狂乱、そして出撃
遅くなって申し訳ありません。
緩衝地帯に開戦のゴングが鳴り響く。
まず動いたのはイーオン陣営だった。
「ヒャッハァーッッッ!!」
「行くぜ行くぜ行くぜオラァァ!!」
「意外!それは特攻!!」
「潰すツブスつぶす潰すゥゥゥゥゥゥ!!」
どう見ても頭のネジが外れてる世紀末100%なプレイヤー達が荒野となった緩衝地帯を爆走する。
前時代の愚連隊じみた嬌声を上げながら迫る姿に思わず後ずさりするアエラ軍勢。
「……相変わらず自由だなアイツら」
「陣形も作戦もクソもない……」
「蛮族……SF蛮族……」
「ハイハイ!お前ら現実逃避しない!さっさと陣形組む!スクラーム!スクラーム!」
「現実を見たところで蛮族は蛮族なんですが」
「シッ!言うなって。小隊長徹夜で作戦考えてたのに相変わらず相手が蛮族で作戦無駄になったの引きずってるんだよ!」
「はいそこ聞こえてるからな?別に悔しいわけじゃないから。むしろ馬鹿正直に突っ込んでくるだけ有難く思ってるわ!」
「じゃあその手に握りしめた作戦書投げようとするのやめてくださいよ」
「これは……アレだよ。【エクスプロージョン】のスクロールだよ。衝撃受けたら爆発するやつ」
「そんなもん全力で握ってんじゃねぇよ馬鹿が!?」
「ヒェッ!?」
「別にこのくらいじゃ起動せんよ。こういうのはちゃんと基準があってだなぁ」
「基準?」
「そうだよ。例えば、思いっきり上空から放り投げるとか、地面に叩きつけるとか……後はまあ、敵から攻撃を受けるとかな」
――バシュッ!!
「……へぇ、因みにそれってこういうのですか?」
「そうそう、こういうn」
――次の瞬間、小隊長の半径10m圏内で小規模なキノコ雲が観測された。
なお小隊は全滅。全員揃って24時間のペナルティを食らうこととなった。
「――ヒャッハァァァァァッ!!大爆発だぜ!」
「あのちっせぇ的に当てるなんて、流石は兄貴ィ!」
「奴さんビビッて姿も現さねぇ!」
「……なんなんだろう。この惨状」
全滅なんだから出てこないに決まっているだろうが、それも知らずに大声で煽り続ける世紀末☆ボーイズ。
真面目にサイバーパンクした格好のスナイパーが、心なしかとても可哀そうである。
「よっしゃぁああ!!このまま進軍だ進軍!」
「噂に聞いてた人海戦術も大したことねぇなぁ!」
「全力全開だァ!」
「血を寄越せェ!血しぶきを浴びてえんだよォ!」
「あれ?こんなんだっけイーオンって……」
若干置いてけぼりの1名を除き、勢いづいた世紀末軍団は更に加速する。
気づけば前線も前線。最前線に来てしまった。
「――ちょっ、流石に最前線はやばいって!!」
「ヒャッハァーッッッ!!乗り込めぇ!」
「今日が俺たちの伝説よォ!」
「行くぜお前、ら……」
「おん?どうした手前、ビビッて……」
「……ハァ!?」
愚連隊が最前線に踏み入れたその瞬間。
スナイパーが警告した次の瞬間に前を走る愚連隊の半数。その胴体が――
「――Horizont・Blitz(閃光の地平線)」
――まるで空間を横に断ち切ったかに思わせる、規格外の剣閃に両断された。
「……あーあ、言ったのによぅ」
「――ん?当たったか」
「ハァ!?ハァァアアアアアアア!?」
「なんだあの化け物ォ!」
「副隊長がァ!特攻隊長も全滅だぞ!」
「それどころか半分だぞ!今のだけで!」
「どういう理屈だよ!」
知っていたような顔で後悔するスナイパー。
狂乱の渦に巻き込まれた愚連隊たちを興味なさそうに見る、1人の男。
「……あー、そういうことか。
ま、敵なら別にいいだろ。少なくとも損にはならんだろうし」
「まさかあんたがこんな早くに最前線いるとは誰も思わんよ、大剣騎士団長殿」
近接戦闘ならアエラでも五指に入るとイーオンでも噂されるほど有名な男に、
冷や汗を垂らしながら答えるスナイパー。
最前線の叫喚の中、自宅にいるかのようにリラックスした様子の大剣騎士団長だが、
少しは骨のあるやつがいるとばかりに笑いながら話を続ける。
「別に不思議じゃあないだろ?本陣で指揮だけなんて割に合わんし性にも合わん」
「因みに騎士団の指揮は誰に任せてきた?」
「白銀騎士姫」
「哀れな……」
「まあいいじゃねぇか。どうせここで全員死亡するんだし」
笑顔。それも満面の。
よく「笑顔は威嚇行動の一種だ」などというが、
この男の場合獰猛さが滲み出ているからなおのこと質が悪い。
哀れな子羊……いや犠牲者たちはそれを震えながら見るのみであった……。
「――理不尽だァ!」
「ハイハイほーらサクサク―」
「ギェアァアアアアアアアアアア!!」
「ホゲェェェェエエエエ!」
「イヤァアアア!適当すぎんだろォ!」
――合唱。
「――どこ行ったんですか馬鹿師匠ォォォォォオオオオオオ!!」
◆◇◆◇
一方その頃、緩衝地帯上空。
「何をやっとるんじゃ馬鹿共は……」
「楽しそうだねー!」
最前線の様子を上空から観察していた師弟は下で行われている馬鹿騒ぎを眺めながら各々で行動していた。
教授は艦長と時折会話をしながら作戦の見直しを。
爆弾魔は錬金によりなにやら……限りなく爆発物らしきモノを創作している。
「……教授、少しよろしいですか」
「ん?どうした艦長」
艦長……千年王国内でも古株のプレイヤーでもある男に目を向ける教授。
プレイヤー歴では千年王国でも上から数えた方が早いだろう彼が対応に困っていそうな顔をしていることを、
不思議に感じながら、続きを促す。
「内線が入っております。その……魔女大隊からだと」
「……何じゃと?まあ良い、繋げてくれ」
「了解です」
即座にウインドウを表示し内線を準備する艦長を横目に、教授はしばし思索する。
人形狂の手配した魔女大隊は今回が初の絡みとなる。
当然教授、艦長、あと爆弾魔との接点は無いに等しい。
(まあ、異常が発生したのなら、早めに報告されるに越したことはないのだがな……)
しばしの思案を重ねていると内線の準備が整ったらしく、教授の目の前に仮想スクリーンが現れる。
爆弾魔が興味深そうに後ろから覗き込んでいるが、孫のようなものだと気にしない。
《……ねぇ、これ繋がってるの?》
《は、はい》
スクリーンに現れたのは魔女大隊が駐留しているアークの第二甲板、第四格納庫。
木製の艦の腹の中を思わせる内装の中に、二人の影が見えた。
ど真ん中にいるのは美少女と美女の中間点を示すような容姿をしている、
如何にも魔女らしき帽子とマントを纏った1人の自動人形。
黄金と呼ぶに相応しい輝きを放つ、緩くウェーブがかったブロンドヘアー。
かの吸血姫とは違い、その色は「燃える黄金」のようだ。
黒を基調とした衣装。各所に金の装飾を重ねたそれは伝統と持ち主の気品を表すかのように眩く輝いている。
しかし特徴的なのはその瞳。天然のエメラルドを連想させる深い翠の瞳がスクリーンを見ている。
彼女はゲルヴェイグ。魔女大隊の隊長であり、人形師団の八人しかいない指揮官級自動人形の一人だ。
《そ、ありがとうね。分からないことあったらまた呼んでもいいかしら?》
《ハイ!喜んで!》
妖艶さと純真さの交わる声色で話された整備員は顔を紅潮させながら敬礼した。
完全に魅了されている様子の仲間を見て、教授は思わず息を吐いた。
「……見事に伸びとるのう。鼻が」
「そうですね……羨ましい」
「ん?」
「なんでもないですハイ」
「まあ美人さんだからねー」
《美人とはまあ、お世辞が上手いわね》
「やっほー、ゲルヴェイグちゃん!」
《ええ、こんにちは。爆弾魔さん》
一瞬険悪ムードになった男共と違い、朗らかに挨拶を交わす女性陣。
爆弾魔がハツラツとした性格なのもあるが、
ゲルヴェイグ自身も結構な社交性を持ち合わせているように見える。
これは作成時の性格決めの際、人形狂が――
「まともな性格してるやつが一人はいないと隊長の胃が死ぬ」
――などと考えたからだというが真偽は定かではない。
そのようなことはさておくとして。
ゲルヴェイグが見たところまともそうな性格をしていると感じた教授は、
早速本題を切り出した。
「……で?用事はなんじゃい。ゲルヴェイグ殿」
《ああ、そうでしたそうでした。少しお願いがありまして》
「お願い?」
首を傾げる爆弾魔。
そぶりは見せずとも教授と艦長も心は同じだった。
《今現在、アークは【イエローライン】を抜けて前線へと航行中でしょう?》
「まあそうじゃのう」
「ですね」
《このままだと予定より早めに前線……【レッドライン】に着くはずなのだけど》
「あー、予想以上に早く着くって教授達も話し合ってたね」
【イエローライン】、【レッドライン】はショウタイム時の造語だ。
アエラの飛空艇乗りが使う言葉で、単純に黄色が前線、赤が最前線の意味を成す。
アークは当初地上への砲撃を行いつつ航行する予定だったが、
味方の艦隊のみで十分だという判断の元、最前線へ早々に進むこととしていた。
「で?どうしたいんじゃゲルヴェイグ殿」
《簡潔に言うと――予定を早めてもいいかな、って》
笑顔のままで、しかしどこか強者特有のプレッシャーを放つゲルヴェイグ。
その意味をこの中で一番理解している艦長はため息を吐く。
「はぁ……なるほど。つまり出撃を早めたいと」
「しかし随分急いでおるの」
「温存しなくてもいいの?」
人形狂の虎の子と言われている魔女大隊にしては性急なのではないか。
3人の意見は主にそれだった。
《私も詳しくは知らされていないのだけどね。
本陣の御主人からの要望なのよ。そのせいで妹達もうずうずしてるし》
「人形狂の?」
「それは……分からないですね」
「なにそれー?」
《取り敢えず出撃の許可を貰えないか聞きに、こうして通話しているのだけど》
「……まあいいじゃろう」
「いいんですか!?」
気に入らないヤツの部下のお願いにもかかわらず、
あっさりと許可する教授。
驚く艦長を無視して話を繋げる。
「――千年王国代表権限じゃ。
今現在から人形師団、魔女大隊の出撃を許可する。
ただし、非常時の際には必ず報告されたし。
こちらにも被害を被るかもしれんしな」
《寛大な判断に感謝を。教授殿》
礼を言うと同時に内線がプツンと切れる。
一瞬の静寂の後、艦長が言葉を切り出した。
「……本当にいいのですか。出撃を許して」
「あのバカ引きこもりが言ったのならそれが正しいんじゃろ。
今戦場を一番知っとるのはあのバカ人形狂いだけじゃしのう」
「それ本当?」
「当たり前じゃい。
上手く偽装しとるがあのバカ、緩衝地帯に自分の人形を隈なく配置しとるわ」
「ひええ、いつの間に」
「最初からじゃよ馬鹿弟子。
……その人形馬鹿が言っとるんじゃったらそれが最善なんじゃろ」
教授は思わず下の最前線を睨む。
俯瞰するのは飛空艇を駆る自分達の役割。
それをこうもやすやすとされてはイライラも収まらない。
「――だから気に食わないんじゃ。あの阿呆は」
しかし。
思考を切り替えた教授は再び思索する。
あの魔女大隊が出るということは……。
(少なくとも、イーオンの戦闘機乗り共は気が気じゃなくなるだろうの)
内心ほくそ笑みながら、教授は再び自分の仕事に戻るのだった。
読了ありがとうございました。
ちなみにイーオンのヒャッハー軍団は新人に多い傾向があります。
まあ(序盤の安い銃器とか装備って世紀末っぽいのをイメージするから)しょうがないね(達観)