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仮忍者の異世界冒険記  作者: ちゃちゃもん吉
危険な本にご注意!?
15/24

第十五話 仮忍者、仕事が終わった後の宿屋にて~お風呂場~

 新年明けましておめでとうございます。本年度も小説共々よろしくお願いします。新たな年と言うことで、本日は二話投稿いたしました。お気軽に拝読してください。(2015年6月8日に包帯の事で少し変更と付け加えにて編集しました)

「…まあ、いいでしょう。今日はもう帰っていいですよ」


「り、了解でござります…それでは…また明日。お、お願いいたしまする…」


 今日も限界まで働かされ、店主の言葉のもと仕事が終了した。

 サイは疲労感を全面に出しながら、礼を言って上がる。帰る際もずらさないように注意しながら裏口から店を出た。

 師匠である剛三郎に鍛えられて、大人顔負けの体力を保持しているのだが、ふらつきながら歩くほどに削らされた。半分虚ろな視界をなんとか正しながら人にぶつからないよう重い足を動かし、目的地である宿屋『赤鱗の尻尾』に辿り着く。

 前倒れしないよう扉を押し開くと、カランカランと呼び鈴が店内に鈍く響く。

 中に入れば、店主のメイベッサが迎える。


「おかえり。またひどく使いまわされたようだね。ちょうど風呂が沸いて、空いているよ」


「あ…りがとうござ…いまする……さっ、そく…入らせていただ…き、まする」


 途切れ途切れ深い吐息を入れながら、サイはとぼとぼと寝泊まりしている部屋に行き、着替え用の忍者装束を持って風呂場へ向かう。

 この世界――もしくは大陸――には風呂という、地球でもお馴染みの湯に浸かってリラックスする文化がある。西洋の中世に当てはまるような世界なのに、風呂の概念が当たり前と存在していた。ちょっとした雑学で学校の先生から、中世のヨーロッパ方面では風呂はあったが、布で拭うか香水で誤魔化したりと、風呂はまったくと使われていなかったと聞いていた。

 実際に『ジヴォートノエ』は約200年以上前まで、風呂が一部の王宮だけで水浴びといった沐浴しか人はしなかったらしい。それ以降は改革の如く、貴族だけでなく民にも浸透させ、どのコミューンにも最低二つはあるようになって、現在は日常に溶け込んでいた。

 なかでも宿屋といった宿泊施設はどこを行ってもある。それを知って初めは驚いたが、すぐに存在していることに喜んだ。平成の日本人は皆お風呂好きである。

 『赤鱗の尻尾』の風呂場は一人用の小部屋でシャワー器具はないが、古風ながら木で造られた風呂が配置されていた。その風呂で部屋が七割ほど埋められていて、これはどの種族でもゆっくり浸かれるようにと、建築家に依頼したそうだ。

 サイは脱衣場に入って、人の気が無いことを確認して包帯を取り外す。汗で蒸れていたため、少々気持ち悪かったが、取れて呼吸が楽になった。

 全て取り終えて、包帯を一まとめにして置いてから、サイは今日も訝しげに凝視する。

 包帯は白いままだった。よれていなく、しわ一つもなく、汚れと傷が一切とない真っ白のままの包帯。

 この包帯は付け始めた日から、全く変化はなかった。あんなきつい雑用仕事をしていても、走り回っても、どういうことか新品同様にそのままなのだ。着用している忍者装束は汚れているのに、この包帯だけがである。

 不可思議な存在にサイは困惑していた。おかしいと疑念があるが、まったく答えが出てこない。地球でこんな包帯は存在しない。もしあったとしても、一般に売り出される物ではない。これは包帯ではないのかと思ったりしたが、それなら包帯ではなく何なのかと頭を悩ませたりした。解体して解明すれば僅かながら判明するのでないかと考えたが、包帯がこれだけしかないので、手が出せなかった。使い物にならなくなったら、これから支障が多大と出る。包帯はサイにとって生命線と言っても過言ではない。それを失うわけにはいかないのだ。

 そのため、サイは包帯を取り外す度に、拭えない疑問を抱かせる。白いままで破れなしに不気味な気持ちは多少ある。けれど、それ以外に何もなく自身に害を及ぼすことはない。むしろ、消耗品ではなくなっているので、重宝物だ。サイはこの包帯をくれた剛三郎に問いただしたいと言う、無意味で今のところ無駄な思いを強引に横に置いて、無理やり疑問を振り払う。

 そしていつものように、これはこういう物なのだ、と自身に言い聞かせて、サイはため息を一つこぼしてから風呂場に入った。

 温かい湯気に今すぐにでも風呂に浸かりたい衝動に駆られるが、まずは体を洗うことが先だと自制して脇にあった桶で風呂の湯を掬う。

 桶とセットにあったタワシみたいなのを湯に浸す。すると、へにょりと垂れていた毛がみるみる逆立ち、トゲのようになった。実はタワシだと思われた物は道具ではない。これはムクサクと言う、生きている魔物なのだ。

 ムクサクは水辺に生息している毬藻みたいな魔物で、水分を得ると毛を硬質させて、ウニのように針団子に体質がある。毬藻と同じ動かなく植物に部類すると思われたが、天敵と言った敵が接近すると、水にいなくても針団子へと変形したことから、意思表示の乏しい魔物の一つとされている。

 このムクサクはどんな体内構造なのか不明だが、水の温度で硬さが変わる。冷たければ硬く、熱ければ軟らかくなる。その体質を利用して、トゲ状ながら軟らかい毛質を体拭きとして使われている。

 人は敵ではないからか威嚇動作はない、そんな安全面があって、生きたままで置かれている。

 風呂を使った当初、生きていることに抵抗感があったサイだが、いざ使ってみれば何事もなく、それも気持ち良かったから、すぐに気にならなくなった。ほど良い硬さで子供肌にもちょうど良い。自分の世界にお持ち帰りしたいほど、今は気にいっている。

 魔物は素材入手や安全のための駆除のために狩るためでなく、『ブリアント』でのミョピピのように生活に取りこんだりしている。荷引き役や門番といったものや、明かりやゴミ収集といった身近なとこに生きたまま活用している。それはパートナーから、ペットや家畜など、いろいろと扱われているらしい。魔物は恐ろしいのに変わりないが、全てが敵といった存在ではないようだ。言うなれば。地球での野生動物との関係みたいな感じなのだろう。

 また、この世界では魔物以外にも生活に活かされているものがある。

 サイは体を洗い終えると、ムクサクにありがとうと感謝を述べて風呂に浸かる。意思表示はまったくないと変わりないが、魔物であるし植物だろうとも生きている。使わしてくれているから、サイは洗うのに手伝ってくれてありがとうと、使い終わる度に感謝をしている。一方的だが、両親や師匠から何事にも感謝は大事だと教えられたことから、素直な気持ちで言葉を送っている。

 風呂に浸かれば、疲労した体がじんわりと癒され、あ~と声が漏れる。少々じじ臭い。

 このお湯は井戸とは別の水道となっている場から注がれ、人が浸かるのに適した温度上げと保温する魔具によって温められている。

 魔具とは魔法の力がこもった道具。簡単に説明すれば、魔力が無くても高度な術式や呪文といった魔法知識と理解をせずとも、スイッチ一つ押せば簡単に使える便利な代物だ。例を挙げると、炎が出る剣や光で守る鎧と言った、ファンタジー小説やゲームにあるような感じの物だ。そういった武器や防具と言った戦闘用の道具でもあるが、それ以外に一般に使う道具もある。こちらは例えるなら日用品ないしは家電品という感じだろう。どちらとも広く使われている。あの問題品であるブック・シーとお湯を沸かしている魔具は日用品魔具にあたる。

 それで、風呂に備え付けられた魔具は先程説明した通り、時間をかからずにお湯にして、程好い湯加減で長時間保たせている。こういった他にコンロとした魔具、冷蔵庫になる魔具、空調設備の役割にした魔具などなど、もう家電製品そのままで、そんな便利な魔具が生活に溶け込んでいる。

 だが、そういった魔具は都市やルーベルンストぐらいの大きな町までしか普通に置いていないらしい。理由は単純に戦闘用と言わず、日用品用も高額だからだ。尋ねたところ、風呂に備え付けた魔具で片手で持てる小さな物だと、安くて50Sは軽くするんだとか。思わず、お菓子いくつ分買えるだろうと脳内計算に入りかけた。

 そんな魔具での生活面はさて置き、サイは風呂に感激している反面、悩ましい事があった。

 サイはぼ~と風呂の中でまどろみそうになるところ、突然カッ蕩けていた目が大きく開く。ざばっと風呂のお湯を波立たせて出た後、髪と体を拭くのと着替えを早業と終え、新しい包帯を巻き切ったところに、脱衣場の扉が開いた。

 入って来たのは赤毛の熊人だった。


「お!坊主、もう上がったのか」


「はい。今着替え終わったところでござります」


「相変わらず早いな。そんなんで大丈夫なのか?」


「い、いつもこのぐらいで済ませておりますゆえ、問題はありませぬ」


 それでは失礼と、サイは頭を下げて赤毛の熊人の横を通る。

 『赤鱗の尻尾』の入浴時間は約30分までという入浴ルールがある。客に不満が無いようにとスムーズにローテーションするようにと定めたらしい。予約はないため、次に入る人は早い順で、入浴中の立て札があれば次の人は脱衣場で待機と順番待ちとなっている。

 この順番待ちにサイは宿を使うようになって毎度ハラハラドキドキと緊張感を募らせていた。

 風呂は一つしかないため男女共同。なるべく異性と出くわさないよう配慮されている。何故なら、次の入浴者が脱衣場で控えているということは…九割の確率で入浴した人と裸体で鉢合わせしてしまうのだ。

 この事がサイは悩ませていた。裸を見せる…つまりは、自分の正体を晒してしまうということだ。忍者装束と包帯を取ってしまったら隠しようがない。

 脱衣場が控え場所にもなっているのを知らず、ちょうど着替え終わった時に人が突然に入って来て、サイは度肝を抜かれた。もう野球のホームベースの滑り込みタッチで危うい判定となった感じにぎりぎりセーフだった。

 男だと宿泊客にも誤解されているらしく、同性は無礼講だとノックなしに扉を開けてくる。それも早い者勝ちだから、いち早く突入する。当初での危うい遭遇では、理性や神経といったのを総動員して叫ぶのを堪えたものだ。その後、涙目ながら店員から風呂ルールを聞いたりしていたが。

 サイは異世界での初風呂体験後、すぐに正体を晒す危機に直面して、それ以降五分もなく入浴・着替えを済ますようにしていた。ゆっくりと浸かりたいことを我慢しながら。

 リラックス出来る場で気を抜けないとは…矛盾ばかりに疲労が取れない。


「お、出たのかい。日に日に早くなってるね。疲労回復してんのかい?」


 フロントに出れば、メイベッサが心配げに声をかける。彼女は風呂番として通路前で不埒な輩が入らないよう見張っている。宿屋の主人だが、昔は腕っ節の冒険者であったらしく、現冒険者が青ざめるほど、とてつもなく強いことから、不埒をする考えは自然と消えたとか。

 サイはおつかれさま、と口にして苦笑いを浮かべる。


「ちゃんと湯に浸からせていただいたでござります。気持ちよく取れたでござります」


「十分とは思えないけどね……良ければ、あんたが入ってる時は入室禁止にしとくよ」


「ほ、本当でござりますか!?」


「やっぱり満足と入ってなかったようだね」


 メイベッサの言葉につい嬉しく声を上げてしまい、嘘だとあっけなくばれてしまった。

 サイはあ…と声をもらし、慌てて口を塞ぐも遅く、メイベッサは肩をすくめて嘆息する。


「す、すみませぬ…ご迷惑かと思い…」


「サイ。あんたはお客で、あたしらは店の人間。お客の為に満足と休ませることを第一に仕事をしてるんだよ。迷惑でもなんでもないさ」


「そ、それはそうでござりますが、拙者自身宿泊代払っておりませぬし…」


「また、そんなこと気にしてるのかい。宿賃はヌメルヤがあんたの為にしたんだ」


 あのブック・シーでここでの宿泊料金五日分払ってくれたのだが、仕事を紹介してくれてから、プラス一週間分も付け足してくれたのだ。

 これにサイはものすごく断ったのだが、ヌメルヤがレハンのところで働くなら、食事・入浴・睡眠のみっつある施設を確保出来なければやっていけないからと、これも詫びの一つとレハンのところの仕事を紹介しての当然の補助だと言われてしまう。正論で真摯な対応にサイは渋々とお言葉に甘えることになったのだ。

 聞けば、通常なら宿屋は一泊55C~2Sかかる。もちろん地域によって値段は異なり、食事付きとなると高くなる。けれど、だいたいは挙げた通り。ルーベルンストの町の宿屋もそのぐらいなのだが、ここ『赤鱗の尻尾』は一泊食事付きで38Cと破格の安さなのだ。

 『ジヴォートノエ』の一週間は六日。プラスして五日で十一日分の宿賃にすると合計418C=4S18Cとなる。通常の一泊55Cとなると、合計605C=6S5Cで、1S87C分お得となる。

 そのため、冒険者といった人や根なし草の人には人気の宿で、満室になるのがしばしば。今回は昔のよしみで、ヌメルヤの顔利きで優先と取ってくれたのだ。

 算数は多少出来るサイもこの宿屋は他よりも安いと分かったが、ブック・シーの件はともかく、仕事も口利きもあって雇ってくれたのに、平等どころか貰いすぎて申し訳ない気持ちだった。

 なんとか返したいが、今は稼ぐために仕事をするのに精一杯だから何も出来ない。メイベッサにもお礼をしたくてもなかなか出来ない。

 やれるとしたら、なるべく負担と迷惑をかけないようにするぐらいでしか思いつかなかった。しかし、逆にその行為が相手に煩わせたらしい。


「旅人だからといっても、あんたは成人していない子供なんだ。遠慮は無用だよ。ただでさえ、レハンに走りまわされているんだから、睡眠がまともに取れないだろ。それで体調崩しちまったらどうするんだい。体が資本なんだから」


 まだ慣れていないが、木工術師レハンの注文はこれからも同じようなら、メイベッサの言った通りになれかねない。仕事時間は定められていないが、だいたい早朝から指示された仕事をやり終えるまでとなっている。時間の概念はあるが、地球での時計と言った道具・魔具はない。日時計といった太陽の位置で大雑把に計るらしい。昔の干支方位の時計りといったものだろうか。

 与えられた仕事によっては終わる時間は異なる。始めて五日。一日経つ度に業務終了が遅くなっていた。次々に新しいことをやらされて、一日で覚えなくてはいけないからやり直しと往復されるのが連続とあり、雑用だと言うのになかなか場馴れ出来ない。

 メイベッサの言い分はもっともだとサイは彼女の配慮を受けることにした。


「では、お願いしてもよろしいでござりますか」


「承知したよ。あんたが入っている間は誰一人通さないようにしとくよ」


 まかしとけと力瘤を作る腕にぱんっと手を叩く。その太さは地球の男子バーベル選手と同列なほど太かった。現冒険者の方々が戦いている理由が少し垣間見えた気がした。

 これから食事をするということで、宿の共用食堂に向かうことにしたサイはメイベッサと別れた。


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