七、瑕
男と女、其の弐
その女はふらりふらりと通りを歩く。からだのいたるところに蒼い痣が刻まれ、口の端から血が流れていた。
だが女の眼には澱みがない。きっとからだの芯にはまだ傷みが走っている筈。目に宿るその強い意思は、間違いも何もかも受け止めているようだ。
周囲が向ける奇異の視線をものともしない。女の身に起こったであろう悲劇はその瑕が告げている。
だが女にとって大切なのは、からだに受けた瑕ではない。女として決して譲れぬ何かを穢されてしまうことが要なのだ。それを失ってしまえば女はただの雌豚に成り果てる。ひとがひととして必要とするそれの断片は多いが、女という価値観の中にあるそれは多くない。
「大丈夫かい、あんた」
不意に女に声を掛けたのは一人の爺。好々爺然とした柔和な顔、曲がった腰、握られた杖、皺枯れた声は小さい。
女は爺の声を無視して歩く。爺は「待ちなされ」と女の腕を掴んだ。
「手当てをしていきなさい」
「はなして」
「血が出ておるぞ」
「はなして」
「怪我をしておるではないか」
「はなして」
「野盗に襲われたのであろう」
「ちがいます」
「何が違うのだ」
「野盗を食ったのです」
「だから犯されたのであろう」
「いえ、男どもに抱かせてあげたのです」
「どうしてそんなことを言うのか」
女はじっと爺を見た。なるほど好々爺然とした姿からも分かるように、長い人生を無駄に歩んできたのであろう。この爺は勘違いをしている。女は男どもに犯されたのではない。例え男どもが犯したと抜かしたとしても、女はそれを認めないだろう。
女の心が屈した訳ではない。たとえ力で負けたとしても、心まで屈してはいない。否、屈してはならない。
「私は女ですわ。女は男に抱かれるのではありません。女は男に抱かせてあげているのです。どんなに偉そうな方でも、女のここから生まれたのですから」
女は誇らしげに笑い股を軽く叩くと、また通りを歩き出した。
「女は強いのう」
爺は頭を掻きながら女の後姿を見詰めていた。




