第59話 最っ高だ!自宅にナト ~眠りを極めるカプセル実験~
昼下がりの静かな仮眠用の一室。
机や簡易ベッドの上に散らばった部品を前に、ラゼルは退屈そうに椅子を回していた。
「ナト~、昼飯食べに行くからさ、護衛にネクレオスかセラフィス貸してよ。」
背後で声をかけられたツィグナトは、本から目を離さずに淡々と答える。
「朝から見かけん」
「二人とも!?」
「……ああ」
彼は知る由もないが、この日、白黒の双蛇は自身の用でオルディアに出ていた。
「え”!?? えーーー、早く言ってよ!」
ラゼルは机に突っ伏し、大げさに頭を抱える。
「”コブ”がいないなら仕事してる場合じゃないじゃないか!
ほら、ナト、回廊つないで! 僕んち、ネビュリスの!」
「……別に構わんが」
「最っ高だ!!
自宅にナトをお持ち帰りなんて何年ぶりだろう! ほら、早く!」
ウキウキと腕を引っ張られ、ツィグナトは静かに回廊をつなぐ。
ラゼルの工房は、ツィグナトの厳かな空間とは対照的だった。
壁際に積まれた工具、棚に乱雑に並ぶ歯車や管、油と鉄の匂い。
無機質な灯りが白々と光り、冷たい金属の影を落としている。
「ようこそ! 夢と浪漫の研究空間へ!」
胸を張るラゼルはツィグナトを座らせながら、パンが入った籠を出してきた。
「ほら、軽食あるから!
パンでも齧りながら――ねぇねぇ見て見て、僕の最新発明!!」
指差した先に鎮座していたのは、棺桶のようなカプセル。
銀と黒の外装に、細かな魔術式が刻まれている。
「眠りを極めるカプセル式ベッド!
睡眠の質が爆上がりするやつだ!」
「……ほぅ、構造は悪くないが、魔力の循環が甘い」
ツィグナトが指先で式をなぞると、青白い光が浮かび上がる。
ラゼルは瞳を輝かせて隣にしゃがみ込む。
「え、どこ!? ああーなるほど!
そう補強するのか! じゃあこの回路は――」
「いや、そっちは非効率だ。こう繋げば安定する」
「なにそれ! 天才かよ!」
肩を並べ、真剣に術式を書き込み、部品を組み替える二人。
やがて光の網が内側に広がり、魔力が穏やかに循環をはじめた。
「……おい、寝てみろ」
ツィグナトがラゼルをカプセルに押し込む。
「おっと、何言ってんのさ!
個人差の検証もしなきゃでしょ? この際ナトも!」
ぐいっと両腕を掴まれ、距離ゼロで引きずり込まれる。
「おい、離せ」
「ダメ! 時間は大切なんだから!」
がしゃん、と蓋が閉じる直前――
「この馬――!」
珍しく荒ぶった声が、密閉とともに途切れた。
――三時間後。
ツィグナトは夢も見ず、深い眠りに落ちていた。
眉間の皺も消え、静かで穏やかな寝顔はラゼルにとって最高の研究成果だった。
対してラゼルは、夢の中でまでツィグナトと二人きりで魔術具をいじっていた。
光を帯びた回路盤を前に、肩を並べて座り込み、いつの間にか組み上げられる時間を競い合っていたり、
「ほらナト、僕の方が速い!」
「……雑だ」
「わざとだよ!バグや偶然はたまに奇跡を生むんだから」
夢の中なのに、本気で言い合って笑っている。
同じ部品を同時に取ろうとして、ふと指が触れ合い――思わず握ったら、一瞬で指先から肩まで凍らされた。
けれど次の瞬間には、またどちらが正しいかで口論になり、
工具や魔術式を挟んで、肩がぶつかり合うほどに近づいていた。
現実では絶対に見せないような、柔らかい笑みのツィグナト。
ラゼルはその顔を見られただけで、胸の奥が震えるほど満たされていた。
――そして目を覚ました彼は、夢の余韻に頬を赤らめ、うっとりと呟く。
「夢見サイコー過ぎる☆」
「……くだらん」
すっきりした顔で伸びをし、ツィグナトは測定値を確認する。
「かなりいい数値が出たな」
「でしょ!? でしょ!!」
その時――。
ガタン! ドカン!
外から騒がしい音が響く。
二人は顔を見合わせ、扉を開いた。
そこでは――。
白蛇と黒蛇が絡み合い、地面を這いずりながら暴れていた。
その前に立ちはだかるのは、丸い耳と短い手足、でっぷりしたお腹に大きなしっぽを持つ茶色い生き物。
「カンカン!?」
「…………」
ラゼルの使い魔、カンガルーのカンカンが、必死に尻尾を振り回し、工房への双蛇の侵入を阻んでいたのだ。
三匹は団子のように絡まり合い、大乱闘を繰り広げていた。
「はぁ、夢の時間は儚いな……」
「……騒がしい」
二人の静かな一言が、油と鉄の匂い漂う工房に響いた。
ネビュリス……『星々が生まれる霧のような空域』『滅びの楽園』とも呼ばれる、ツィグナトやラゼルの工房、神々の住まう神殿がある星域
(第37話 嫉妬と骨とソファの上で)
(第48話 聖樹の光を阻むもの)より
カンガルーのカンカン…… ラゼルの使い魔(第12話 カンガルー便で届いた猟奇事件)より




