かずみくんね
優しくないと壊れてしまう少年と、頑張ることでしか自分を保てない少女の、一夏の物語。
読んでくださる方の心に、少しでも残るものがあれば嬉しいです。
8月14日僕は死んだ。
何も言わずに、何も残さずに。
きっと誰も困らないと思った。
僕がいなくても、世界は何にも変わらないと思った。
ー
「かずきー!遅刻するよー!」
朝から元気な声が耳に入る。
「はーい…」
「朝ごはん食べるの?」
「食べる」
「いい加減一人で起きれるようになりなよ!」
そう姉ちゃんは言う。
でも、甘えてくる弟の方が姉ちゃんは嬉しいんだろ?
知ってるよ、昔から世話焼くの好きだもんね。
「かずき、おはよ」
「おはよ、母さん」
「ふぁ〜」
母さんは夜遅くまで仕事をしてる。
父さんはいない、離婚か死別か。
聞いたこともないから知らない。
聞かない方がいい気がするから。
どっちにしろ母からすると嫌だろうし。
「かずき、今日も遅くなるだろうし、いつものでいい?」
そう言って机の上の千円札を指す。
母さんの手料理は小学生以来食べてない。
ましてや出来立てなんて
「うん」
「いってきます」
千円を財布に入れて学校に行く。
6月だと言うのに30度を超えている。
梅雨明けでジメジメした暑さが肌にへばりつく。
「おはよ!かずき!」
「うん、おはよ」
「なんだよ寝不足か?」
「いつも通りだろ」
「あははは!」
「あ、みろ!K高生だ!」
すれ違う紺色のセーラー服。
白いラインの入った襟に、赤いスカーフ。
近くの進学校として有名なK高の制服だ。
「そうだな」
「やっぱり美人多いよなー」
「確かにね」
「制服も際どいしさ」
「うちの高校も可愛いだろ」
「K高はセーラーで可愛い!」
「K高行けば良かったじゃん」
「こっち来なかったら一輝寂しかったろ?」
「あははは」
セーラーもブレザーも興味ない。
知らない人をそんな目で見られる神経は、昔から苦手だった。
隼人は気づかず、まだ笑っている。
ヘラヘラした横顔を見ながら、僕は少し息を吐く。
でもこいつはいい奴だ。
小学の時いじめられてた僕を助けてくれたし。
今この瞬間も仲良くきてくれている。
だから、そんなこと口にしない。
*
ヒグラシの鳴き声が耳に入る。
まだ6月なのに蝉が出ている。
西日が水平線に消える前に薄暗い光で周りを灯す。
コンビニで半額シールが貼られた弁当を取る。
残りのお金で切れそうなキッチンペーパーを買う。
自動ドアを抜ける。
じめっとした暑さがまた身を包む。
ドンっ
背中から衝撃が走る。
前のめりに倒れる。
「あ!すみません!」
「いや、大丈夫…」
「いや…でも…あっ」
弁当がぐちゃぐちゃに地面に広がっていた。
「…ほ、本当にすみません…」
K高の制服。
涙目。
女の人。
「ごめんな、ごめんなさい…」
泣き出してしまった。
どうしよう…
「…え、いや、お、怒ってないから!」
「…ひっぐ…」
やばい、視線が集まってきた。
「と、とりあえずこっちきて」
日没の誰もいない公園。
普段来ない場所だからかな、少しドキドキする。
「ごめんなさい…」
ベンチに二人分の距離を空けて座る。
何を話せばいいのか分からず、僕は買ったばかりのジュースの蓋を意味もなく開けたり閉めたりしていた。
彼女は膝を抱えて、時々小さくしゃくりあげる。
あれから二十分ほど経って彼女は泣き止んだ。
「いや、怒ってないから、ね?」
「いや…10分近く泣いちゃって…」
「それにジュースも貰っちゃって」
「いえいえ…」
「…」
「…あ」
「どうかしました?」
「知らない人から物もらっちゃダメって言われてた!」
「え?」
「名前教えて!早く!」
「えぇっ!」
「早く!」
「時間で変わりますかね!?」
「いいから!」
「み、宮下かずみです…」
しまった…
今、噛んだ……
変に思われたかも。
「よし、かずみくんね!可愛い名前だね!」
「いや、ちがっ…」
「あ!もうこんな時間だ!」
「かずみくん時間大丈夫?」
「いや、僕は気にしないでください…」
「そう?そっか…」
「はい…」
「はぁ…」
「お弁当どうしよ…」
「いえ、大丈夫ですから…」
「本当に?」
「はい」
「本当のこと言って」
「…」
…本当のこと?
なんでだろ、嘘ついてないのに、さっきの言葉が出ない。
「……困ってます…」
「…」
「だよねー…」
目の前の女の子は気まずそうに目線逸らした。
多分すぐ顔に出る子だ。
「うわー!どうしよ!」
「で、でも…」
「あ!うち来る!?」
「いや…」
「お詫びも兼ねてご馳走しないと!」
「ちょっ…」
少しじめった手、跳ねる声、アスファルトの匂い。
多分この日のことは走馬灯に出るだろう。
「君だけが僕を知らない。」を読んでいただきありがとうございます。
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