表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮忍者の異世界冒険記  作者: ちゃちゃもん吉
危険な本にご注意!?
12/24

第十一話 仮忍者、改めて現状を把握する

 ここで、ようやく異世界だと理解します。

 地平線より朝日が昇り、暗幕とした空に山吹色の光が芽生える。朝が訪れたのを知らせる朝日が地上に注がれる。

 早朝で動く人々がちらほらと出ている刻限、苦悩とした顔をした彩はベッドの上で正座をしていた。忍者修行してから鍛錬欠かさずとランニングを毎朝していることから、朝日と共に起床するのは常だった。子供ながら老人かと早起きぶりに、父親は陰から嘆いていたりしたが。

 しかし、安静しなくてはいけないらしいことから、ランニングは出来ない。だが、彩が気にしているのはそこではない。突然に頭を抱え出したが、頭痛がひどくなったわけではない。

 彩はある事実の発覚に苛まれていた。それは苦痛染みた苦悶。身をよじらせたい後悔。愚鈍でグズなことの自責。悲嘆とわだかまる黒い感情をぶつけんと拳を振り下ろす。



 妖怪の世界ではなく異世界にいるのだという情報を入手したことに今日気付くという、忍者にしてあるまじき愚行をしでかしてしまうなんて―――ッ。



 なんたる阿呆で馬鹿でまぬけでおたんこなすで、後は思いつかないがとにかく数えきれんばかりの罵倒を己にぶつけなきゃいけないほどの悔恨に陥っていた。

 朝日が昇ると同じく目が覚めた彩はおとなしくベッドから下りず、眠る前に引っ掛かっていた疑問をについて思考にふけることにした。そうしていると、まだ情報収集をしていないのに次々と金銭や国の歴史や種族についてが、頭の中にパッと出てきたのだ。

 何故何故と訳が分からないと混乱しながら、昨日の説明してくれた会話を思い出し、もしやとこの世界の一般常識はなにかと思索する。

 結果―――予想した通り、少々ながら知識を持っていた。勉強していないのに教わっていないのに、記憶は器用にもピックアップしてくれる。

 これにより、思い当った原因が確信となる。魔具、ブック・シーによるものだ。話は聞いていたが、“覚えた”という感覚だと思っていた。しかし、それは間違いで、文字通り“植えつけられた”といった感覚だった。生まれついて身についたかのようで、ふと思ったことが自然と出てくる。

 不思議というか奇妙というかといった感想はさておき。これが魔法の効果なのかと多少感動していた後に、この事に気付いたのが朝だと発覚した彩は足元の地面が無くなる絶望感が襲ったのだ。

 そして今、負け犬さながらのうつ伏せ状態に至る。妖怪の世界ではない異世界。それも日本どころか地球とはかけ離れた地だという事実に、彩はそれほど衝撃を受けていなかった。妖怪の世界だろうが地球ではない世界だろうが、中身が考えていたものとちがうだけで異世界に変わりない。

 それよりも、彩は忍者として愚かしいことを問題としている。忍者はいかなるものに察知し、一寸たりとも見逃してはいけない。なのに、気付くのが遅すぎだと悔やんで落ち込む。

 そこにノックが鳴り、返事を聞かずに扉が開く。入って来たのは、ここの宿屋の店主メイベッサだった。


「おはよう。起きて――……どうしたんだい?」


「……ふがいない拙者に落胆しているのでござります」


 あまりの落ち込みぶりの彩はメイベッサがいるのにも関わらず、むしろ返事をしたが視界に入っていなく、感情の丈をぶつけんと師匠申し訳ありません、と天井に叫んだ。

 そんな姿をメイベッサが若干イタイものを見るような目つきとなっていたが、彩は自分の悲嘆に気がいっているため気付くことはなかった。





 かちゃんと朝食を食べ終えて、さてと彩は平常心に戻る。

 一心不乱にネガティヴに陥っていた彩にメイベッサが落ち着くまで待っててくれ、話せるようになると体調を尋ねた。昨日の仰け反りそうな頭痛は気になる程度に治まり、眼の熱は無くなったことを答えれば驚かれてしまった。彼女曰く、たしかに初めより苦痛はマシだが、動くのに支障が出てしまうくらいで、そこまで治ることはそうそうないんだとか。思ったよりも影響は受けていなかったかもしれないと推測したが、悪化する恐れもあることから寝なくてもいいが部屋から出ないよう言い聞かせられる。

それから、メイベッサは仕事で忙しい為、食事の時しか来れないこととヌメルヤが夕方に訪れることを言い残し、部屋を出て行った。

 その後も、彩は忍者としての反省と沈んでいたが、パンとスープのごはんを食べたことで落ち込みを終了する。

 落ち着いたところで、改めて現状を把握しよう。幸にも不幸にもブック・シーによって、この世界についての情報を手に入れた。その情報を基に、もう一度整理する。


・ここは異世界で名前は『ジヴォートノエ』。

・この世界には獣人族・鳥人族・海人族・蟲人族・竜人族の五つの種族がいる。

・今いるところはシュムホッサス国のルーベルンストの町。

・科学的なものが主ではなく、魔法と気術といった力が当たり前にある。

・酸素と同様にマナというエネルギーが空気中に漂い、人の体にもあり、生きるのに必要。

・動物ではなく魔物という危険な生物が自然界に跋扈している。

・自分と同じ人間はこの世界には存在しない。


 簡潔・単純と要約にまとめて挙げたが、当初妖怪の世界と勘違いしていた時と同様、肝心なことが不明となっている。

 それは……元の世界に帰る方法。どうやってこの世界に来てしまったのかも分からないが、偶発的な神隠し現象なら、来た時と同じ方法を使うのは確率的に低い。

 また記憶を遡らせると、最後に目にした花火をしようとした若者らのところまでで、次には森の中となっている。今、考えられるとしたら、花火を打ち上げた時になにかが起こったのではないだろうか。だが、そうなるとしたら間近にいた若者ら四人も一緒にこちらに来ていることになるが、どこにもいなかった。

 そもそも、人里に近かったとはいえ、彼らは何故あんなところで花火をしていたのだろう。最近花火暴発事件で使用禁止とされていたから、人目につかないような場所でやっていたのだろうか。何故あんなところで花火をしていたのかと疑問は尽きないが、考えたところで当人に聞かなければどうしようもないと彩は頭を振って、きっと彼らは地球にいるのだろうと決めて本題に戻る。

 しかし、本題に戻ったとしても、結局のところ分からない。全てを植えつける前に助けられたことから、どこまでの一般常識と歴史の知識があるのか知らないが、その中に手がかりになりえるものすらなかった。まあ、全部持っていたとしても、異世界渡りに繋がる情報があることは見込めない知識内容だから、望みはないだろう。

 ならば、今度は異世界に渡る術についての情報を集めるしかない。魔法と言う物語にしかないと思っていた非科学現象があるのだから、どこかに最低一つでもあるはずだ。一番は当初予定していた、人が集まりやすく気を緩ませる場で話を聞くこと。これがあろうがなかろうが、最も情報を集めやすい。

 しかし――彩はこれに躊躇いがあった。仮の忍者ではあるが、その技術は体術といった忍器・忍術といったもので話術は一切教わっていない。別に話を聞くだけなのだから忍術関係なく尋ねればいいのだが、ブック・シーから得た知識にある情報から、ある事実に気付かされたことで迷いを生じさせていた。

 それは―――……。


「この世界に“人間”は存在しないんだよね…」


 人間がいない世界。まして、人間という言葉もないかもしれない世界。昔話や物語にも別の世界に行ってしまう展開が多種とある。

 一番有名なのは『不思議の国のアリス』。時計ウサギを追いかけて穴に落ちたら、そこは不思議の世界。時計ウサギがどこにいるのか不思議な住人に尋ねながら冒険する話。その世界に人間はいたし、災難に見舞われたりするが、異物として見てはいなかった。ただ不思議な世界に迷い込んだ少女という立場だった。経緯や世界観は異なっているも、自分もアリスと同じように違う世界に来てしまった。

 けれど、人間の姿をさらけ出して、この世界に関わって何事もなく済めるだろうか。アリスのように転々と進める、なんていくはずがない。異質な存在を目の当たりにすれば、約8割近く排除傾向に行く。

 地球ではただ普通からズレただけで仲間外れになる。いじめがよくある例だ。気に入らないから、うざいから、むかつくから、そんな気持ちで目につけた人間を虐める。面白半分に暴力を振るい、虐めている相手の所有物を破ったり隠したり、時に存在を無視する。周りは巻きこまれたくないために、虐める人間と同じくするか見て見ぬフリをする。

 彩も小学四年の頃、同クラスで虐めがあった。顔に変なあざがあるからというだけで、わざと仲間に入れず、はみ出し者扱い。彩にしたら、あざがあるだけのそこらの子と変わらないと思うだけだったが、彼らは変だのおかしいだの気持ち悪いと詰っていた。その時の彩は髪を引っ張られて泣いていた子を助けて一緒にいるようにした。そしたら、彩自身も虐めの対象になった。

 助けただけで、あざがあるだけで、どうして虐めてしまうのだ、と彩は母に尋ねた。

 母は言った。他人とは違うから、無意識にでも異質だと見てしまうから、虐めが起こるのだと。自分達に無い生理的嫌悪感を抱くものがあれば、そうした排他的行動をしてしまうのだと、母はとても悲しそうに教えてくれた。今はストレス発散で弱い者を虐めるといった理由が最も多いとも。その後、いじめられたと聞きつけた剛三郎が虐め対策を教授して来て、それで虐めを無くした余談がある。

 とにかく、人間は異質と感じるものを排除しようとする。もし、この世界の住人が人間の世界に行ってしまったら、何もしていなくても危険な存在と決めつけるだろう。受け入れてくれる人間はいるだろう。 しかし、大半は排他しようとする。人間じゃないから。

 それはこちらでもそうではないのかと彩は不安を感じていた。妖怪の世界ではないが、この世界にはいない存在―――人間だとバレたら、恐がるだけでなく排除しようとするのではないか。バレてしまったらどうしよう、そんな恐れが聞けれない心情になっていた。


「他に人間はいない…私だけってこと?」


 異世界で人に近しいが彩と同じ人間ではない。人間がいないということは彩の知っている人はいない。

 心配性の父も、いつも笑顔の母も、鍛えてくれる剛三郎も……大切な家族がどこにもいない。誰も……いない。


「私、だけ…?人間は……私だけ………わ、たし、は…」



 わたしは……ひとりぼっち――…?



 彩の瞳に陰りが覆い、揺らぐ心が身体に及んだのか、ぐらりと平衡の喪失感に落ちた感覚になる。それによって、無意識に震えていた唇が内に思っていた言葉を発しようと開いた―――。




――― 心に惑わされるな。心を制しろ。恐怖に呑みこまれるな。恐怖に溺れそうなら…一発ぶつけろ。




 突如、脳裏に剛三郎の言葉が蘇る。彩は失いかけていた光を瞳に戻し、沈んでいた頭を振り仰いで、思いっきり壁に頭突きした。

 ゴツンッと痛覚が脳の中心につんざき、チカチカと視界が光る。くらっと倒れるのを堪えながら、ふ~と深呼吸する。

 彩は忍者知識を思い出す。忍者秘伝書の一つ『萬川集海』(伊賀・甲賀に伝わる忍術全四十九流の集大成で、質と量ともに忍術秘伝書最高位の書物)にある「堕帰に入る術八ヶ条の事」の第八条に忍術の三病というものがある。「忍術の三病は一に恐怖、二に敵を軽んず、三に思案を過ごす。此の三つを去りて電光の如く入る事云々」とあり、意味は恐れるな、侮るな、考えすぎるなと己を戒める心がけである。恐れては前に進めず、侮れば慎重さを失い、考えすぎれば的確な判断が出来ない。

 忍者は敵の渦中にて動きまわっているため、常に死と隣合わせ。仕える主に有利とするために諜謀・暗殺といった裏仕事を成し遂げることを第一とする。それも酷く卑劣で卑怯な方法を使ってでもやり遂げる。戦の有る時代において、一瞬足りとも気を緩ましてはいけなかった。自分の死が主の危険に繋がるからだ。


『だからこそ、忍者は“忍”の字通り、心に刃を当てて心を殺していた。でなければ忍者はやっておられんからのぉ。けれどな、この三病は時代が変われど大事なものだ。恐れたら何も出来ぬし、侮ったら成長せんし、考えすぎたら深みにはまって周りが見えんくなる。特に恐怖は消せるものじゃない。なくそうにも、この恐怖はうっとおしいくらい酷く重い。それも精神面か肉体面でかで錘の形が違うってもんだ。根本は自分と向き合うことだが、そうするにあたるには恐怖によってまちまちと違うやり方をしなくてはならない。昔はカウンセリングなどなかった。しかし、一瞬だけ恐怖を拭い去る方法がある。一時しのぎではあるが、効果はあるぞ。それはな…思いっきり頭をぶつけることだ』


「“それによって、ごちゃごちゃしていた思考がリセットして、恐怖も吹っ飛ぶからわずかの間に落ち着かせて切りかえろ”って言ってたけど…割れるほど痛いよぉ…」


 いつつ…と額を恐る恐る擦り、彩は呻いていたが、その目には不安が消え去っていた。バレた時のことを今考えてもしかたない。やらなければ、なにも始まらないし、結果が見えてこない。事実を認めないわけではない。植えつけられた知識にあることは真実としか言いようがないため、誤魔化しようもないから、受けいれるしかない。

 この世界で人間の種族は自分だけなのだということを……。

 けれど、それだけだ。それ以上の感情はない。正直、ごちゃごちゃ考えすぎて、知識が植えつけられても分からないことが大半だった。言葉だけで意味を知らないといった状態である。だから、分かるところだけで一時止める。知って、そこでおしまいとはしない。そこから、次にどうするかと切りかえること。

 また先行き不安思考に入ってしまったら、ド壺にはまってしまう。そうならないようにするには…ポジティブ精神―――楽しい方面に向いていけばいい。気持ち次第で、ささいなことだろうとも楽しくも恐くもなる、と彩は聞いたことがあった。

 だから、楽しいと思えること、楽しいと思えること―――…。後はその気持ちを喧嘩売るように口にして叫べと剛三郎が言っていたことを実行と、彩は腹に力を入れる。


「えっとえっと……ここが違うからなんだ!遊園地に来たと思えばいいじゃないか!あこがれのディズニーリゾートに来たんだって!ディズニーキャラに会えたんだって喜べばいいんだ!夢の国に来たんだ!どんなもんだ!!」


 彩はどやと天井に拳を突き上げる。喧嘩を売ったように言えてはいないが、叫んだことですっきりとしていた。

これが気持ちを切りかえるといった感じなのだろう。先程の恐怖が無くなっているように彩は感じていた。

 ぐっと両手拳を握り、彩はロングダウンコートを脱ぐ。表れたのは忍者姿の彩。

 代々続くわけでもなく使命でもなく、アマチュア的にやっている平成の忍者。しかし、戦国時代の忍者に負けない、彩の中で最強だと思っている『天川 剛三郎』より教えられたので、免許皆伝をもらっていないが、己は忍者であると思っている。予想外すぎる展開に試験が強制中止状態になっているものなので、正式ではないから、あえて“仮忍者”と彩は心の内に名乗っている。

 師匠から合格の言葉がなければ、忍者なのだと思っていても自分は名乗ってはいけないと言われている。それが天川忍者の決まりとなっている。


「拙者は仮忍者。しかし、忍者の本分は変わらず。目的達成のためには執念深くもって追いかけること。どんな無茶でも必ず成し遂げる。絶対に……見つけてやるでござる!」


 家に帰る方法を見つける。必ず家族のもとへ帰るのだ、と彩は意気込み、ロングダウンコートを羽織り直した。子供だから出来ないなんてない。なにをしてでも見つけてみせる。

 よしっと顔を上げた―――その時、忘れかけていた頭痛ががつんと襲ってきた。

 彩は頭を押さえて呻きながら、ベッドの上で立っていた足を膝つかせて座りこむ。気になる程度だったのに自ら悪化させることをして、頭痛が再発した。気持ち悪いほどにいたっていないのが大助かりだった。

 さて、改めてこれからのことを思案としよう。情報収集がてら金銭稼がなくてはならない。門番は子供でも雇ってくれると言っていたから、なんとかなるだろうから―――…あ、でも、“これで”大丈夫なのなのだろうか…。

 彩は今更ながら、今の自分の姿に疑問を感じる。人間ということを隠すためと包帯巻き忍者装束では目立つだろうからとロングダウンコートを上から着たのだが…こんなマミー人間もどきを雇ってくれる人はいないのではないか。

 どうしよう……彩は先程とは別の不安に頭を抱えた。うんうんと呻りながらベッドの上をごろごろする。忍者の三病を出してしまった彩はそのまま夕方二人が来るまで考え続けてしまうのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ