第十四話 仮忍者、雑用仕事をする
遅くなってすみません。クリスマスで仕事が忙しく投稿がなかなか出来ませんでした。
彩改めサイは走っていた。背にある物を落とさぬようかつ傷つけないよう慎重さを重視しながら、町の中を駆けていて行く。なるべく人通りがない道を選んでいるが、目的地は大通りの一角にあるため、人にぶつかりそうになる。なんとか目的の家にたどり着き、裏口から中に入る。
そこは窓から差し込む光だけしかない暗い部屋だった。壁全土に大棚が陳列とし、そこに仕舞う品が収まることなく一部飛び出ていて、通れる幅がぎりぎり一人分しかない。床には製作に必要不可欠の様々な色の液体が入った樽や鍋壺といった器が、てんでばらばらと置かれているのを倒さぬように避けながら奥へと進む。これらはこの家の主にとって大切な物だから、壊さず、落とさず、ずらさずと触れないことが絶対条件で通らなくてはならない部屋なので、全神経を駆使して通り抜ける。次なる部屋へと続くドアの前で一息つき、トントントンとノックをする。
すると、中から入る許可の声が上がり、失礼しますとドアを開ける。中は暗く密集していた部屋とはうって変わって、眩しいほど明るく広々としていた。半分の壁は書棚と調合可能の素材品が仕舞ってある棚になっていて、真中には長方形の机を中心にHの字を形作るように机が配置されている。その中央の机で背もたれのない椅子に座って、ナイフで木の枝を削っている獣人族の馬人がいた。
その人は肘まで袖を捲り上げしたダルマティカみたいな足元まで流す衣服の上に浅い生地のエプロンを着け、細身のある腕をさらして丁寧に枝を整えている。今いる部屋はこの家の作業場となっている。
サイが馬人の向かい側に移動すると、ピタッと削る手が止まる。ナイフと木の枝を脇に置き、散らばる木屑といったゴミを小さい箒でさっと払う。
綺麗になった机にサイは背負っていたカゴを下ろす。布に包んでいたのを取り出して開いた。布に包まれていたのは数本の1mある太い木の枝だった。
馬人は木の枝を手に取り、全体をじっくり見回す。検査している姿にサイの中で緊張が高まる。5分くらいかそれ以上だったか、全部見終えた馬人がここでようやくサイと顔を合わせる。
「それなりの素材ですね。これらは一の倉庫棚に付近にある鍋に入れといてください。それが終わりましたら、七の倉庫棚の上から三番目で左から六つ目の杖を持ってきてください。後、素材収納庫左の下から五番目の引き出しにあるツェッペリ草を補充して欲しいので、もう一度アバザスの森に採取しに行って来て下さい」
「了解でござります!」
出された指示にサイはてきぱきと動き、倉庫の用事を終えてから素材収納庫の指定された引き出しを開ける。カイワレ大根みたいなツェッペリ草の形状・色彩・匂いを数回繰り返して記憶し、急ぎアバザスの森へ再度向かった。
サイが出入りしていた家は木工術師が営む杖専門の魔法屋の店。杖は魔法を使う人達にとって絶対の必需品のため、連日魔法職の方々が客として絶えない、ルーベルンストの町で有名な店である。
そんな店にサイは雑用係として働いていた。何故、そこで働くことになったかというと、ヌメルヤの紹介によるものである。
頭痛が早くに治ってから二日。仕事相談してから翌日。ヌメルヤに連れてこられた場所は魔法屋『ブリアント』。店主は美麗な獣人族の馬人。乳白色寄りのクリーム色の体毛で頭から流れる毛が頭巾のように編んでいる。一つ一つ仕草が綺麗で流し目の空色の瞳に見つめられたら、誰もが――特に男性が――見惚れてしまいそうな美しき獣人。名前はレハン。
人間であるサイも美人のレハンに見惚れてしまいそうだったが、ヌメルヤが求人応募する旨を話し始めたことに我に戻り、ビシッと背筋を伸ばして足を少し開いて後ろに組む。
レハンを伺えば、包帯巻き人間を前にして訝しげも嫌悪もなく普通としている。
この時、メイベッサの口にしていたことは忘れて、優しく良い人なのではと印象を受けていた。
レハンはヌメルヤから話を聞いて肯き、サイと初めて顔を合わせて第一声はこう発した。
『では、アバザスの森であなたが最も良いと思う枝木を一本持って来てください。これが一回りする時間内です。一秒でも過ぎてしまったら採用不可とさせていただきます』
有無も言わさず、採用試験を唐突に始めさせられた。投げ渡された円形の物をキャッチして、ガラスに覆われた表面を覗けば、外側に小さく細かい目盛りのように飾られ、中心を軸に一本の針金がカチカチと進んでいく。アナログのストップウォッチ版みたいな道具のようで、一分ほど経って針が10℃進んだのを目にして、理解した同時に爆走した。
それはもう大変だった。針の進みは時計よりも早く、十分で着いた頃には三時を示す位置にまで行っていた。残り三十分あるかどうかで超速で一番で良いであろう枝木を探して、行きよりも早くにルーベルンストの町に戻ってレハンに見せた。
どのような選考基準か知らないが、どうにか彼の合格範囲に入れたらしく、『ブリアント』の雑用係として採用された。もちろん短期だという契約で。
働けることに当初はその場で飛びあがらんばかりに喜んだ。これでお金が稼げる。早すぎる初めてのアルバイトに緊張と不安があったが、初めてだからこその体験にわくわくとした高揚感の方が大きかった。採用されたその日から、雑用の仕事に取り掛かった。
いざ働き始めたら……サイは少々後悔に駆られていた。子供でも出来る仕事だ。シンプルはシンプルである。しかし、とんでもなくハードだった。町の中ならそれほどではなかったが、内部ではなく外への往復をさせられた。ルーベルンストの町から近いアバザスの森の他、近辺の地域へ素材採取のために足を運ばされていた。それも時間制限が設けられたり、数を決められたりときびきび素早く動いた。戻れば裏口から倉庫直結の困難な道行きに、息もつけなく厳しかった。ごちゃごちゃと作業用の物や材料が乱雑と置かれ、外の日光だけの明かりの中で触らないよう進み入らなければならなかった。
それぐらいなら大変疲れるぐらいで済む。しかし、出される指示がてんてこまいとさせられる。アバザスの森で枝探しに行かせられれば、今度はルーベルンストの町より東に位置する平原の花を採りに行かされたりした。水は井戸水ではなく平原の川で汲まされたり、川原で拳分の大きさの石を拾ったり、違う付近の土を運んできたりなどなど、フィールドワークの如く広範囲に走りまわされた。それも採取したとしても、彼のお眼鏡に叶わないものがあれば容赦なく捨てられて、その分拾い直されたりした。良いと言われるまでは往復三回以上はざらじゃない。甘く見てもらえることなく、体力限界まで走らされ、かつ、ずらさず・落とさず・傷つけずに精神もすり減らして、終わる頃には全てを使い果たしていた状態だった。時には休憩前に入る頃に体力の大半を減らされたりもした。
そして、採用されて働いて四日、今日も走りまわされていた。
「……ふむ。まぁ及第点としましょう。休憩に入って下さい」
「は、はい!」
鑑定三回目で合格を出され、サイはありがとうございます、と喜びを全面に頭を下げる。
この日はそれほどの体力を削られずに戻って来れた。
ツェッペリ草採取にアバザスの森と町を三往復したが、収穫用のカゴが小さくツェッペリ草がどこにでもある植物だったため、早くに終われた。
サイは部屋の片隅に置いてあった紙袋を手に取り、その場に座り込んではぁ~と大きく息を吐く。気をすべて緩まずに壁に背を預ける疲労困憊とする体を楽にして、寝ないように背筋を伸ばして、袋からサンドウィッチを取り出す。
働いて四日。時間がばらばらな昼休みで体を無理に動かして外食していたが、余計に疲れが溜まり、店内で食べることにしたのだ。レハンからは許可を貰っている。
朝に『赤鱗の尻尾』が用意してくれた弁当(食事付きになると昼食は当人の希望で用意してくれる)となるサンドウィッチを落とさないように足を乗せ、井戸水から汲んだ竹水筒を片手に昼食をとる。穀物入りのパンに赤キャベツみたいな葉と緑スライスオニオン野菜にハムのような肉が挟まれている。確かレドナ菜とニョニヨンとウモンスの薄肉サンドウィッチと言っていた。
ぱくりと大きく一口して咀嚼する。レタスとピクルスのような味が甘いドレッシングとマッチして、ハムのような肉のうま味を引き出している。パンを焼いても美味しくいけそうだともう一口食べる。ふと、そこでレハンが気になり、顔を上げる。
レハンは先程と変わらず、杖の形となった木の棒に模様を刻んでいた。
まだ四日と店主についてすべて把握出来ていないが、分かったことがいくつかある。まず、杖専門であるが魔法道具――魔具も売っている。どのような力があるのか知らないが、木細工の装飾品が店頭に出されている。杖や木細工といった木を主体とした魔具を製作している。それゆえ、レハンは木工術師と言う職になっている。
レハンは誰に対しても敬語で平静とした態度でそれ以外の表情と感情は表にまったくと出さない。ある意味での無愛想。プライベートは知らないが、笑顔で接客していないとなると仕事時と変わらない気がする。次に仕事に厳しい。神経質なほどに細かく、理想とした形が数㎜でも違っていたら不良品に扱いにする。どんな些細な物でも見逃さず、許されないとのと失敗したら満足するまで作り直す。サイに対してもだが、自身にも厳しくしている。そんな姿にこれがプロの職人なのかと感じたりしている。
それと魔法は必要時以外使わない。これは『ブリアント』だけでなく他でもそうだが、魔法・気術は治療・戦闘・補助といったことしか使用しないようにしている。あのベストセラーである児童書のハ○ー・ポッ○ーのように杖で品物を宙に浮かすといったことはしない。というより、その児童書の世界と力の原理が異なっているようだが、詳しいことは後日に調べることにしよう。
他には体力が見た目より随分とありそうだということ。素材採取で戻ってくる度から仕事終了まで、一切と顔色変わらず汗水流していないのだ。室内でしか動いていないからと考えるが、見ていなくてもものすごい量をこなした大量商品が証拠と目にしたので、それはないと払拭した。
ちまちま休んでいたりしてるのかと思ったところ、ふとサイは気になって質問する。
「レハン殿は休憩をしないのでござりませぬか?」
「私はすでに休みましたので」
その返しにサイは目を瞬かせる。今は太陽が真ん中から西に傾いた刻限。つまりは午後に入った時間帯。目をあちこちに動かし、すぐに視線を前方に戻す。
「あの…食事はしたのでござりますか?」
「昼は摂らないようにしています」
「え…何故でござりますか?」
「必要ないと判断したからです」
いや必要でしょ、とサイは素でつっこみそうになるのを堪えて内心で返す。働いていくのに食べなくてはられないではないか。現に雑用だけだが、サイは活力の源を欲している。正直、サンドウィッチだけでは物足りないぐらいである。
作業場のどこにも食器らしき器がないことから、まだ食事していないのかと軽く尋ねたのだが、まさかの昼食抜きだった。
この世界の一日の食事回は地球と同じで朝・昼・夜の三回。人によって二回や間食を含めて回数が異なるも、だいたいは三回だ。食事量が最低限に必要エネルギーを摂取しているならば、回数云々は関係ない。
しかし、サイは疑念を拭えず、再び質問する。
「朝は何をいただきましたので?」
「コーヒーとパン一つです」
予想通り、まったくと摂れていない。けれど、それだけで断定してはいけない。夜はけっこう食べているかもしれない。
「ちなみに本日の夜は何をお食べになるのでござりますか?」
「昨晩の残りのスープとパンで済まします」
一日に必要な栄養エネルギー不十分確定。おそらく淡々とした口調からして、毎日少なすぎる食事で過ごしている確率が一番と高い。
「レハン殿!しっかりしたもの食べなければ体調を崩しかねますぞ!」
心配になったサイは食べかけのサンドウィッチ片手に立ち上がって、きちんとした食事をするよう訴える。しかし―――。
「ずっと朝と夜の食生活でしたが、体調不良といった類はなったことはないので、問題はありません」
そっけなく聞き流されてしまう。これまた予想した通りで、満足と言えなさすぎる食事生活にサイは信じられないと目を剥く。
それで長く生活していて、何も問題がないなんてありえない。人が生きるのに必要なのは酸素と水と食べ物の三つだと言うのに重要視されていない。なんということだ。
サイは短期(約三日間)の自給自足のサバイバルみたいなものをやらされた。その時は初めて一人だけで、剛三郎を見ていたからやれる自信があった。しかし、食べ物を得るのはものすごく大変だった。魚は取れず獣も狩れず、山菜は見つけられず雑草で生そのままで無理やり食べて過ごしていた。修行を終えてから用意された温かい食事に感激と号泣してしまった。この時、サバイバルを軽んじていた愚かさと食べ物をいただく大事さを身をもって知ったのだ。それ以降、出された物を残さず食べると言う家訓を忠実に、食事は三食きっちりと全部摂るようにした。おかげで嫌いな物はない。
そんなごはん大好きサイにとって、レハンの不摂生は許しがたいものだった。このままではいけない。いくら今がなんともなくても、体に良くない。
だから、こんなに細ってしまっているのか。獣人族はもふもふ毛があるが、レハンは種族的にもあるかもしれないが、心なしかそれ以上に細すぎる体型をしている。なのに、あんなハードな労働をしている。見た目と相反している驚嘆な体力は持っていても、食事量があまりに少ないことから、いつか倒れかねない。
「問題ないなどありませぬよ!今、手を休めて昼食を取りましょう!」
「不要と言っているでしょう。話はそこまでにしてください。仕事の邪魔となりますから」
調子はそのままながら、サイの訴えは聞かず、ばっさりと話を打ち止められた。冷たくあしらわれたことで、サイはむっと口つぐんでしまう。邪魔と言いながらも木削りにまったくと揺らぎがないことに、一瞬さすがと感心してしまったりしたが。
レハンからもう語りかけるなオーラがわずかにかもし出しているのに、サイは口を開きかけていたが引き気味になってしまう。集中しているところ乱すには良くないのはサイでも分かっている。気分を損ねかねないし、短気で沸点が低いとキレる。
もしかしたら、レハンは怒っているのではとそれ以上言えなかった。
おどおどと沈黙とサンドウィッチを咀嚼するサイ。しかし、腰は下ろさず、視線はレハンから離れていない。ぴしゃりと打ち止められたが、サイは心配の懸念が無くなってはいない。
仕事は大事だ。それは知っているが、食事を疎かにしてまでやることなのかと、サイは理解できなかった。
サイだって地球では学校で勉強して運動して遊んでと、頭と体をよく使い体力・気力を使い果たすも、美味しいごはんですぐ元気になった。忍者修行でも素朴なサバイバルごはんで寂しさを満たした。今の雑用仕事も疲労困憊とする。けれど、ご飯で体の活力を少しでも与えてくれる。それほどに食事は大事だ。食していないよりマシではあるが、少なすぎる量に安心できない。
しかし、職人だからか元からか頑固な面がある。一つ決めて問題なければ、これと意思が固そうで、空気を読まずにまた言っても繰り返し、聞き入れることはなさそうだ。仕事の手を休めるのが億劫といった考えを持っている。
ならば、どうしよう…とサイはサンドウィッチを食べ終えて、口元を拭おうと懐からハンカチを取り出そうとした。それに引っ掛かってしまったらしく、別の物が落ちてしまった。
トンッと床に跳ねて転がり止まったそれは、青林檎のボップンの実だった。雑用の最中に小腹を空かした用に持っていた物だ。
サイはボップンの実を手に取った時、ハッと脳裏に光がよぎった。手首の袖に仕舞い込んだ棒手裏剣を抜き出し、ボップンの実を細かく切り分ける。それを手に持ち、レハンに歩み寄る。
「レハン殿」
「話はそこまでと―――」
ヒョイッ、パクリ――――――。
サイはレハンの口にボップンの実を放り込むと、反射的に口を閉じて噛んだ。ゆっくりと咀嚼し、ボップンの実だと分かったのか、なんの抵抗もなく飲み込んだ。
「拙者が食べさしますので、これなら邪魔にならないでござりましょう」
にこっと笑って、次のボップンの実を手に用意する。良い提案を思いついた。自身が食べないのなら食べさしてあげれば良いではないか。まさに名案とサイはあ~んとレハンに口を開けるよう促す。
レハンは呆然と眺めていたが、嫌がる様子なく口を開ける。サイの案が合理的だと考えたのか文句はなかった。そして、何事もなく止まっていた作業を再開する。
テンポ良くボップンの実を食べさし、一個分しかなかったのであっという間に無くなった。
全部食べてくれたことにサイはホッと喜んでいると。
『ピッピッピ――――――!』
ホイッスルと誤解しそうな鳴き声が隣から上がった。
それを耳にしたレハンは削っていた枝とナイフを机に置き、商品が置かれている店内へと入って行った。
ここは店頭販売と工房といった作業場が別々だが、ドア一枚と隣り合っている。
先程の鳴き声はミョピピと言う、木の葉に包まれたミノ虫みたいな魔物で、お客が来店したことを知らせたもの。
ミョピピは店のカウンター付近の天井に蔓を伸ばして吊り下がっており、店に人が入るのを見れば、店主に来店の知らせを鳴いて伝えてくれる。ミョピピはホイッスルみたいな鳴き声が特徴で、仲間とモールス信号みたいに伝達しているのをアバザスの森で見たことがある。
店にいるミョピピはレハンが飼っている魔物で、通常なら夏の蝉と同じ、騒音と鳴き続けるのだが、調教により所要がないかぎり鳴かないようになっている。けれど、店のミョピピの性格か種族の生態か話し好きなところがあり、一度声をかければ明るく楽しそうに長く鳴いたりするのだ。もう一日はずっととばかりだが、店主が来たらピタリと鳴き止んでいる。調教の賜物といったところと感嘆と若干ながら店主に恐怖を抱いてしまった。
この世界では魔物は排除する対象だけではなく、こうして共存や利用といった存在として扱われている。詳しいことは後ほど語るとして、サイはどんな客人かと気になって扉にある覗き穴から店内を覗く。
客は白と茶毛をした獣人族の牛人の男。
いらっしゃいませ、といつものように笑顔なく出迎えるレハンに、どこか緊張とした牛人の男はびしっと背筋を伸ばした。緊張が高まっているのか顔が赤い。視線を彷徨わせ、開閉と繰り返し口を動かし、妙に汗を流している。
挙動不審な牛人にいぶかしむことなく、表情を変えずに待つレハン。
そして、意を決したかのように顔を引き締めた牛人の男は後ろに回していた手をレハンへ突き出した。
「す、すす好きです!つ、つきあってください!」
アチューシャと言うバラの花弁をした赤紫の花束をを掲げて、牛人の男はレハンに告白した。
サイは覗き穴から離さなかったが、左半分の顔を手で覆う。そういえば、レハンについて重大なことが一つあった。サイにとっては驚くぐらいで他に感情はないが、他の人――特にあの牛人のような男性には一番と重要だろう。
レハンは確かに美麗美貌と人間でもあるサイが見惚れてしまうほどに美しい馬人だ。レハンを目にして恋に落ちた男は10人中9人とばかりに多い。一日最低三人は告られるほどにもてもてなのだと、『赤鱗の尻尾』の従業員から耳にした。
恋愛云々疎いサイだが、地球での小学校高学年の男の子と女の子で、好きなる条件が一番に多いのは顔だったので、これは惚れて当然なのだろうと考える。
しかし、レハンは――――。
「申し訳ありません。あなたの気持ちは受け入れません。恋人を作りたい考えを持っていません」
考えるそぶりはなく、慣れた口調でレハンはお断りする。
何故と相手が口を開く前に、レハンはそれにですね、と続けて言う。
「私は同性との付き合いは一切考えていませんので」
牛人の男の恋情を奈落へと突き落とした。
そう、この美麗美貌にして誰もが見惚れる獣人族は、正真正銘嘘偽りなく性別は男であった。
本人の気持ちは知らないが、それを知った男達はこの真実に絶望し、崩れ落ち、そして天へと嘆いた。
精霊神よ。何故女として誕生させなかったのですか、と―――――。
こうして、連日と恋破れる光景はルーベルンストの町では一種の名物となっており、レハンの告白断刀にやられる男達の連敗が新たに記録される。それは町民だけでなく余所からの男達も含めてである。町民は昔で真実に崩れたことにより周知の事実となったが、余所からの人が次なる犠牲となってしまった。だから、この牛人の男は余所から来た者なのだろう。
噂ではその記録が書に綴られているとかあったが、とりあえず。
「御愁傷様でござります…」
今にも砂と帰していく牛人の男に、ドア越しからサイは合掌をする。
本日牛人の男を入れて、四人が撃沈されるという記録が更新された。
そんな忙しい雑用とささいな悲劇のある日常で今日も仕事が終わるのだった。




