第二十四話 仮忍者、謎の痛みが襲い、家族を思う
二十四話投稿です。今回はシリアスが入っています。
また、ご指摘があったので十六話のはじめの部分を書き直しました。
ドクンッと強い鼓動が全身に響き、サイは地面に膝をつく。異常な心臓の弾みに呼吸がままならず息苦しくなる。それだけでなく、身体の節々から痛みは生じる。心臓の苦しみと全身の痛みに、身体を仰け反らせ地面に倒れる。
サイは胸を掻き毟るように押さえ、首に手を当てて、息をしようと細かに呼吸する。しかし、ひゅーひゅーとか細い呼吸音が喉元から発し、過呼吸に陥りそうになる。そこに、全身に激痛が迸った。堪え切れずに苦痛を悲鳴の如く口から漏らす。
「うぐぁぁぁっ……ぐう……あぐ、がっ……!」
表面は何事もないのに、身体の痛みは徐々に増していく。内側からねじりばらばらにさせられるような感覚。気をしっかりしないと、本当に破裂しそうな痛みに、サイの目から涙が零れ落ちる。
一体何が起こっているのか。そんな疑問が一瞬頭によぎるが、考えていられなかった。しまいには頭痛まで生じた。
「あぁあああぁあぁぁぁぁぁああぁぁああああああぁぁあああ―――ッ!?」
脳内に直接釘を打ち込まれた痛みが劈き、意識が半ばまで飛びかけ、身体をのたうちながら、サイは悲鳴を上げてしまう。
けれど、ただでさえ呼吸がままならない状態なため、長く続かずに喉を引きつらせて言葉にならなくなる。ただぱくぱくと口を動かし、掠れる苦痛の声が上がるだけ。
ボキバキボキと骨が折れる音が響かんばかりに痛みが走った。身体の中がぐるぐるかき混ぜられ、まるで内から改造されているかのよう苦しみ。反発と暴れていたのに、体力が根こそぎ奪われたみたいで、サイの身体が動かなくなる。引きつく呼吸のまま口から必死に酸素を出し入れするが、力が入らず視界が霞んでいく。おさまることない激痛に苛まれ、耐えきれなくなっていくのか意識が遠のいていく。
ここで……キエルノ…?
無意識に声なき言葉を紡ぐ。訳も分からない痛みで心が挫けかけて、サイの瞳の光が陰ていく。理性が失わせるが、僅かばかりの本能が胸元を握る力を強ませる。途絶えるなと意味もなく引っ張り、襟が広がった。
途端、襟の懐から何かが零れ落ちた。それは地面を弾み、サイの横顔付近まで転がる。弾んだ拍子に半ば開いていたそれから、パッと光が灯った―――と同時に、音が鳴った。
音楽だ―――。
耳に入ってきたポップな音楽に薄れかけた意識が傾く。
痛みをこらえ、サイは首を動かす。音楽を鳴らしていたのは…肌身離さず持っていた携帯電話だった。スマートフォンではないガラケーのタイプ。そこから流れていたのはお気に入りの歌。
『勇気100%』。NHK忍者アニメの主題歌。元気をあふれさせて、明るしてくれる音楽だ。それと音楽だけでなく、陰がさしていて、携帯の画面は見えにくいが、写真の画像が映されている。この音楽は目覚ましのアラーム機能にセットしていたものだ。なので、映し出されている写真がなにか理解する。
サイは胸元を握っていた手で携帯に伸ばす。震えていて一度落ちかけるも、なんとか律して携帯を掴んだ。カチッと見える位置に持って開けば、写真を目にした時、痛みによるものではない涙が目元に浮かんだ。
それは、サイ―――彩と両親と剛三郎の写真だった。
初めて携帯をもらった記念に撮った、剛三郎を入れての家族写真。
修行を始めたばかりは時計なしで時間把握なんて出来るはずがなく、そんな時計代わりにと携帯をよく頼りにしていた。日の出と共に起きれるように、また寂しさを紛らわせるために、アラームに元気になる好きな音楽と安堵させるためにと家族写真を設定したのだ。これで、起きる度に今日も頑張るぞと気持ちが出せた。
それ以降、アラームの設定は変えていない。今は起床に必要じゃなくなったが、学校の登校時間を知らせるようにとしてだが、継続したりしていた。
何故アラームが作動したのか分からない。設定した覚えはないどころか、携帯の電源はOFFのままにしてあった。
しかし、サイはそんな疑問なんて気にならなかった。疑問以上の感覚が胸の内に締められる。音楽を鳴らし、家族写真を照らす携帯を見続け、サイの口が動く。
「お…かぁ…さん……お、と…うさん……ししょ…う……」
サイは家族を呼んで、ずっと内にしまいこんでいた感情があふれ、目元に溜めていた涙がぽろぽろと流れ出る。その感情は寂しさと悲しみだった。
つらいのがないなんてない。この世界に落ちて、いろいろな人にお世話になったり助けられたり、仕事で忙しく駆けずりまわったりしたが、家族のことを思わないことはなかった。声も聞けず、温もりに触れられず、親子を見かける度に家族の顔を頭を過らせていた。ルーズベルトの町に着いて、ここが異世界なのだと知って、帰る方法を必ず見つけると決意しても、不安が消えるなんてなかった。家族を思うと胸が小さく痛んだ。
家族への寂しさと悲しみに心が堪え切れないのではないか。そんな恐れを抱いて、携帯電話のデータフォルダにある家族の写真を出さず、携帯も閉じたまま、お守り代わりと懐に仕舞っていた。
それが、なんの皮肉か。突然と襲った訳も分からな苦痛に絶え絶えとしていたところに、好きな音楽を鳴らして、封印していた家族写真を出すとは……。
今でも痛みはある。唐突な出来事に、サイの内側はごちゃごちゃとなっている。しかし、サイは自然と口元をゆるませ―――笑みを浮かばせた。
寂しさはあった。悲しみもあった。痛みと苦しみで意識が何度も飛びかけ、心が諦めかけていた。
けど、この歌と写真で、そんな負を押しのけて溢れたのは……喜びだった。
写真でも家族の元気な姿を目にして嬉しかった。真としてではないが、それでもサイの中で会えた気持ちにさせられた。顔を見るだけで元気が湧いてくる。そして、歌の名にある通り勇気も湧いてきた。
負けない心を灯し、瞳に光が戻る。
そうだ。ここで終わるわけにはいかない。家族のもとへ帰ると決めたではないか。何があっても、どんなに辛くても、必ず成し遂げてやると。
サイはぐっと歯を食いしばって、重い体を仰向きに動かせる。
痛みに負けるものか。不安でも押しつぶされてたまるものか。己は仮と言えど忍者だ。忍者はどんな苦難でもどんな状況でも忍び耐え、乗り越えて、課せられた任務を果たす。
そんな忍者の心根を借りて、胸に携帯を手に持ったまま、震える両手を胸の前で印を組む。そして、引きつらせる喉に喝を入れ、腹の底から力を込めて吐き出す。
「臨!兵!闘!者!」
両手の結印を組み合わせ、護身法の呪文を大声で上げる。動かす度に、声を出す度に、頭にまで痛みが貫く。失神しそうになるが、耐え抜いて印を続ける。
「皆!陣!烈!在!前!」
サイはもう一度、呪文と結印を行う。何度も何度も。痛みと苦しさに堪えて繰り返す。
「臨ッ!兵ッ!闘ッ!者ッ!」
負けない―――苛む痛みに戦う。
「皆ッ!陣ッ!烈ッ!在ッ!」
耐えきる―――自分を、彩を消させないために。
「前ッ!」
諦めない―――必ず、みんなの元へ帰るために。
ドックン―――――――――……。
静かながら大きく鼓動が一つ、内側から全体に響かせた。
 




