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「カレン!」
声が聞こえた気がした。
だが、その声から逃げるようにカレンは足を速めた。
「待てってばっ!」
ヴァリエが腕をつかんだ。
振り返ることができずに、カレンは足を止めた。
カレンの腕をつかんだままヴァリエは荒い呼吸を繰り返していた。
「どうして来たの・・・?『そんな猫』なんてどうでもいんじゃなかったの」
心の中に沸いた辛さを奥歯で噛みしめる。
「ごめん・・・あんな言いかたして。驚いちゃってあんな言い方になっちゃったんだ。本当にごめん」
ヴァリエは再度謝った。
「そう思ってるなら、早くこの猫を助けられる所に連れてって」
ヴァリエは俯いた。
小さく頷く。
そんなヴァリエの様子に自分を殴りたくなる。
でも、言葉を凍らせて言わないと自分が押しつぶされそうだった。
「こっちだ、カレン」
ヴァリエが前を走り始める。
慌てて、追いかける。
左、右、右、左。
複雑に入り組んだみちを何度も曲がる。
そうして着いたのが、本当に都会の近くなのかと思うほど、森の中のような場所だった。
動物の医師のマークが刻まれた木の小屋にたどり着くと、ヴァリエは扉をノックした。
と、中から返事が返り、60代くらいの男性が現れる。
彼は二人と猫を見た。
「この猫、治せませんか」
ヴァリエは彼に尋ねた。
「そうだね・・・」
彼はカレンの腕の中の猫を触ったりすると、言った。
「・・・残念だけどこのままじゃ難しいだろうな。だいぶ弱っている」
「そんな!」
「他に方法は無いんですか」
ヴァリエが真剣な眼差しで彼を見つめると、彼は困ったように口を開いた。
「体力を戻せばなんとかできるかもしれない。命の源の魔力を分けてあげれば」
その言葉にはっとしてヴァリエを見る。
「ヴァリエ、お願い」
「君がいいんだったらいいよ、使うのは君の魔力なんだから。・・・でも本当に使っていいの?」
「当たり前じゃない」
カレンはヴァリエの目を見つめると言った。
「だってこれが私たちの最初の仕事じゃない。小さな猫くらい救えなくてどうするのよ」
不敵に言ってみせたカレンにヴァリエは微笑んだ。
「カレン、猫をテーブルの上に」
カレンが猫をテーブルに寝かすと、ヴァリエは猫に手をかざした。
「汝、生命の湖に軋む音あり。我、循環者の流れを汲み取り、汝の湖に流れを与えん」
ヴァリエが呪文らしきものを言った。
するとカレンの銀の腕輪が淡く光始めたと思うと、ビリビリとカレンに衝撃がやってきた。
よく見るとヴァリエのイヤリングとヴァリエの腰にある銀龍の牙も光っていた。
なんだろ、これ。
自分の中に『流れ』を感じる。
膨大な『流れ』。
まるで川のような。
それは渦巻いて、ヴァリエのイヤリングへ吸い込まれ、やがてヴァリエの手のひらを通じて猫の中へと流れていく。
そうか、これが私の・・・。
しばらくすると、渦巻いていたものは収まり、静かな『流れ』となった。
「終わった」
ヴァリエが手を下ろす。
下ろした手の先には、猫がお腹を上下し呼吸をしているのがはっきりと見えた。
「よかったぁ・・・」
安堵のあまり息を吐くと、何故かゆっくりと視界が歪んでいくようなそんな気がした。
「あ、あれ・・・?」
倒れそうになったカレンをヴァリエが受け止めた。
「だから言ったんだ。『いいのか』って」
ヴァリエは呆れているようだった。
「初めて魔力をこんなに大量に使えばこうなる事が分かりきってるっていうのに・・・」
ヴァリエの手が瞼を閉じさせる。
「ヴァリエ…?」
「しばらく眠ったほうがいい」
ヴァリエの手がひんやりと冷たくて、火照った顔に気持ちいい。
意識を失う直前、耳になにか柔らかいものが掠めた気がした。
「俺は、君を…」




