第十七話 仮忍者、押し売りに会う
大変申し訳ございません。投稿したつもりで、出していないことに気づきませんでした。本当に申し訳ございません。
ルーベルンストの町に約8日。サイにとって初めての受取日だった。
「これがあなたの給料です。銀貨14枚と銅貨17枚分です」
どんっと置かれた袋と中身にサイは唖然と見下ろす。レハンの店で働いて6日目の今日は給料日。また休日も兼ねてサイは呼び出されたが、あまりの金額分に目を疑う。
銀貨14枚と銅貨17枚=14S17Cだと、日本円にして14万1700円。月のお小遣いを1年で合計しても、まったくと届かないほどのお金。お手伝い金で最高でも5千円だったのに、それが覆された。
あの薬草3束分以上の大金にサイは恐れおののいていると、レハンがその様子に訝しげに目を細める。
「なにかご不満でもありますか?」
「ふ、不満なんてありませぬ!ただ、多すぎるのではと思いまして…」
「仕事量と日数からして妥当な金額ですよ」
これで妥当なのかサイはぎょっとする。週払いだというのに、いきなりの大金。ただ雑用しただけにすぎないのに、店の維持費や売上金や貯金といったものは大丈夫なのだろうか。
貰っても問題はないのかおどおどとしていたら、焦れたのかレハンが給料袋をサイに押しつけるように持たせた。
「あなたが躊躇うことなどありません。これは仕事の契約上で当然の支払いです。そして、対応の対価です。あなたはお金が欲しいために働いてきたのですから、悩む必要性は皆無です」
だから、何も考えずに受け取るようにとレハンは給料袋から手を離す。
つい持ってしまったサイはでも…と口つぐもうとしたが、雇い主が話は終わりだと、作業着用のエプロンを身につけて作業用部屋へ行こうとする。
それを目にして、貰うしかないかと半分諦めた気持ちで給料袋を懐に仕舞う。もともとの所持金をプラスとなったことで重くなった。財布はなく、硬貨の穴を利用して紐を繋げてそのままにしてあり、固定していないから忍者装束がずれかかっている。このままだとお金を落としかねない。
ぎゅっと、着物の合わせを強く締め、ロングダウンコートのジッパーを上げる。そこで、手首につり下げていたら荷物を思い出し、慌てて扉に手をかけていたレハンを呼び止める。
「レハン殿!これが昼食でござります!手で食べられるようにしましたので、是非ともいただいてほしいでござります!」
机に出したのはサンドウィッチが入っている紙袋。屋台として店を出しているサンドウィッチ屋にて両手で持てるサイズにと我儘を聞いて一口サイズに切り分けてくれた。これならそれほど気にせず食べてくれるだろう。
サイはここに置いておくから、ちゃんと食べるようにと強く念を押してから、表口から店を出た。
返事も聞かずに行ってしまったサイを見送ったレハンは机にある紙袋に目を移す。少し思案して、紙袋に手を伸ばして中身を確認する。一口サイズのサンドウィッチを見て、再び思案するが、答えはすぐに出たのか、そのまま作業用の部屋へと持って行った。
『ブリアント』を出たサイはさっそくと情報収集に取りかかる。少しの合間にしか、それも些細なことしか聞けれなかったので、この休日に活動しよう。
だが、その前にやるべきことが二つある。その一つ。
「このお金をどうにかしないと…」
サイは給料袋がある懐に手を置く。歩くたびにずれ落ちていき、腰紐に絞められた部分で止まったが肩に負担がかかって重い。それとお腹に圧迫をかけられ苦しい。負担を無くすように持ち上げながら歩いていると、道具売りの店を通りかかる。その店の窓から、ある物が目に入る。
この世界ではお金は硬貨の為、貯めても大きく膨らむことない財貨の袋と言う魔具がある。それが一番と便利でどんなに入れても重さを感じないことから、人気のアイテムでどの店にも置いてある。
サイがのぞいて見ている物はその財貨の袋。どんな原理かは専門家ではなくてはまったくと分からないが、某青い猫型ロボットの四○元ポケットと同等の硬貨ならなんでも入る袋となっている。
サイはぜひとも欲しいのだが、いかんせん手が出せなかった。財貨の袋は一般用の魔具ではあるのだが、価格はどうにも払いにくかった。
「8S40C、かぁ…」
給料から引くと約6S17Cとなる。さらに『赤鱗の尻尾』でもう一週間宿泊代を払うとなると残りは2S81Cと所持金94Cを加えて、2S174Cしかない。ルーベルンストの町にはだいたい一ヶ月滞在することから、これでは次に向かうのに不安で仕方ない。仮に給料金額が14S17Cだとして、5週分にすると70S85C。ここから『赤鱗の尻尾』一週間分2S28C×5にすれば11S40C。それを引き算すると59S45Cと残る。もし、これに財貨の袋分を引くと51S5C。それで94Cを合算して51S99C。これからのことを踏まえて、旅の準備やらで使うとなると、20S以下になりかねない。できるだけ情報源が多そうな王都を目指したいため、長い道のりであろうことを考えると、少なすぎる気がして心配だった。
サバイバル経験ありと野宿に抵抗なしから、自給自足と進む方法も出来なくはないが、地図はなく道の場所で魔物や賊の類ありと危険きわまりない。なるべくなら安全な方法――ラクジャ車の交通利用でといった感じだろうかけれど、まだ決めるわけにはいかない。
とりあえず、交通網と時間と料金を知ってから考えようとサイはため息をついて、店の窓から手を離す。ならば、もう一つの用事を終わらせるかと、止まっていた足を進めようとした。
「お~!坊主じゃないか!」
そこに男の声が上がる。誰かとそちらに視線を向ければ獣人族の狸人がいた。手を振ってこちらに近づいてくる姿に、一度周りを確認して“坊主”に当てはまる年齢と性別の人物がいないことから、狸人が呼んでいるのは誰なのか分かった。
少々憂鬱な気分で顔を戻せば、狸人が目の前に止まったことで確定した。
「よぉ坊主。一週間ぐらいぶりだな」
「ど、どうもでござります。門番殿」
声をかけてきた人物は、初めてルーベルンストの町に訪れたと時に会った門番の狸人だった。
まさかの人に声をかけられ、サイは頭を下げる。あの時に身に着けていた鎧防具と武器はしていなく、町日と同様の一般服を着ていた。
「門番殿、お仕事は?ご休憩でござりますか?」
「いや、今日は休みだ。坊主も仕事はどうした?まさか、さぼりかぁ?」
「違いまする!拙者もお休みでござります!」
ニヤニヤとする狸人にサイはむっとして否定する。
その反応に狸人はガハハハと笑い声を上げて、サイの頭をぐりぐりと撫でる。頭巾が肌蹴そうになり、やめてくだされ、とサイは叫んで頭を押さえる。
「おっと、悪い悪い。でもよ、聞いたところ、あいつの店で働いているんだろ?実は辞めたんじゃねぇか?」
「辞めてませぬ!」
失礼な、とキッと狸人に睥睨を向けようとしたところ、白き影が遮った。
「からかうのはそれぐらいにしたらどうだ」
前に出てきたのは白色とこげ茶色の鳥人族の鷲人。狸人より背が高く、猛禽類に入る鳥だからか、見下ろす姿に恐さを抱く。
初めて間近で鳥人族を目にしたことを含め、呆然と目の前にいる鳥人を見上げる。
どうも狸人と知り合いなのか、警戒はなく悪い悪いと軽く受け答えしている
「いや~ついついな。それと気になってよぉ」
「もしかして、彼が…」
鷲人にちらっと目を向けられ、サイはビクッと慄く。
自分に何かあるのだろうか。口にした言葉は自分のことを知っているようだが、彼どころか鳥人族を正面に会ったのはこれが初めてである。仕事に必死と集中していいたため、話したことがあるのはヌメルヤとメイベッサとレハンと『赤鱗の尻尾』の従業員並びに宿泊客とよく通う屋台店主ぐらいしかない。
まったくと記憶がないため、サイは一人内心困惑する。
「え、えっと……門番殿――」
「おーそうだった。坊主…ばっかじゃ良くねぇか。坊主、名前は?」
こちらはどなたかと尋ねようとしたが、狸人が突然遮った。
いきなりの名前の問いに戸惑うもサイは答える。
「拙者はサイと申します」
「おう、サイか。俺はマッドグウェル。マッドと呼んでくれ。こっちはストゥーバだ」
「ストゥーバセグイス。ストゥーバだ。はじめまして」
やはり初対面だった。自己紹介した後にストゥーバから手を差し伸べられ。サイは戸惑いながら反射的に手を出して握手する。感触が獣人族とは少し違う柔らかさだ。
鳥人族だからか翼は背に両手両足がある体だが、羽毛に近き感触があった。それと、柔らかさに相反して内の肉の硬さも感じとれた。体毛で判別しづらかったが、この硬さには覚えがあった。師匠である剛三郎の手を握った時のこと、手にマメがついて鍛えられた、あの硬さと似ている。
「君が町に入る際に挨拶を可愛らしく噛みまくった少年だな」
「うぇえ!?」
握手を交わした後、ストゥーバが告げたことに、サイは当惑と目と口を大きく開く。
どうして、その出来事を知っているのだろう。まさか、あの行列の中にいたとか。もしくは町内から目にしたとか。
赤恥でもある過去を言われ、サイはぐるぐる疑問していたら、ストゥーバがカミングアウトをしてくれた。
「そうマッドから話を聞いた」
「マッド殿!?」
「いや~話のネタとしてちょっくらな。ストゥーバと同僚以外話していないぜ」
一人ならず他にも恥の出来事を言ったのか。それもネタ扱い。同僚が何人かは知らないが、一人二人ではないはず。そこから、また別の人に伝わってもおかしくない。重要なことではない瑣末な事柄。それに面白い話となると、人はつい口を軽くする。諺では人の口に戸は立てられないと言うものがあるのだから。
ましてマッド以外に行列と並んでいた人々がいたことを思い出し、どれほどの人に知られたかと恥ずかしくてサイは両手で顔を覆ってしまう。だが、マッドから安心しろという言葉がかけられる。
「今じゃ、あのレハンの店で一週間も辞めずにいることに関心があるぜ」
それはそれで何とも言えない複雑な気持ちに、サイは思わず遠目になる。
レハンの店で働いて、あまりにも忙しく、人使いが荒く、やり直しが多く、融通が一切とないことから、短くても1日長くても4日で辞めてしまったらしい。
そのため、レハンの店で働くことになった当初は町の住民から哀れみの目を向けられていた。けれど、一週間も続けていたら、頑張っているなとか体に気をつけてとか、声をかけられるようになった。憐憫の目は消えていなかったりするが。
ルーベルンストの町で一番働きたくないところワースト1に入っていると耳にした時は、なんという場所を紹介してくれたのだとヌメルヤに恨みごとをこぼしたくなった。
つい、サイが遠目となっていたら、雰囲気で悟ったのか、二人から同情した眼差しを向けられる。
「…まぁ、それはそうと、ちょうど良い。お前に用があったんだよ」
「用?」
サイはきょとんと首をかしげる。たまたま見かけたから挨拶しに来たかと思ったが、一体何用だろうか。
「ここではなんだが、近くの店で話さないか」
「お、いいな。そろそろ昼時だ。メシを食いがてらにするか」
どうもすぐには済ませられない用事のようだ。確かに、太陽が午後に入る位置まで来ているから、食事がてらは良いかもしれない。だが、サイはその案に渋った。今日は休日で給料日でもあるが、あまりお金を使いたくなかった。店となると屋台よりも幾分か高い。なるべく財布を使わないようにと、食事代は10C以下に収めている。水を飲むのにも有料となっているから、なるべく安めの屋台店を活用していた。
ならば『赤鱗の尻尾』で食事をするのはどうだろうか。あそこなら、宿泊+メシ付きとなっているから金銭の心配はない。それに宿屋はここからそう遠くない。
「でしたら『赤鱗の尻尾』はいかがでござりましょう?本日は料理長殿おすすめのメニューがあると聞いたでござります」
朝、ネニュートから本日の料理について教えてくれたことを思い出す。あそこの料理は美味しく、昼時しか許可されていないが、町民でも通うほどのことから、楽しみだとつい期待する気持ちがわいてきた。
それにマッドが嬉しそうに声を上げる。
「マジかよ。あそこはおすすめとか特典的なこと知らせてくれねぇから、よく見逃しちまうんだ。なら、そこにしようぜ。ストゥーバ、お前も久々の帰郷だから食いたいだろ?」
「あぁ、そうだな。料理長のおすすめなら、尚更行かなくては」
「帰郷?ストゥーバンセ……ストゥーバンセウ、セグ……ストゥーバン…」
気になることを訊こうとするが、サイは名前が正確に言えず口ごもる。一度だけで、それもストゥーバと愛称で呼んでいるのを耳にしていたので、後半の正式名称が忘却していた。
必死に思い出そうと口にしながら頭に集中するサイ。しかし、出るのは焦燥とした脂汗だった。
「ストゥーバでかまわない」
「………すみませぬ」
見かねたストゥーバから愛称呼びの許可をもらい、サイは感謝と申し訳ない気持ちで平謝りする。それで、改めて質問する。
「帰って来たと言っておりましたが、ストゥーバ殿はここに住んでござらぬのでありまするか?」
「そうだ。ここの出自だが、今は王都に住んでいる」
王都、とサイは驚きいっぱいに目を見開く。王都は国の王が居とする地。言うなれば、日本の首都東京であるような、田舎者にとっては憧れと畏怖を抱かされる都だ。サイが一番と目指したい場所。そんな所に住んでいるとは、有名な商人の一員なのだろうか。けれど、あの筋肉質のある手は商人とは似つかわしくない気がする。もしかしたら荷の運びといった肉体労働系的な仕事をしているかもしれない。あるいは仕事とは関係なく住んでいるかもしれない。どうして王都に住んでいるのか気になったが、マッドが話なら食事がてらしようと言ってきたので、それもそうだと後回しにする。
サイも向かおうと足を動かしたところ、あっと大事なことを思い出す。
「すみませぬ。拙者、買いたい物がありましたので、先に行って下さらぬか」
「何を買うんだ?良ければついて行くぞ」
「いえ、大量に買うわけでも重いものでもないので一人で大丈夫でござります」
もう一つの用事はサイが言った通り、一人で済ませられるものであり、また一人で済ませたいのだ。自分がやらなくてはならない責務ではないのだが、誰かと一緒だと恥ずかしいと言う理由で同行は遠慮してほしかった。
「わかった。それじゃあ、先に『赤鱗の尻尾』に行ってるぜ」
サイの気持ちをくみ取ったのか、マッドは応じて、渋っていたストゥーバの首に回して先に行ってくれた。
二人を見送った後、早めに済ませなければと急ぎ足で目的地へと向かった。
「ありがとうございました」
カランカランとドアを開き、店主の掛け声を背にサイはほくほく顔で店を出る。その手には買った品が入った紙袋を大事に抱えている。
以前、雑用で店に戻る際にたまたま見つけたのだ。ちらっと窓から覗き見しただけなのだが、一目で気に入ってしまった。“あそこ”に違和感無く合いそうでシンプルなデザインだから、給料日に絶対に買うと決めていた。あるかあるかと内心心配とやきもきしていたが、無事購入を果たせた。
サイは嬉しいあまりに足を弾みそうになるが、人を待たせていることから足早に進む。現在地は『赤鱗の尻尾』から少し遠い位置にいるので、サイは普段は使わない路地裏に入る。ひと気がなく、浮浪者や堅気じゃない人が屯しているらしい。けれど、慣れた人からだと、それほど危険ではないそうだ。しかし、よそ者が入れば、カモ的に目をつけられたりするから気をつけるようにと、メイベッサから注意された。
その路地裏をサイは雑用仕事で定められた時間内に間に合わない時によく利用したりしていた。とりあえず『ブリアント』行きの最短距離ルートしか知らないので、『赤鱗の尻尾』に近いルートを脳内でピックアップ足を進ませる。昼間はそれほど人の気はないため、足早に通り抜けようとする。
細路地から少し開けた道へと出れば、浮浪者らしき人が一人、端の方に座っていた。黄ばんでいる古そうなローブを体全体に被さり、種族・性別が分からない。見るからに怪しい人で、なにか嫌な感じがして、サイは目を合わせないように、素早く通り過ぎようとした。
「そこの坊ちゃん」
前を通るというところに差しかかった時、突如浮浪者から声をかけられた。
サイは一瞬反応しかけたが、すぐに早足から走りへと切り換えた。慌てた声が上がった(サイは自分が男だと間違えられるのは残念ながら慣れた)のを耳に入るが、関わってはいけないと勘が訴えているので無視をして、その場から去ろうとした。
まっすぐと行って、後は左の細道に曲がれば、『赤鱗の尻尾』に近い大通りに出れる、とサイは速度を上げる。
しかし―――。
「坊ちゃん!ちょっと待って!」
細道まであと少し。そこに浮浪者の待ったを掛けられる。振り返れば、どういうことかサイを追いかけてきたのだ。それも猛スピードで走ってきている。
何故に、とサイは見開く。だが、足を止めずに反射的にさらに速く走る。なんとか捲こうとするが、逃がさないと浮浪者もスピードを上げてきた。
本当になんなのだ。追いはぎか。通り魔か。強引な押し売りか。
「坊ちゃん坊ちゃん坊ちゃん足止めて!せめて、話を聞いて!」
「どちらともお断りでござります!!」
「一粒飲めば疲労回復する丸薬!耐熱耐寒で何年も破れずに着れる衣服!常に艶やかさと若さを保つ美白クリーム!一塗りで完治する効力抜群の軟膏!なにものにも刃こぼれしなく切れる万能包丁!永久に灯し続けるランタン!絶対に焦がさない鍋!古代の王者が恋人に送られたのと同じ便箋!塗り替えせずに念じるだけでその色を出す筆!マンディールの根とスピエッシュの鱗で作られた絶大な媚薬!蓋を閉じれば空の筒があっという間に水満タンになる水精霊の加護がある水筒!これを待てば瞬く間に金持ちになる幸運の札!運命の相手、先の未来が読める古代人の遺産とされる水晶!伝説の英雄が長年に愛用されたとされるガントレット!かの傾国の美妃も所有された曇らない鏡!その他にも素材一級品のもあるよ!例えば――」
拒否したというのに、浮浪者は一気に商品紹介を口にしだした。すべて噛まずに間も空けずにはっきり伝えてきながら、足の速さを弛ませていない。それ以上に走って大声を上げているのに息切れしていない肺活量。疲れの気配もないことから、ただの浮浪者ではないのではと疑念した。もしかしたら浮浪者ではないかもしれないが、どちらにしても、やるべきことは一つ。
全速力で逃げること。
捕まったら、どうにも胡散臭く、詐欺的にぼったくりされそうな流れを予想して、サイは足の筋力をフル活動して、地面を強く蹴った。
「なかでも、一番の目玉はどんな願いも叶う魔宝級の本で―――て早ッ!?」
背後の気配と声が遠ざかり、定められた左の道に曲がったところ、一気に引き離す。表通りへと出て、じぐざぐと家の影に隠れ移り、約100mぐらい走ったところで足を止める。息を整えつつ、浮浪者の気配がないか探る。
近くにいないのが分かるとサイは肩の力を抜いて壁にもたれかかる。
あれは地球での押し売り的な悪徳商業みたいなものだろうか。浮浪者が商品をつらつらと紹介していたが、どれも胡散臭いものだった。特に後半はありえないだろう的な物々だった。信憑性が愕然と低い。最後はなにか特別商品を言っていた気がしたが、逃げ切らないといけなかったため聞いていなかった。まぁ、覚えとく必要はないだろう、
購入した大事な物は問題ないのを見て、サイはホッと安堵を漏らす。さて、急ぎ『赤鱗の尻尾』に戻らなくてはいけない。あの人達が待ちくたびれてしまうだろうと、サイは念のため周囲に気を広げ、怪しい気配がない事を再度確認して、『赤鱗の尻尾』へ足早に向かった。
とりあえず思ったことは、あの路地裏は今後使わないようにするのと商人の押し売りに気をつけるということだった。次からは嫌な予感がしたら、なるべく無視して関わらないようにするべしと心に留め、サイは気を引き締めるのだった。