第13話 先生、それって魔術の使い方あってますか!?
しばらく歩いたら、先生があたしの襟首から手を離した。
だから、いつもどおり、あたしは《灯》を胸で抱きしめて、
静かに、先生の後ろ姿を追った。
言いたいことは山ほどあるのに、口は閉ざされたまま。
ねえ、シア。
先生って、昔からあんな感じだったの?
それとも、あなたにはあの冷たい部分を見せてなかった?
あなたは先生のどんなところが好きだった?
……って、聞いたって無駄だよね。
今のあたしの声はもう届かない。
それでも、心のどこかがまだ、あんたにすがろうとしてる。
バカみたい。
しゃべれないくせに、心だけ忙しくて。
ぐるぐる、ぐるぐる。
心が騒ぐのに、先生の背中は変わらず遠くて、
シアの声は、どこにも届かない。
そんな静けさの中で、ふと気づいた。
――ずっと、会話がないことに。
この人、あたしが話題をふらなかったら、
ずっと無言なんだよね。
居心地わるくなったりしないのかな……いや、しないんだろうなあ。
さっきの――
ナイフでぐりっと――。
……あれは、さすがに衝撃的すぎた。
でも。
先生なりの理由が、きっとあったんだと思いたい。
今までだってそうだった。
冷たく見えて、でも無駄なことは絶対にしない人。
だから、あれもきっと……必要なことだった。
はず、だよね……。
そうじゃないと、あたし――
あんなの、見た意味がわからないよ……。
理由、聞いても大丈夫かな……?
どこまでなら踏み込んでよくて、どこからが「黙れ」って距離なの……?
――いや、その前に。
あたし、いつになったらしゃべれるようになるの――。
しくしくしく。
ぐぅぅぅ~~~、きゅるるるるる~~~っ。
あまりにも盛大なお腹の音に、先生が振り返った。
「腹がへったなら何で言わない?」
「………」
言わないんじゃなくて、言えないのよっ!(キレ気味)
「………」
また沈黙する先生。
そこでようやく何かに気づいたみたいで、両手をパンと打ち合わせた。
その瞬間、あたしの口を縫い付けていた魔力の糸のような何かがほどけて、ふわっと溶けていく。
息を大きく吸い込んで――
「忘れてただけっ!?」
◆ ◆ ◆
いつもの《無音苔》のお団子を食べていると、先生が果物を差し出してくれた。
「逆涙果だ」
一口かじると、冷たさが舌をしびれさせる。
そのあとに、涙がすうっと引っ込むような静けさが、胸に広がった。
皮の内側だけ、ほんのり甘い。
おいしいっていうか……食べたら、なんだか気持ちが落ち着いてきた。
そういう効果がある果物らしい。
「……あの、……魔術具語り、してごめん」
先生は片眉をほんの少し上げて、じっとこっちを見てくる。
あれ?なんだか想像してた反応と違う。
もしかして、怒ってたわけじゃないの?
「……? あたしの魔術具の話、興味なかったのに、聞かされて迷惑だった……よね?」
だから、あんな聞いたことない魔術使って、あたしの口、強制終了させたんだよね?
そう言い募るあたしに、先生は淡々と答えた。
「いや、うるさかった。それに、この辺りは花粉が飛んでいる。……口は閉じてろ 」
「どっちが主目的!?」
「両方だが」
……なんか、予想外な理由でした。
外が騒がしかったから窓を閉める、みたいなノリ。
それ、魔術でやる???
でも今向かっているのは《幽咲の谷》っていう場所で。
毒性の強い霧と、特殊な花粉が充満してるから、無駄に口を開かない方がいいって言われた。
谷ではマスクをつけるらしい。
……なんだ。
結局、いつも通りの先生だった。
◆ ◆ ◆
さっきの可愛いカンガルー、あれは知り合いの使い魔なんだって。
つぎ出会ったら、ぜひとも撫でさせてもらおう、うん。
それで、例の「腰がキュッとしてて、胸とお尻がやたらたわわだった女の人」は――
「たわわ? 魔術具だが。手紙にあったろう。不具合を調律しただけだ」
えっ、あれ魔術具!?
しかも――
「自律型の人型魔術具だと、あの類の不具合は性別に関わる部位に原因があることが多い。
……破損しておいたから、後は知らん。
製作者が再構築すれば問題ないだろう。
……ただ、エラーコードで特定できるはずなんだがな。」
「えぇぇぇぇ!?」
先生、サラッとすごいこと言ったよ!? 怖いよ!?
けど……なんだかんだ、怖がり損だったのかもしれない。
そう、いつもどおり。
とんでもなく無愛想で、だけどちゃんと助けてくれて……
魔術の使い方が……なんかちょっと間違ってる気がする先生。
でも、嫌いじゃない。
――ふしぎと、あたしの心を揺らしてくる人 。
ここではっとした。
……えっ、いま何考えた!?
嫌いじゃないって、いやいやいや、待って。
何回失恋繰り返してきたと思ってるの!?
あたし、あと1回でもう即死コースだよ!?
心、揺らすな!
強くなれ、あたし!!!
はーーーーーっ……。
深呼吸。落ち着こう。
というわけで、あたしは、グレゴリー様を磨いた。
あなたはあたしの輝ける星!
もちろんシアも磨いた。しゃがんで、ごしごしごし。
そう。磨くと心が落ち着く。
この炎の曲線。
重厚な金属の光沢。
……完璧。
それにくらべて、先生はというと――
不愛想で冷徹で、ドライで、無慈悲で、
近寄りがたくて、共感力ゼロで、他人に興味がなくて……
……あれ?
先生、人としてだいぶ難ありじゃない?
うんうん、だよね。
「……見てるだけで安心感があるの、あなたしかいないよ……」
「ふふ……あっ、ちょっとシア、やきもち?
だいじょうぶ、ちゃんとあなたも大好きだよ」
なんて一人でしゃべっていたら――
「……おい」
ビクッ。
聞こえてた。見られてた。
そっと見上げると、先生が、すぐそこにいた。
無表情。感情ゼロみたいな顔。
「……気が済んだか」
「…………はい」
「進むぞ」
ぐうの音も出ない。
……でも。
元気出た!
あたしの魔術具達は今日も最高に素敵☆
グレゴリー様の炎も、シアの灯火も、ちょっとくらいの寒さや不安なんて吹き飛ばしてくれる――
――そう思ってたのに。
なんだか、空気が変わった。
幽咲の谷へ向かってる……そのはずなんだけど。
この方向……なんか、見たことないような、不穏な色の景色が見えてきて――
ほんとに、あっちで合ってるの、先生?