拾参、闇
髑髏逸話、其の五
己が降り立ったそこが、地獄だと俺は知っている。
罪を犯した者が辿り着くのは常に地獄。罪が赦されることは決してない。限りなく連鎖し限りなく責め立てる。
だが地の底だからこそ、見上げることが出来る。見よ、この地獄でも空は高い。例えそれが血の色をしていたとしても、限りなく高いのだ。
俺は地面を踏みしめると、ゆっくりと歩き出した。罪は償うべきだ。地の底でもがき足掻く運命だとしても、それでも。
「あんたは何処から来なさった」
道端に転がっている骸が視線を向けて私に問うた。
「上から来た」
「ほう、上から」
「ああ」
「あんたは何を求める」
「償いを」
骸はケタケタとさも可笑しげに嘲笑った。償いという答えがあまりにも愚かだからか、それとも求めること自体に対する侮蔑か。
「お前はそこで何をしている」
「骸は路傍に転がるのみ」
「お前も罪人か」
「既に百年転がっている」
「馬鹿か、お前」
「届き得ぬそれを求める阿呆に言われとうない」
じっと骸を見詰めていると、骸はまたケタケタと嘲笑った。
「己の弱さがそんなに可笑しいか」
「あんたの愚昧さが可笑しいのよ」
骸は既に腐り果てている。ここで過ごした百年は、もしや骸を甘やかしたか。
弱さは罪だ。いや、委ねる強さがない弱さは罪なのだ。己だけで生きているなんざ猿でもほざかぬ。だが強さも罪、他人を貶め傷付け砕くだけの暴力なんぞに価値はない。
有事の兵、平時の官吏ではないのだ。力の価値観なんぞ屑の戯言に過ぎぬ。ここは地の底、地獄の果て、ならば在るは罪悪のみ。
「骸よ、空を見ろ」
「空なんぞどこにでもあるぞ」
「そうさ、どこにでもある。それが答えだと何故気付かぬ」
骸はしんと黙った。そしてそのまま、ただの骸となった。もう何も語らぬ屍骸へと。
「くだらぬ」
小さく呟いて、私はまた空を見上げた。血の色をした空は何処までも広く、そして何処までも澄んでいた。
そこに何かが潜んでいたとしても、いつか必ず駆け上がろう。
こころに潜むその闇を、いつか貫き償う為に。