第十九話 仮忍者、ブック・シーを聞かれる
二か月以上たっての投稿です。続きが遅くなり申し訳ありません。
皆が食べ終えた時には満員行列が収まり、少々緩やかな空間となっていた。
食器を厨房に片付けた後、各々飲み物を持って一息つく。
「さて…ほんじゃ、用件といくか」
「用件?サイと待ち合わせとしてたからサイにだよね。なにかやったの?」
「なにかとは?」
サイは首をかしげると、ネニュートが悪事関係と悪びれもなく告げる。
サイはぎょっと目を丸くして、首を勢いよく横に振る。
「悪いことなどしていませぬ!レハン殿の仕事に四苦八苦で、そんな暇も考えもないでござります!」
仕事を終わらせることに集中しているし、悪いことを行う時はそうせざる終えない時だと師匠の剛三郎から聞かされていたので、また先生や親からも悪いことは良くないと教えられたことからも、サイは律義に悪事に思考を傾けていない。ちなみに、サイの中の悪いことは盗みや暴力といったものである。
サイは真剣と否定したら、マッドはそうじゃないと手を振る。
「ただ単に聞きたいことがあるだけだ」
「聞きたいことでござりますか?」
「あぁ、ブック・シーのことだ」
その名に、サイは初めてルーベルンストの町に訪れた時を思い起こす。『ジヴォートノエ』について簡単な知識を植えつけられ、危うく死にかけそうになった、あの時。
災い転じて福となす的な感じに、意外な方法で望んでいた情報を得れたのだ。サイは恐々ながらラッキーだったと思っていると、向かい側に座っていたストゥーバがカップを置いて口を開く。
「君はブック・シー自分で起動したらしいが、開け方を知っていたのか?」
「いいえ、知りませぬ」
「では、どうやって開けたんだ?」
なんだって、そんな質問するのだろう。けれど、ストゥーバの真剣な双眸が射抜くように合わせられ、疑問を頭の隅に置いておき、答えなくてはとブック・シーを手にした時どうしたのか思い出そうとする。
「え、えっと…あれで聞いたのかは知りませぬが、何気なく文字ないしは文様をなぞったら、いきなり目が現れまして…」
それから、光るコードが伸びて、頭に吸着して知識情報を眼から送られた。
そう簡潔に説明すれば、ストゥーバは腕を組む。
「なぞるとなると、第二型の筆写始動式魔具か。それなら誰でも開けるな。色や表紙の柄はどういったものか覚えているか?」
「い、色と柄でござりますか?」
「覚えているかぎりでいい。教えてほしい」
その前にどうしてブック・シーのことを訊くのかを知りたいのだが、またも真剣な眼差しにサイは質問を返さずに、言われたとおりに覚えていることを口にする。
「あー…色は多分革茶色?だったと思いまする。柄は…すみませぬ。全体は見ていなく、変な文様と四角と台形が合わさった紋様がありましたでござります」
こんな形だと失礼ながら自分の水が入ったコップに指をつけて机に描く。一応、サイが目にしたブック・シーの形も入れて大雑把になぞる。
ストゥーバは顎を擦るように手をあてて、ぼそりと口を動かす。声は発していなく聞き取れなかったが、読唇術で読み取れたのは『ハチボウセイ…フィグナンスノカ』――“八芒星。フィグナンスのか”だろうか。
おそらくだが、あのブック・シーの持ち主もしくは製作者の名前か。八芒星は『フィグナンス』の照明みたいなものだと推測する。
黙しているところを機に、サイは後回しにしていたことを質問する。
「あの何故ブック・シーのことを尋ねるのでござりますか?それと、ブック・シーならば管理者であるヌメルヤ殿にお聞きした方が良いと思われますが…」
「そのとおりなんだが…聞こうにも聞けねぇんだよ。あいつ、今外に行商していていねぇんだ」
ストゥーバに代わって、マッドが答える。
いないとサイはマッドに顔を向ければ、頭をがしがしとかいて苦々しい顔でため息をつく。
「あいつ今日突然に行商だと町を出たんだそうだ。それも朝早くにな。少し出るって本日の当番に言伝があったから、次に移ったわけではなく遠出もしてねぇだろうが、しばらくは戻って来ねぇ。ブック・シーもあいつが持って行っちまったからなぁ…まあ、その現物は見れねぇもんだけどな」
「見れない?」
「おう。ブック・シーが大破したんだ」
「たッ!?」
「大破ぁ!?」
サイとネニュートは驚愕と叫んでしまう。それに周囲の視線がサイ達に集まる。訝しげに睨まれるが、マッドはなんでもないと手を振れば、視線が離れた。
いつもの雰囲気に戻ると、マッドが小声で馬鹿かと二人を叱咤する。
サイとネニュートは縮こまり申し訳ないと謝る。
「そ、それで、大破とは…?」
「お前がブック・シーを開けただろ。その後、メイベッサに助けられたんだってな」
メイベッサから話は聞いた、とマッドは話を続ける。
「その助けた時によ。メイベッサの奴、ブック・シーを叩き落したんだよ。あいつ、気術を使って核となるところを狙い違わずに打ちやがったんだ。気術の力も相まって、術式を構築していた魔力が破裂してな。ボンっと爆発しちまったんだと」
それはもう原形の把握も出来ないばかりにだと、ため息をこぼしたマッドの話にサイは固まる。
ネニュートも魔具をぶっ壊した、と青ざめる。ストゥーバはすでに知っていたのか、驚きはないが困ったものだと眉間にしわを寄せる。
「少しブック・シーのことについて、実物も拝見して聞きたかったのだが…元冒険者でも、さすがメイベッサさんだ。君を迅速に救出して対処した。しかし、破壊するとは……」
「あのブック・シーは壊れていたのでござりますか…」
「何だ?知らなかったのか?」
知らなかった、とサイは肯く。何が起こって危険だったかで、その後は自分の状況に混乱して、次の行動決意に短期でも可の仕事と続いたので、ブック・シーのことは今この時まで頭から忘れていた。
メイベッサとヌメルヤがブック・シーのことを言わなかったので、現在の状態は気にしていなかった。どこかでヌメルヤが保管しているのだと思い込んでいた。
そのブック・シーがまさか破壊されているとは…魔具は軽々と壊れてしまうものなのか。それも気術を伴って物理攻撃によって。
密かに三人の顔色を窺ったが、その様子からどうにも普通にないようだ。だが、ありえなくもないと遠目になったりもしている。あのメイベッサなら壊すのは可能だということはさしているということか。
現冒険者も恐れられる元冒険者で、姐御と慕われていて、引退してもあおの力量は衰えていなく、まだまだ現役出来るだろうと惜しまれていたりとか聞いた。
どれほどの力なのか知らないサイは三人の気持ちに同意できなかったが、やはりすごい人なのだと理解した。
「え~…そ、それで、拙者に用があったのでござりますか」
「そうだ。メイベッサさんにも話を伺うが、まず先に君から話を聞こうとな。マッドからだけでは正直心もとないのでな」
「そうでありまするか。あの、何故ブック・シーのことを聞くのか、お尋ねしてもよろしいでござりますか?」
サイは恐る恐るとストゥーバに訊く。
ブック・シーは危険な魔具であり、人体に異常をきたし死者を多く出した。最悪な欠点さえなければ最高ランクに入ったであろう魔具。
死者が出たということは、ブック・シーは販売してはいけない魔具ではないだろうか。サイの世界にあった夏の花火事件。死者は出なかったが重傷者が出てしまう、全国の花火の販売中止となった。あちらで最後に目にしたニュースはそんな内容だった。忍者試験のサバイバルに入ってしまって、世間の情報ニュースは触れることはなかったが、まだ被害が続出したら製造も中止になっているかもしれない。
地球での花火事件以上の被害者数と内容だから、販売・製造はとっくの昔に中止どころか廃止されているのではないか。けれど、ヌメルヤに商品ではないにしろ置いてあったから、処分扱いにはなっていないことになるのか。いや、それはないだろうから、たまたま撤去されていなかったものを預かったぐらいかもしれない。
ブック・シーについての憶測はさて置き、そんな問題物である物を何故ストゥーバが話を聞くのか、サイは気になった。ネニュートも同じ思いだったのか興味津々と顔を突き出している。
「それは―――」
「ストゥーバ!」
言おうとしたところ、突如ストゥーバを呼び掛ける声に遮られる。
誰なのかと見る前に声をかけた人物はストゥーバに近づき背を叩いていた。
「ストゥーバじゃないか!帰って来たんだって」
「メイベッサさん。お久しぶり」
ストゥーバが立ち上がって頭を下げれば、メイベッサが相変わらずに笑う。
「6年ぶりだね。3年に一回ぐらいは帰って来たってのに、長くいたもんだね。アイネが心配してたよ」
「昨夜、帰った途端に説教された。父さんからは手紙もよこさずに心配かけた罰だと一発ぶん殴られたよ」
「ははは!リュースから一発かい。まぁ、これからは手紙を一ヶ月に一回くらい出しとくことだね。お、マッドもいたのかい。それとサイとネニュートも」
今頃サイ達三人の存在に気付いたらしい。ストゥーバの再会に喜んで周りが見えていなかったようだ。親しい仲以上みたいだ。ご近所というより仲間的な親しさ。マッドとストゥーバに似た感じだ。
「マッドとネニュートはともかく、サイも一緒とはいつ知り合ったんだい?」
「つい先程でござりますよ。ブック・シーのことで話を聞きたいとのことで、食事がてら一緒にでござります」
「ブック・シー?」
メイベッサは眉間にしわを寄せて、ストゥーバとマッドの方へ目を移す。それから、なにか納得したようにあぁとした顔になる。
「マッドの話だけじゃ確証性は薄いから当人に接触したわけかい。たしか、ヌメルヤは行商で町にいなかったと聞いたね。それでサイとあたしのとこか。仕事上かい?」
「そんなところだ」
仕事上と耳にし、サイは二人の会話からさらに疑問を抱く。興味と言ったところかと考えていたが、仕事の関係で尋ねなければいけないということだろうか。
「ストゥーバ殿の仕事は何でござりましょう?」
「あ、そっか。サイはこの町の人間じゃないから知らないか。あのね、すごいんだよ。ストゥーバさんはね――」
「マッドの仕事と似たようなものだ。怪しいものを取り締まることをしたりする」
サイの疑問にネニュートが興奮した様子で教えようとした。しかし、それをストゥーバに被せられる。
職業ではなく、業務としていることだけで、サイは見えない片眉が上がる。なにかわざとらしく被せてきた。マッドに視線を向ければ、そんなところだと苦笑しながら肯いたので、おかしいと思いが強くなる。
ネニュートに視線を戻せば、何故かうろたえながらコクコクと首肯している。
ますます怪しいと悶々とするが、どこかで追及してはいけないと勘が発して、サイはその疑問を制止して、何も言わずにストゥーバに向き直る。
他に覚えていることはないかと問いかけられ、サイはこめかみに指をあてて記憶を振り絞る。けれど、はっきりと覚えていることはすでに言ったことだけで、他に何もないと首を振る。
「そうか…ブック・シーに植め込まれたのは一般教養と歴史だとあったが確かか?」
「はい。創世神話から始まり、マナのことや種族とこの国の特徴、魔法と気術、魔物、ちょっとした歴史と文明発達のことだったでござります。どれも途中途中途切れがちであり、メイベッサ殿に助けられたので、全部は入っておりませぬ。なので、植えつけられたのは挙げたものだけでござります」
「後のことはあたしが話すさ。一応、あいつから知っていることは全部聞いたからね」
メイベッサはストゥーバの隣に座り、厨房に飲み物を一つと声を上げる。
「ぶっ壊して悪かったね。まさかのことに焦って気の力の加減が調整出来なかった」
「いや、ブック・シーの危険性を考えると、メイベッサさんの対処は間違っていない」
「そうだぜ。まぁ、武器じゃなくデッキブラシで壊すなんて、尋常じゃない力に戦慄したがな…実は蜥蜴人の皮を被ったバッフォルンかと――」
「マッド。久々に炎牙斧槍を振るわせてくれるようだねぇ…」
「すみませんでしたぁー!!」
ぎろりと殺る気がこもった眼力でメイベッサが低い声を零せば、マッドが器用に椅子の上で土下座をした。
サイとネニュートは呆然としつつ、ありえない単語を耳にして目を合わせる。ブック・シーを壊したのは武器ではなく、デッキブラシだと言っていなかったか。
気術は知識から鎧の如く身体に纏わせるとあった。身体能力の強化と硬化といった気功に近いものだろう。体術や接近戦に特化していると思われるが、実際に目にしたわけではないので詳しいことはまだ把握していない。
今までの話から、メイベッサは気術を用いる人のようだ。しかし――。
「………魔具は気術を使ってデッキブラシで壊せるものでござりますか?」
「………一般上、まずありえないよ」
つまり、常識外れの理論ぶち壊しの行為だったらしい。これはどれかすごいのだろうか。気術の扱いか。デッキブラシの頑丈さか。いや、その二つを取り扱ったメイベッサ自身を指すべきだろうか。
メイベッサが冒険者だったとはいえど、通常の蜥蜴人に当てはまらないと言うことか、と考えていたら――。
「たんこぶを作りたくなかったら、余計なことを考える頭を止めな」
ゴキリと握り拳を作る様を見せつける忠告にサイとネニュートはコンマ1秒で素直に消去した。
凄腕の女性だけで留まろう。それが我が身の為だ。
「さて、ここからは大人の話だ。子供二人は外れてもらうよ」
「えー!なんでさ!聞かせてくれてもいいじゃん!」
突然、席から立ち去るように言われ、ネニュートは文句を口にする。
「給金減らすよ」
「イエッサー!外れさせていただきます!」
主人の脅しに、一瞬で従順に変わったが。
「サイも悪いけどね」
「承知でござります」
本当はネニュート同じ気持ちだった。当事者で被害者なのだから関係なくはない立場ではある。しかし、サイはブック・シーの事情をまったくと知らないので半分無関係者に変わりない。
どうも有無を言わせない感じに、仕方ないかとサイは渋々と引く。
胸の内に晴れない疑問を抱き、ネニュートと食堂を出ようとしたところ、大事なことを思い出す。
「す、すみませぬ!話されるのを少し待ってもらいませぬか!渡したい物があるのでござります!」
サイは相手の返事を待たずに駆け足で寝泊まりしている部屋に行き、目的の物である今日購入した品物を大事に抱えて食堂に戻る。
「こ、これでござります」
「…あたしにかい?」
はい、と上ずった声で首肯して、サイはメイベッサに渡す。
メイベッサは紙袋を開き、衝撃吸収の緩和材として包まれていた紙を破り取って中身を露わにする。その中身の品物に目を見開いてしまう。
それは細長い長方形の白磁とした陶器。装飾は一つもなくシンプルとした形状で、上に口があり、そこから花といった物をさせようになっている。
「これは…花瓶かい?」
「はい。以前に部屋にあった花瓶を落として割ってしまったので、そのお詫びと言いまするか…受け取ってほしいのでござります」
給料をもらってから、真っ先に決めたのは花瓶を買うことだった。前に故意ではなくとも、店の物を割ってしまったため、弁償覚悟で謝ったのだが、メイベッサが気にすることないと責めなかった。請求もなく許された。
しかし、サイは申し訳ない気持ちが拭えず、迷惑をいろいろとかけてしまっていることもあり、些細ながらプレゼントしようと考えていたのだ。
「その…お世話になっている身なゆえ、恩人でもあるメイベッサ殿に礼として、とても足りませぬが、少しでも返そうと思いまして…」
緊張感を漂わせ、目が忙しなくうろうろとしてしまうサイ。言い終えれば、少々不安が生まれてしまう。
家族だと突然のプレゼントでも喜んでくれたので、ついサプライズ的なことをしてしまったが、後から全員がそうではないと悲観な思考が過った。勝手ながらで、ぜひとも宿に使ってほしいと買った。だが、相手にとっては余計なことだったのでないのか。
要らぬものを上げてしまったのでと恐縮と顔を俯かせる。
「……たく、気にするなと言っただろ。子供なのに気づかいするんじゃないよ」
「そ、それでも渡したかったのでござります!」
「せっかく働いて得た金を使っちまうなんてね…けど、受け取っとくよ。ありがとう」
ため息をこぼすメイベッサだったが、朗らかな笑顔を浮かべ、サイの頭を撫でた。
頭巾がずり落ちないぐらいに優しく触れられ、サイは胸の内が暖かくなる。肉感は全く違うが、その動作や撫で方が母親と重なる。離れてしまった暖かさに、ついとメイベッサを見上げ、無意識に撫でられた頭に手を伸ばそうとし、あっと気づいた寸でで手を下ろして、にぱっと笑う。
「こちらこそ、ありがとうござりまする!」
それでは失礼、と深く頭を下げて、待っていてくれたネニュート共に食堂を出る。
サイは嬉しさのあまりスキップしたい気分だった。花瓶を受け取ってくれたのも嬉しい。けれど、それに加えて頭を撫でてくれたことに、自然と安心と喜びを感じてしまう。
一瞬と重なった母親の温もりを思い出し、寂寥もあっらりしたが、ゆるゆると口元が上がってしまう。
ふと、隣から視線を感じ、振り向けばニヤニヤとしたネニュートがサイを見ていた。
「ふ~ん?撫でられて嬉しかったんだね」
「そ、その!嬉しくないわけありませぬゆえで…」
ネニュートのからかう言葉に、サイはしどろもどろながら正直と答える。最後あたりはぼそぼそと小声となるが。
その反応にネニュートは愉快だと目を細めて、ますます口元を上げる。
「こっどもだねぇ~。もう幸せオーラ?みたいなの出してるし~。それも、あのメイベッサさんにプレゼントかぁ~。もしかして、ひ・と・め・ぼ・れ?」
「ひ、一目ぼれ!?な、なななんだってそのようなこと申すのでござりますか!お礼だと言って…」
「それで、そのブック・シーでメイベッサさんと会ったんでしょ?なにがあって、どこに惚れたのかなぁ?」
「ネニュート殿!!」
サイはネニュートにからかわれながら、初めてルーベルンストの町に訪れてからのことを根掘り葉掘り言うことになってしまった。
これにより、先程の抱いていた様々な疑問が忘却となってしまう。また、サイはこの時はさほど重大だと考えていなかった。
後に、サイが最も欲しいものと関係はあるのだと知ることになる。