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第25話 事件です「疑心都市ルザリオ」は修羅場中 (前編)

午前十時の図書館は、まだ静かだった。

術式技術規正機構――通称“術技”の二階。

公的機関らしい無機質な棚が、魔術理論や術式演算、禁術由来の技術資料でぎっしりと埋め尽くされている。

その一角で、エリセはうんうんと唸りながら資料をめくっていた。

嘱託職員用のフォグブルーのローブは、少し袖が長くて、歩くたびに裾がふわふわ揺れる。

正規職員の雪色のローブ風白衣は、すっきりしていてかっこいいのに――。

(似合うかな、ああいうの)

ちらりと視線を上げて、それから慌てて資料に目を戻す。

憧れは、胸の奥でそっと抱えておく。


検索呪式では引っかからなかった。

ならば、地道に探すしかない。


 

「……いない、やっぱり載ってない。

魔術具マイスターにも、術式認定者にも、冒険者ギルドの登録にも……。

ありえない、あんな実力で無名なんて」

ツィグナト。

名前以外、何もわからない。

彼が偽名を使っていた可能性もある。けれど、魔術具の起動に名乗るというのは、術式の精度と安定性を高めるための大事な儀式のはず。

わざわざ偽名を使う意味は、ほとんどない。


――いない。やっぱり載ってない。

魔術具マイスターにも、術式認定者にも、冒険者ギルドの登録にも……。

ありえない。あんな実力で無名なんて。


……ってことは、ほんとに、国交のないどこかの国の人とか?

それとも、公的な機関に一切属さない、完全な独立魔術師……?

でも、それにしたって、あの技術は。独学で身につけたなんて――考えたくない。


「うわ、もう、お手上げっ!」


思わず頭を抱えたときだった。

ふと、思い出す。

 

「あ、そうだ。今日《紅蓮の牙》の再鑑定に来たんだった!」

ツィグナトの手でチューンアップされた《紅蓮の牙》。

どう変わったのか気になって仕方がない。

勢いよく椅子を蹴って立ち上がり、階段を駆け下りる。

 

けれど――

一階ロビーは、いつにも増してざわついていた。

人の熱気に空気が湿り、魔力探知用の結界にまでノイズが走っている。


床に並ぶ椅子はすべて埋まり、立ち話をする技師や研究員、受付前に列を作る申請者たちの声が、雑多に重なって響く。

所内とは思えない混みようだった。


エリセは眉をひそめ、受付の端へ身を寄せる。

「……何これ、なんでこんなに混んでるの?」


声をかけられた相談員の女性が、書類整理の手を止め、目を輝かせながら囁いた。

「エリセ知らなかったの!? もうすぐオルディアの開発局から、ラゼル=ネイムが来るんだよ」

「え!?開発局って……あの高位魔術具開発局?

 マイスターの中のマイスターしかいないっていう?」

「そうそう! 来月の展覧会のオルディア代表なんだって!」

「まじで? ……ラゼル=ネイムって、あの“天才術具設計師”? 

 論文のタイトルが毎回やばい人?」

「それそれ! 『お前の魔術具が人を狂わせるのは、設計が馬鹿だからだ』――あれ、読んだ?」

「読んだよ。……あの論文は、タイトルこそぶっ飛んでるけど、

内容はむしろ冷静で、精緻(せいち)に組み立てられてた。

設計思想から魔術式の誤差まで、徹底的に分解して……ほんと、あれはちょっと怖いくらいに正確な分析だった 」

エリセはふっと口元をゆるめる。

「読んだあと、しばらく自分の仕事見返したもん。

あの人、怒ってるっていうより、“見えてる”んだよね。

欠陥も、限界も、隠してるつもりの手抜きも――」

昔、レジットが勧めてくれたのよ。

『お前でも読めるから』って。

ちょっとムカついたけど、読んでみたら本当に勉強になった」

エリセは、ふっと口元をゆるめた。

学会がよく炎上するって噂も聞いたことある。

言葉が過激だから、ってだけじゃなくて……きっと、本当のことを言いすぎるから、だと思う。


「……ちょっと顔、見てみたいな。

でも、ラゼルが来てるってことは、レジットも絶対いるよね。」


あの人、筋金入りのファンだったし……うーん


その名前を聞いた瞬間、胸の奥がかすかにざわついた。

けれど、それもすぐにかき消した。終わったはずの痛み。もう――


「君ら、別れたんだっけ?」

近くにいた同僚の嘱託研究員が、あたしたちの会話に参加してきた。


エリセはにっこり笑って答えた。

「あ――うん。きれいさっぱり終わりました。

でも、心の整理はもう済んでるから、大丈夫」


軽く言ったが、その一言の奥に潜む痛みも、今は刺さらない。

あの場所に、全部置いてきた。

同僚がほっとした顔をしたのを見て、エリセは気づく。


――あ、うまくやれた。

破局の報告。ミッション達成。

二度と職場恋愛なんてするまい。

何かと面倒事が多すぎて、割に合わない。

「ラゼルさんって、レジット先輩が見つけた魔術具を見たいから、運営側に参加したらしいよ――」

「ああ、《煌霊炉(こうれいろ)》のことね! あれはすごかったよ!

エリセ、いなかったっけ? 世紀の大発見って、注目の的だったんだから!」

煌霊炉(こうれいろ)》――

未精製の霊素を集めて再構築し、“発光状態の高純度魔力”に変換する触媒炉。

古代術式が刻まれた荘厳なその魔術具は、いまや開発局でも再現不能とされている。


そんな代物を、あの理屈屋・レジットが発掘したというのだから、話題になるのも当然だった。

そのとき、嘱託組のもとへ現れたのは――

雪色のローブ風白衣をまとった鑑定士、ユフィだった。

「エリセー!! 魔術具の再鑑定、予約してたよね!?

ごめん、今日できなくなった!」

「え?」

「今から市街地に調査に出ることになって!

あの“ケンカセール”騒動、どうも魔術具が関係してるかもしれないって話で!」

“被害妄想の爆発”――そう呼ばれる街中の異常事態。

争いごとが不自然にエスカレートしている原因が、精神干渉系の魔術具ではないかと疑われている。

「感染症の可能性も捨てきれないし、来月の大展覧会も控えてるし……内部も行政も、今ピリピリでさ。

――ってことで、とにかくごめんね! 再鑑定はまた改めて!!」

「うん、大丈夫。……って」

エリセはふと、入口の方に目を向けた。

ざわめく空気の中、そこに立っていたのは――見覚えのある男だった。


雪色のローブ風白衣。その襟元には、上級職員の証である深紅の縁飾り――

きちんと着こなしているあたりも、変わってない。

レジット。かつての恋人。エリセにとって、過去最大級の「棘」だった男だ。

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