第38話 太陽の女
「カンッ!…カンッ!…カンッ!」
「………」
ノックしたが部屋の中からは返事がなかった。
「あれ……マダムは留守か……」
ベンがそう呟いた直後に扉が開いた。
「ガチャッ…」
中から紫装束の男が出てきて、口を開いた。
「私はこれで失礼する。中にいらっしゃるノッテ様より…入ってもらって構わないとのことだ」
「承知しました。ありがとうございます」
「では、私はこれで……」
男はそう言い残すと颯爽と立ち去り、1階へと続く大階段を降りて行くのが見えた。
「ベンさん今の人は…?」
「たしか魔導具学科の教師だ…名前まではちょっとわからん……よし。入るぞ」
「ガチャッ」
ついにベンはノッテ・マザーの部屋の扉を開け、私たちは中へと入った。
「ガコッ」
扉が閉まると、すぐにベンが口を開いた。
「マダム…基礎魔法学科のベン・グラフです。失礼いたします」
私たちが足を踏み入れたのは、吹き抜けの大広間に面した回廊であった。
見下ろす先には広々とした空間が広がっており、天井には黄金の大きな太陽の装飾が施されている。
部屋の奥に設けられた大きな窓はアーチを描き、その向こうには氷河が聳え立つ極寒のラルムールの地と、囲んでいる氷河をも凌駕する巨大なスタジアムが見えた。
「ベンちゃんね〜待ってたわよ。どうぞ降りてきてちょうだい」
姿は見えないが、私たちが立っている回廊のちょうど真下から、かつてオリベル家にいる時に本から現われたまさにノッテ本人の声が聞こえる。
「ただいまそちらへ…」
「コツ……コツ……コツ……コツ」
回廊から1階へと続く螺旋階段を降りていく。
壁には三角帽とローブコートが描かれた魔法王国ラルムールの紋章旗が垂らされ、白い装束の男の肖像画も三枚飾られている。
全員、歴代の校長だろうか……
階段を降りたベンがすぐに口を開いた。
「マダム…私の連れも一緒ですがよろしいでしょうか…」
「連れ?ええ……全然大丈夫よ」
大きな執務机からノッテが立ち上がり、私の方へ目を向けた。
ノッテが私に気づく前に、私はノッテに話しかけた。
「初めまして……いや。お久しぶりと言ったほうがいいでしょうか。覚えておいでですか?マダムノッテ」
私の背もかなり伸びたが、オリベル家で炎として現れたノッテは、実物大の大きさではなかったようだ。
ノッテは大柄のベンよりも、さらにひとまわり大きかったのだ。
白い三角帽から伸びるウェービーな金髪が白いローブコートの肩に当たっている。この国へ来て初めて出会う白装束だ。そして、燃えるような紅い瞳。まさに『太陽のノッテ・マザー』と呼ぶにふさわしい。
目を見開き、ノッテは驚いて言う。
「あら…時の流れというものはこうも早い物なのかしら。忘れるはずないわ…ボーイポルテ……」
「名前まで…流石ですマダム」
「アッハッハッハー。相変わらずね…いい男になりそうじゃない?ねえ、ベンちゃん」
「な…ポルテ…マダムにお会いした事があったのか!?」
「はい。すみません…隠すつもりはなかったのですが、島にいる時に…本から出てきたマダムと話しました」
「本って………まさか。いや、でもそれで存在を知っていたってわけか…」
「そういうことです」
ノッテは執務机から、大きな窓の前にある煌びやかな応接机の方へと歩いて移り、ゆっくりと腰掛けた。
「どうぞ、あなたたちもかけて」
私とベンも応接机を隔てたノッテの前の椅子に腰掛けた。
「ところでポルテちゃん…本はまだ持ってるの?」
「えぇ。もちろん……ほら」
私は何も考えず腕と身体の間にアイテムボックスを作り出し、そこから『魔法学のすすめ』を取り出して、応接机に置いた。
「え…ちょっと…本より…あなたそれ」
「あぁ……アイテムボックスですよね。ラルムールに着いてからはバレないようにはしてたんですけど。お二人になら別に良いかなと思って……」
「本当によかったわ私たちだけで……アイテムボックスなんて私ですら伝記でしか読んだ事がないわよ…」
「伝記!?…稀だとは思ってはいましたが、そこまでとは……」
「『魔法学のすすめ』に『アイテムボックス』…私なんて両方とも作り話と思ってたぞ……」
「信じられないわ……ポルテちゃん。アイテムボックスの存在…他に誰が知っているの?」
「えっと…。私の故郷にいる仲間たちと、ここへ一緒にきたイヴ。それにベンさんとマダムノッテだけです」
「そう……ベンちゃん!今後、アイテムボックスのことは誰にも漏れないように注意して」
「もちろんです…マダム」
「ポルテちゃん。あなたが1番気をつけないといけないわ。最悪の場合、あなたは世界中から狙われかねない。そのアイテムボックスのせいでね」
「いやいやいや…そんな大げさな……」
「おい!ポルテ…マダムは冗談で言ってない!!」
「ボォオオオオオオ!!!!」
「熱っっっ!!!」
ノッテの金の髪は広がりやがて炎となった。
大きな身体から、太陽フレアのごとく炎が周囲へと飛び散る。
ノッテはきつい口調で話し始める。
「ポルテちゃんんん。何か勘違いしていないかしらぁあ。私は校長でもあるけど、この国の白装束でもある!国を守る責任があるのよぉおおおお」
「マダム!彼はまだここへ来たばかりです!!そこまでは汲み取れないかと!!!」
ベンは焦った様子で仲裁に入った。
炎の生き物のようなノッテの髪が、そして身体からほとばしる炎がゆっくりと元へと戻り、消えていった。
「それもそうね……悪いことしたわ」
「いえ…私の方こそ軽はずみでした。しかし…それほどにこの国の均衡は緊張状態ということですか…マダムノッテ…」
マダムは少し驚いた表情を見せたが、元の表情に戻ると冷静に呟いた。
「まだ若者のあなたに心配させてしまった……私ったら白装束失格ね。あなたをここへ来るようにけしかけておきながら……」
「私は自分の意思でここへ来ています!」
「ウーフフフッ…相変わらず紳士ね」
「アイテムボックスのことは他言するつもりはないのでご安心ください」
「お願いね…」
ベンがブリーフケースから封筒を取り出し、ノッテに差し出した。
「マダム…こちらを」
封筒を受け取ったノッテが封筒の中から取り出した書類を見ながら呟く。
「ありがとう…285万3875人だったわね。今年も大変だったわ」
「お疲れ様です」
「去年より多かったわね」
「えぇ。おおよそ5万人ほど」
「あの……何の人数ですか?」
「あぁ悪い。ヴリードからの試験志願者数だよ…」
「マジックフェスティバルの入学試験ですか?」
「あぁ。大帝国にはジェムの魔法適正科もあるが、マダムノッテの元で学ぶため大帝国からの受験生も多い。まぁ、それを許すことが寛大に思える一方で、皇帝エドワードからすればラルムールにヴリードの国民を定着させたいのが大きいだろうがな」
「アーーーハッハッハ!私は全然気にしないわぁ〜。みんな可愛い生徒たちよぉお〜〜」
「フフッ…マダムの寛大さが本物ってことですね」
「ハハッ…そういうことだ。マダム…私からのお願いがありまして…ポルテともう1人イヴという少女の受験の権利を承諾していただきたいのです」
「ベンちゃん〜この流れで断れないじゃないの。策士ねぇ〜〜あなた」
「恐縮です。マダム」
ノッテは立ち上がり、職務机の引き出しを開け、私たちの方へ戻って来て言った。
2枚ある紙を私とベンの前に一枚ずつ並べた。
「全くもって問題ないわ。この紙に魔力を…暦はマジックフェスティバル当日の日付よ。イヴちゃんのことは紫装束の教師であるベンちゃんの承諾の元に許可します」
「ありがとうございます」
そう言うと、ベンは紙に手を置き、魔力を流してから手を離した。
「ボウッ………フッ」
紙が燃え、火の玉になるとノッテの手のひらの上で消えた。
「さぁ。ポルテも」
「あ、はい」
紙にはいつの間に書かれたのかドーン文字でこう書かれている。
『汝、貴学の叡智を求め ノッテ魔法学校入学試験に心血を注ぎ その門戸を叩く資格を証明せん
ドーン暦10000年9月1日ポルテット・エウトピア』
「ボウッ………フッ」
魔力を流すとベンと同じように紙が燃え、また火の玉になるとノッテは手のひらの上で炎を握りしめ消してから口を開いた。
「ラルムールからの受験生は231万121人だから2人増えて231万123人ね。ポルテちゃん。魔力の器…あれからものにしたのね」
「フフッ……もちろんです」
私が応接机の上の本に目をやると、ノッテは言った。
「魔法学のすすめはあなたが持っていなさい。私たちの思い出にね…ウーフフッ」
「良いんですか?この本で他の魔法使いの子供たちを見つけないと」
「エドワードが皇帝になって世の中の構造は変わったし、今はもう必要ないわ。
その本ももう60年以上前のものよ。なぜ残っているのか不思議なくらい。その本で誰かに呼び出されたのも島にいるポルテちゃんが50年ぶりだったのよ?」
「60…って。マダムは一体いつから校長を……」
「あらやだ……内緒よ。歳がバレるじゃない。そんなことより、あそこにあるスタジアムがマジックフェスティバルの会場よ」
「やっぱり。ロックスタジアムですよね」
「そうよ。十分大きいけど、中はもっと広いわよぉ〜」
ノッテは執務机の方へ戻り、ゆっくりと腰掛けた。その姿を見ながらベンが呟く。
「楽しみですねえ、マダム。開催までの3週間がとても長く感じる。ポルテ!当日はボード・ストリートの映像が全てロックスタジアムの中に変わるんだ」
私はまだ外のスタジアムを眺めながら呟く。
「まさにお祭りですね。でもここからどうやってスタジアムに行くんですか……」
「ここは西館だ。東館1階の回廊を進めば入れる。ロックスタジアムは普段、講義でも使ってるからね」
「東館まであるんですか」
なるほど……あれだけのサイズのスタジアムも体育館扱いってことか。
それにしてもあのスタジアム、ヘタしたらウイ島くらいあるんじゃないか?
ふと目を向けると職務机に腰掛けたノッテが何やら身支度を始め、そして立ち上がった。
暖炉の横に立てかけられた、真っ赤な長い胴体に黄色い装飾のついた頭部を持つ長い杖を手に取った。
その時、私はイヴのレイピアのことを思い出し、ノッテに聞いた。
「その杖はマダムのノーブルアクトですか?」
「そうよ!…ごめんなさいね。ベンちゃん、ポルテちゃん…私そろそろ行かないといけないの」
「ポルテ。私たちもそろそろ行こう」
「マダムノッテ!もう一つだけ聞きたいことが!」
「フフッ…どうぞ。まだ大丈夫よ」
「ありがとうございます。さっき話したイヴという少女の件です。ノーブルアクトにレイピアを持っているのですが…先日、刃が折れてしまって…」
「なかなかある事じゃないわね……考えられるのは刃身の横から相当強い衝撃があったか…その子が紡ぎ出した魔力がそのレイピアの密度を超越したか……この2つに限るわ」
「間違いなく後者です」
「フッフッフ…そう……有望そうな子ね。それで…聞きたいことは何かしら?」
「イヴには使い魔のブルームウルフがいるのですが……」
「使い魔…それにブルームウルフまで…………続けてちょうだい」
反応を見るに使い魔がいることはノッテからしてもかなり珍しい事なのだろう。
「はい…使い魔はノーブルアクトにしまう事ができると小耳に挟みまして。…でも、レイピアが折れる前も彼女と使い魔は外で一緒にずっと行動してきました」
「なるほどね。それで次のノーブルアクト選びはどうするべきかと言ったところかしら?」
「はい。その通りです」
「ノーブルアクトは名前こそついているけど今だに謎が多いものよ。完璧に自分に合うものを見つけられないまま、人生を終える魔法使いも多い」
「一朝一夕で見つかるものでもないってことですね…」
「そうよ。それにブルームウルフは上級精霊。そこら辺で見つけたようなノーブルアクトになんて住みたくないわよ……私もこの杖に出会うまでかなり苦労したわ」
「んん〜なるほど……」
「ベンちゃんと一緒にシルバちゃんの店に行ってみるといいわ。私よりよっぽど詳しいはずよ。
それに、良いノーブルアクトが見つからなくても使い魔がいるんだから見つけやすいはず。気長に2人で探しなさいとイヴちゃんに伝えてちょうだい」
「ありがとうございます。マダム…すみません時間大丈夫ですか?」
「良いのよ。大丈夫!少し余裕を持って行けそうだから。あなたたちは今からどこへ?」
「ポルテと一緒に、友人の店に戻ります」
「あぁ。さてはハンドちゃんね?」
「えっ!マダム。あいつはここの職員じゃないですよ?」
「アーーーハッハッハ!あなたたちのことは学生の頃から覚えてるわよ〜。それに今から魔法薬剤会の会合よ。あれ?でも…てっきりあなたたちも今から見に行くものだと思っていたのだけど…ハンドちゃん店にいないでしょ?」
「何の話です?」
「あら…。ハンドちゃん言ってなかったの!?『緑蝕病』の新薬を発表するそうよ。認められれば歴史的な快挙よ?」
「えぇ!?まったくあいつ……よく喋るのに肝心なことは言わないんだなぁ」
「でもベンさん!昼から用があるって言ってましたし……わざと言わなかったのかも」
「あぁ。それだな…そういうやつだったの忘れてたよ…水臭いやつだ。マダム…我々もあとで少し見に行っても?」
「えぇ。13時半にラルムール国民館よ。おそらくハンドちゃんはもう会場にいるはず」
「まだ1時間半あるな…ポルテ、一度店に帰ろう」
「はい」
「フーフッフ…それじゃあ、みんなで出口まで行きましょう」
ノッテとともに私たちはまた長い回廊を歩いて行く。
まだ講義中のようで生徒の姿は見えない。その代わり教師であろう紫装束の者たちとはよくすれ違う。
その度に紫装束たちは足を止め、三角帽に手を添えながらノッテにお辞儀する。
「皆んながマダムに……」
そう呟いた私にノッテは微笑み、ひまわりのようなウェービーな黄色い髪をたなびかせ私たちの前をどんどん歩いて行く。
そしてようやくベンのロッカールームを通り過ぎ、セルラと出会った大階段を降りた。
入口は完全になくなり、校舎の壁と化している。
ノッテが慣れた様子で石の台に触れるとまた私たちの目の前にラルムール・ボード・ストリートが姿を現した。
「ゴーン、ゴーン…カチコチカチコチ…」
私たちは時計塔の真下へと到着した。
ノッテが私たちの方に振り返って言った。
「ハンドちゃんの店よね?それじゃあ…私は先に向かうわ」
「ありがとうございます。後ほど!」
「おそらく国民館で話す時間はないはずよ。ポルテちゃん…次会えるとしたらマジックフェスティバル…もしくは……私の生徒になった時になるはずよ!」
「あなたのおかげで私はラルムールまで来られたんです。入学試験 頑張りますよ!こうなったら!」
「アーーーハッハッハ!頼もしいわぁあ!!期待してるっ。それじゃあベンちゃん!シルバの店もまたこの子たちに教えてやってちょうだい」
「承知いたしました!」
「あ!ノッテ様だ!!」
「校長ー!!!」
「マダムノッテー!!!」
「アーーーハッハッハ!!!ごきげんいかがー皆さーーん」
すでに魔法学校の入口は閉ざされ、ノッテはボード・ストリートを人々の歓声に包まれなが颯爽と歩いて行ってしまった。
「ふーー。よし、行こうか」
「フフッ……そうですね
ノッテと別れた私たちはハンドのいない魔法薬剤店メディカモルドへ帰ってきた。
「ガチャッ……カランカランカランッ」
店の扉を開けるとイヴの笑い声が聞こえてきた。




