第十八話 仮忍者、特別メニューを食べる
続いて第十八話を投稿します。
無事に『赤鱗の尻尾』に辿り着いたサイは肺に溜まっていた息を吐き出して中に入る。昼食をとる時刻だからか、少し騒がしさを感じられる。
食堂へと行く前に用を済ませようとメイベッサに会いに行くが、いつも宿泊受付場にいるはずの姿がなかった。サイは周囲を探るが、どこにもいない。風呂場方面かと顔を覗かせるが、清掃中の立て札はなく、人の気配もないことから違うと判明。
どこにいるのかと、サイはちょうど近くを通りかかった従業員の蜥蜴人に尋ねる。
「メイベッサさんなら外に出てるよ。注文していた品が届いたから、取りに行っている」
「そうでござりますか。ありがとうございまする」
サイは蜥蜴人に礼を言って、メイベッサが帰ってくるまで置いておくかと一回部屋に戻って、食堂で待っている二人の元へ向かう。
『赤鱗の尻尾』の食堂は大混雑としていた。全席が埋まるほどにカウンターまで渋滞の列が並んでいた。こんな満席状態にサイは唖然としていると、自分の名が大声で呼ばれた。
「おーいサイ!こっちだ!」
手を上げて呼ぶマッドの姿を見つけ、サイは彼らが座っているところへ足を動かす。すみません、すみませんと口にしながら人混みの中をかき進み、なんとか二人のところへ着く。
「ぷは~…す、すみませぬ。お待たせしたでござります――て、あれ?」
マッドとストゥーバと、向かい側の席に白鼠人のネニュートがいた。いつもの厨房制服ではない服装で、サイにこっちと隣の席を指し示す。
サイは目を丸くしつつ、言われたとおりにネニュートの隣に座る。
「えっと…席を取って頂きありがとうございまする。それで、どうしてネニュート殿がここに?お仕事は良いのでござりますか?」
「今日は僕も休日だよ。ボスのおすすめ料理を食べようって来たら、マッドさんとストゥーバさんを見つけてさ。サイを待ってるって聞いたから、一緒にしてもらったんだ」
なんと、ネニュートも仕事が休みだった。どうも、偶然にも同じ休日の知り合いが集まったようだ。
ネニュートは同じ町に住んでいるマッドとストゥーバのことを知っているようだ。それに、二人もネニュートと親しい感じがある。
「ネニュートと知り合いだとはな。仲良いんだな」
「そりゃあ、当たり前だよ。世話してるんだからね!」
「お世話になっているでござります」
メニュー選びと食材の知識の教えに手助けしてもらっている内心零す。彼が親切に教えてくれたことで気軽に食事が出来ている。
ネニュートにも世話になっているサイはのって答える。どうお世話になっているか、恥ずかしくて言わずに苦笑を漏らす。
「お世話?」
「それがさぁ。サイってどうしてかたべものに、もが」
「わぁ――――ッ!言わないで下され!」
あっさりカミングアウトしようとしたネニュートにサイは慌てて口を押さえる。今、初めの訪問挨拶失敗は薄れているのに、新たな恥ずかしい話を広めないでほしい。ストゥーバはともかく、マッドに聞かれたら、またネタとして使われてしまう。
ネニュートはごめんごめんと悪戯気に笑う。まったく悪びれた様子がないことから、からかわれたのだとサイはため息をこぼす。
そこで大事なことを思い出す。
「そういえば、拙者注文しておりませぬ。急ぎ並ばなければ…」
「そいつは大丈夫だ。ちゃんとお前の分も頼んどいた。メシは勝手に決めたが、ここでのオススメしといたぜ」
マッドは得意げに切れはしみたいな紙をぴらぴらと見せる。その紙には番号が記されていた。
それは何かとサイは疑問を持ち、多分そろそろだとマッドが告げた時、カウンターから38番と番号が上がる。
すると、食堂出入り口に付近に座っていた蟻人が立ち上がり、カウンターへ行った。カウンターに行った蟻人はマッドが手にしている似た紙を厨房の人間に渡し、注文したであろう料理を受け取っていた。
ここに訪れた際は目にしていなかったが、見た流れから混雑時だと番号順に呼んで料理を渡すようになっているようだ。あの蟻人やマッドが持っているのは番号札の役割をしているらしく、順番が来たら交換する流れになっているようだ。
地球のフードコートと同じシステムなのだと感心していると、39番・40番・41番と連続の呼びだしが来る。
これだとマッドとストゥーバが立ち上げる。それに、サイも立とうとしたがストゥーバに待つようにと止められる。二人だけで十分だということで、サイは申し訳ないながら、よろしくと頭を下げて、上げていた腰を椅子に戻す。
「ネニュート殿は何番でござりますか?」
二人を見送ってから、サイは順番を尋ねれば、折りたたまれていた紙を広げて見せてくれる。44番と書かれていた。
「あと三つでござりますね」
「でも、ほとんどがボスのオススメメニューの注文が殺到だから、すぐに回ってくるはずだよ」
すると、宣言通りに42~45番の番号が連続と上がった。
ほらね、とネニュートはウィンクしてカウンターへと向かう。入れ替わりにマッドとストゥーバがトレーを持って戻って来た。
持って来てくれた二人に礼を言って、トレーを受け取って机に置けば、サイは思わず口から涎がこぼれ落ちそうになった。
緑の葉を絨毯とし、その上にかりかりに焼いたベーコンと外が黄身で内が白身の輪切りされた卵が飾られ、粉チーズがまかれたサラダ。彩りある細かく刻まれた野菜が入った、コーンスープの匂いと酷似するスープ。メインであろう大皿には焼き上がったばかりでジュージューと鳴り、肉汁と共にトマトのような赤みあるソースがかかった肉料理。さらには茶碗蒸しみたいな小さな器に収まるピンク色のデザート。
どれもこれもがとても美味しそうで、より空腹感をわかせる昼食。これが料理長のオススメメニューなのだろう。
子供ながら料理はそれほどではないサイでも、口の中に溜まる唾を止められないほど、目の前にある料理は格別だと感性的に分かる。
サイが目を輝かせていると、ネニュートが料理を持って戻って来た。
「サラダはオコオコ卵をトッピングした、いつもあるものだけど、それ以外は全部ボスが作った限定料理だよ。スープはモッフギを粉状にしたものをメケケの乳と当厨房オリジナルブイヤベースを混ぜて、七色キョッキを入れたもの。肉はたしかボスが昨日スンホースの肉質を確認してたから、それかな。アカマソースがけにしてあるね。デザートは分からないなぁ…。まあ、食べてからのお楽しみってことで」
ネニュートも料理長のオススメメニューを頼んでいたので、一品一品に指をさしながら簡単に説明してくれた。毎度のようにサイに教えてくれたのだろう。サイ自信はふんふんと力強く肯きながら、食べたい気持ちを全面に出していた。
顔は包帯で隠されているが、目と気配で丸分かりとしており、大人は苦笑気味に、ネニュートは肩を震わせて笑いをこらえている。
「お子様が待ちきれなさそうだから食べるとするか。では、精霊神の御加護と大いなる自然の恵みに感謝して、いただきます」
「「いただきます」」
「い、いただきまする」
マッドの食事を召し上がる祈りの言葉を口にし、ストゥーバとネニュートも倣い、サイは一歩遅れて手を合わせる。
『ジヴォートノエ』でも日本と同様、食事前にお祈りした後合掌する。『ジヴォートノエ』はブック・シーから得た情報と仕事中と仕事明けの合間で耳に入れた情報から一神教的な宗教感がある。朝のおはようから夜のおやすみのように、様々なことに精霊神の言葉を口にしている。日本では天照大神やお稲荷様、猿田彦といった神様の名を唱えるが、精霊神はない。ただ精霊神だけで、一柱神か総称としてなのか把握していない。創世神話では創造神として拝められているとブック・シーの知識から推測で一柱神だと考えられる。
また創世神話から、創造された三柱と彼らの子らの六柱にて月日が定められている。この世界も季節はある。しかし、日本と違い、春夏秋冬の四季ではなく、三つの季節の三季となっている。創世神話の誕生順に、大空を始めとし、大海、大地とあり、これらが三季を示している。そこから、一つ4区分と分割して、計12区分は月を表わす。月日の呼びかたは、三季を表わす名称を頭に『○○の目覚め・○○の語り・○○の祈り・○○の眠り』と区別される。日にちは光・闇・火・風・木・雷の順と並び、六日で一週間となっている。これ一月に五週間とあり、日じつの流れは一週目を光の1~雷の1となり、二週目を光の2~雷の2と、1~5の順番通りに繰り返して示されている。一月に30日。12ヶ月分が一年。日数にして1年が360日となり、地球とほぼ近い。
そして、それにならうと、今日は『大空の目覚め、雷の2』の日となる。ほのかに暖かく、花や緑が芽吹く季節で、地球での春にあたる季節で、始まりの月なのだ。
ブック・シーの知識から、精霊神は創世神話だけでなく、冠婚葬祭の儀式や生活の文化の根本となっており、『ジヴォートノエ』の人々は生まれながら精霊神の信者という風になっているとか。とは言っても、宗教に入信している感じでもないらしい。それ以上の詳しいことはまだ分からないが…。
そんな雑学はさて置き、サイはフォークを持って食事にかかる。オコオコ卵と緑の野菜サラダから手につけ、全体にドレッシングがかかるように軽く混ぜてから、ぱくりと口に入れる。酸味のあるドレッシングに濃厚なオコオコ卵が上手く合わさって、かきこんで食べそうになるほどフォークが止まらない。
サラダをあっという間に食べ終えて、次にスプーン取り替えてスープを飲む。コーンスープよりクリーミーで、ほの甘くとろみがあり、七色キョッキが柔らかく煮込まれていてホッとする味だ。
スープも綺麗に飲み終え、次にメインとなる肉料理へ手をかける。ナイフとフォークを持って一口サイズに切り分け、アカマソースをたっぷり絡ませて食べれば、口元がゆるゆるとなってしまう。甘辛いソースが肉を刺激して、肉汁が口の中いっぱいに広がり、ガツンとくる美味しさだった。
ほくほくと平らげて、最後にデザートを持つ。掬い上げればぷるんと弾力さを見せる。落とさないように食べると、苺みたいな甘みがあった。プリンとムースの間みたいな食感を味と共に楽しみ、一口一口惜しみながら器を空にする。
サイはごちそうさまと手を合わせて食事を終わらせる。もうどれもが美味で心も満足とするほど、素晴らしい料理だった。いつもの料理ももちろん美味しい。けれど、このオススメメニューは格別だ。さすが、宿泊客以外も食べに来るだけの人気ぶり。もう食べれて幸せな気分だ。
ふう~と一息ついて、そこで三人の視線がこちらに集まっていることに気づく。なにやら、生暖かいというか微笑ましいというか、そんな顔をしていた。
「……な、なにか?」
「いや~なんかね」
「おう。そこらのチビガキみたいに嬉しそうに食べる姿にな」
「こちらまで伝わるほどに、美味しい気持ちを全面に出していたのでな。つい、見てしまった」
かわいいものだな、とストゥーバの言葉に、サイは固まる。理解して後、ボンッとしそうなほどに、頬に熱が高まって手を当ててしまう。
「そ、その…分かりやすかったで、ござりますか?」
「「「とても」」」
サイは見られたくないと両手で顔を覆う。包帯が巻かれて、表情は目と口だけ表わすしかいのだが、そんなの関係ないほどに雰囲気がもろに出ていたようだ。それも、周りに花が咲かんばかりに美味しそうに食べていたそうだ。
仮忍者だから、感情を抑制する術はまだ早いと教えられていなかった。まだ11歳の子供で一流の忍者になるまで身につけることは禁じられた。
実際は素を出して自分を成長させていくのが子供の役割なのだから、必要なくて良いのだと、それを忍者風に師匠はおちゃらけて言ったのである。しかし、サイはわりかし本気でそのまま受け取っていた。一流にならなくては無理なのかと、ため息をついてがっくりと肩を落としていたとなんとか。
「そ、それは!料理長殿の料理はいつも美味しいのでござりますが、今日のはさらに美味しかったので、顔も気も弛んでしまって…ほ、本当に美味しかったのでござります!」
サイはしどろもどろながら言い訳を口にするも、結果として正直に言い返してしまう。それ以外に言葉が出なかったらしいが、本日の料理は絶品だったと力説する。
これに、三人はそのとおりだと同意する。
「たしかになぁ。オヤジの飯はうめぇもんな。毎日食っても飽きねぇしよ」
「あぁ。故郷に帰ったら、母の味の次にここが恋しくなる」
「ルーベルンストの町じゃ、ボスの料理は名物だもんね!噂では、とある白の料理長だったんじゃないかってあるけど、それがなくても最高の料理人だからね!」
ふふん、とネニュートは自慢げに胸を張る。なるほど、名物料理とうたわれるほどに、人気を博しているのか。それで、毎日(昼間だけだが)人が多く来店しているのか。
サイは改めてすごいと感嘆を漏らした。




