうちに目に焼き付けたいの! 」
「いつもの恰好のネイムさんより、ほら、オルディアの礼服とかヴァレクシアの軍服とかの方が!」
「あの顔だったら何着ててもいいの!いっそもう服なんてなくても……! 」
「ちょっ、ユフィっ!!!」
小声で必死に止めるエリセ。だが、そんなささやきはカークの鋭い視線にしっかり射抜かれていた。
――と、その瞬間。




