取り調べ
その後、由良機に目隠しまでして乗せられた少女。彼女を乗せたまま哨戒任務を続けるわけにもいかず、14班が出撃を繰り上げる形で任務を引き継ぎ、13班は仮設駐屯地へと後退した。
後退後、彼女は警務隊に引き渡し、万が一を考慮し由良は検査を、由良機は洗浄が行われた。
一通りの検査を終えた由良がやってきたのは、駐屯地内にある一室。取調室の横の部屋だ。
「何かわかりましたか」
部屋に入るなり、敬礼とともに爽やかながらも威厳のある顔立ち、肩につけられた階級章は一つの線の上に桜が二つ。船戸二尉。第一戦隊機甲中隊中隊長。上官の上官にあたる人物だが、由良は何かとこの人物と面識があり、気兼ねなく接することができる。
「ちょうどいいタイミングだな。これから聴取が始まるところだ。なにせ得体が知れないから個人情報突き合せたり、変な微生物とかくっつけてないか調べたりでここに入ったのもさっきだからな」
船戸二尉は見ろと言わんばかりに顎を差し向ける。
隣の取調室が一望できるガラス張り。最もこちらから一方的に見えるだけで、向こうからこちらの様子など見えないだろう。
狭い室内で男が三人、件の少女が一人。物騒なことに男は拳銃をこさえた武装状態。外の扉にも警務隊員がライフル携えて立っているくらいだ。
しかし異様な雰囲気だ。確保したとき暗くてよく見えていないとはいえ思っていたことだが、仄かに空色がかった白く腰まで伸び切った髪。エメラルドのような双眸は覇気が薄く、不思議なオーラをコートでまとっているかのようだ。
彼女の対面にいた警務隊員が静かにそれでいて、整然としつつ威圧感を覚える口調で質問を始める。
「美浜叶野、女性、17歳で相違ないか」
「ないです」
「君は軍管理下の戦域に侵入した。認識に相違はないか」
「センイキ?立ち入ってはならないところに入ったのならそうだよ」
威圧的な空気なはずなのに、少女はどこか能天気に質問されたことに対し答えていく。
「なぜ防衛戦を越えてあのような場所に立ち入った」
由良はこの答えが気になり見に来た次第だ。固唾を飲み込み、彼女の答えに耳を傾ける。
「聞こえたから」
静かに答える姿勢はふざけた様子はなく、極めてまじめなもの。
「何が聞こえたんです?」
「声が」
「誰の」
「わからない。でも、辿っていけばそこに特異生命体だっけ?がいたから、たぶんそいつ」
誰もが「何を言ってるんだ」という表情が隠せないでいる。普段表情をあまり変えない由良でさえ、わずかに顔をしかめるほどに――
「由良は実際目の当たりにした隊員としてどう思う」
「真偽については自分もわかりません。ただ報告にも上げた通りですが、彼女は特異生命体に近づいて行ったという事実は先の発言と繋がるには繋がるので、子供の度胸試しとかそういう類でないのは確かでしょう」
最も17にもなる女子高生が一人で度胸試しに戦場へ足を踏み入れるというのもおかしな話だが……
「具体的にどのような声だった」
驚きながらも、生唾を一度のみ込み警務隊員は質問を進める。
「苦しい、帰りたいかな」
曖昧な回答に彼女以外の全員が怪訝な表情を浮かべる。そんなことはよそに彼女は話を続ける。
「声と言ってもね、日本語じゃないから。当たり前だよね。日本人でもなければ、人間ですらないんだから」
「では、なぜそのように聞こえたと?」
「確信はないよ。でも、そういっているように聞こえた」
美浜叶野はゆったりとした口調で首を傾げ、斜め上を眺めながら答える。
「由良はそんな声聞こえてないだろう?」
「もちろんです。奴らにも発声器官がある個体はいますが、意味のある発声をしているという話は研究部でもつかんでいるかどうか……」
由良は口元に指を当てて記憶を探るが、そんな話を聞いたことはない。特異生命体に対する研究は行われてはいるが、特異生命体は狂暴性故に捕獲や隔離が困難なため大きな成果は出ていない。中隊長である船戸二尉ですら知らないのなら、研究部に問い合わせてみない限りはそんな事例はないという答えになるだろう。
「ではどうやって戦域に入った」
この謎は第一戦隊の防衛線のほとんどが川を挟んでいることによるものだ。
「なんかいつもいる警備の人が、今日はたまたまいなかったからそのまま橋を渡って」
なんの悪びれもなく語る彼女に船戸二尉は静かに怒気をまとっていた。美浜叶野の供述通りであれば、軍の警備がおろそかだったという失態だ。機甲中隊の管轄ではなく、普通科の管轄なので警務隊から抗議が飛ぶだろう。
この失態に場の空気が悪い。由良は少し居心地の悪さを感じていると、ぐぅぅぅっと間の抜けた音が取調室に響き渡る。
「すみません。お昼から何も食べてなくてお腹がすきました」
時刻は午後九時。一般的な生活をしていれば夕飯を食べ終えている時間なのだから無理もない。
「貴様、自分の立場が分かってるのか」
怒りというより呆れで取り調べを行っていた隊員はこぼす。
他にも聞きたいことは山ほどあるが、さっきまで漂っていた緊張感の高い空気はすっかりどこかに飛んでしまう。彼女にはとりあえず食事を出されることとなり、取り調べは一時中断。
一時間後再開された取り調べでは、侵入した動機。美浜叶野が特異生命体の声を聞く能力を有しているという話。そして彼女の個人情報――両親は開戦時のごたごたで亡くなっているだとか、だから一人避難所で暮らし、学校も行かずにふらふらと過ごしていただとか……そんな話がされる。
実際軍が各所に問い合わせて突き合せた美浜叶野の素性は、彼女の証言通りで嘘は言っていない。しかし、問い合わせて判明したことだが、開戦時期以前の彼女の記憶は曖昧だという。おそらくは両親を亡くした精神的ショックによるものとされているが、由良から見ればどことも足が地につかない彼女の様子を見ていると、そんな風には思えなかった。
今晩の取り調べは終了し、彼女の身柄はひとまず警務隊施設で隔離。能力に関しての調査のため研究部からぜひとも調べさせてほしいという具申もあって、明日には研究部で隅から隅まで調べつくされる予定らしい。
由良は寮内に戻ると、今日のイレギュラーな出来事について報告書を書いていた。口頭で報告した内容を改めて文章に直すのだから、やる気は出ない。
そんな由良をよそに、他の班員達は美浜叶野についての噂話で盛り上がっていた。普段は女子寮にいる湯浅も交えてだ。
珍しいことでもないが、人が書き物をしているときくらいは他所でしてほしいと内心怒りを覚えるが、あまりオープンな場で話す内容でもない。そもそも、美浜叶野のことについてはまだ全隊に出回っている情報ではないので、勝手に話していいものなのかとも思う。
哨戒任務を中断した異例の日は、すでに青い空を見せ始めている時刻になっていた――