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機甲科13班  作者: 来知
第一章 戦場に降り立つ少女
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平穏

 午前七時、食堂から戻った各自は自由時間を満喫していた。

 女子寮の湯浅を除く、四名の班員がこの二段ベッドが二つの一室に集っている。

 串本と広川はトランプでポーカーをしているが、普段からあまり表情を変えない広川のポーカーフェイスに対し、串本はもう手札が丸見えだと言えるほど表情を変え連敗している。

 高野はイヤホンをしながら椅子にもたれている。おそらく、クラシックとかだろう。こいつは気品であろうとするのを学生時代からよく知っている。同じ18歳、同じ一期生。

 同じ班になったのはここ最近のことだし、階級は俺の方が上なわけだが、実戦の結果そうなっただけであって学生時代の成績はこの気品バカの方が上だった。上流階級の嗜みだの、民を守るのが僕の役目だの嫌いではないが、どこか癪に障る。

 同じ一期生というのは、2032年より設立された国立国防軍付属中学東京校のことであり、徴兵制度への強い反発の結果訪れた軍人の激減に対する政府の苦し紛れの対応。義務教育期間を終えたものを軍人として受け入れるとともに、早い段階から軍人育成を行うための学校機関として設立された。俺たち青年兵の多くは軍中出身なのだ。特に機甲科や特化などの専門性の高い職種は――

 そういう由良はというと趣味のナンプレを解いていた。推測を立てて一つずつ丁寧に数字を埋めていく、頭を集中して回すこの時間が結構お気に入りだ。特別得意というわけでもないので、難題であれば解くのに一問当たり30分はかかるが、あまり熱中してもあと一時間もすれば就寝時間なのだから、あまり熱中してしまうものに触れる気が起きない。

 そうやって各々、浅く限られた時間を堪能し、街が朝に活気づき始める頃眠りにつく。

 夜戦部隊はそれはもう吸血鬼のように陽を浴びることない、夜の存在――


 午後四時、起床時刻。

 寮室に由良の姿はなく、少し早く起きた由良はコップ一杯を軽く飲んでから、一人整備中の三一式の様子を見に来ていた。

「改良型の話はどうなってる」

 13班の整備担当班班長に、由良は聞く。

「また噂を聞きつけてきたんですかい……」

 四十代といったところだろう。しわは多くないが、貫禄のある顔つきに、皮の厚くなった手のひら。ところどころ黒く煤が付いたような腕。整備班長は夕焼けを見るように腰を手で伸ばしながら答える。

「残念ながら改良型エンジンが焼き付いたらしいですよ。三一式の機動力改善はまた当分先になりやしたね」

 由良は少し視線を落とし「そうか」とだけ答えた。

 多脚ということもあって瞬発的な回避を行えるのは三一式のうまみの一つではあるが、最高速度が脚を使っておよそ30km/h、脚先にある車輪での速度でも60km/hと速いとはとても言えたものではなかった。要するに陣地展開までに時間がかかってしまうのだ。

「足が速いのなら別に一六式とかあるじゃねえですか。役割分担じゃやっぱだめなんすか?」

 かれこれ20年以上運用される一六式機動戦闘車。武装はあまり三一式と変わらない。しかし――

「一六式では瓦礫の多い戦闘地域でうまく機動できない。哨戒地域は整備された道ではないから、瓦礫の除去がまず必要になるが、そんなことしている余裕はない」

 なるほどと腑に落ちた表情で、整備班長は三一式に工具を向ける。

「まぁ、研究所あたりに新型エンジンか、画期的な脚の開発をしてもらうのを俺たちは待つしかねえですよ曹長殿」

 お互いやれやれとため息をついて、由良は場を後にした。

 そろそろ他の班員も起きていることだろうし、時刻は到底朝ではないが、朝ご飯とするかと食堂へ向かう。


「班長!どこ行ってたんすか」

 串本が今日も元気よく声をかけてくる。こいつの無邪気さは正直目覚ましにちょうどいい。寝起きもいいし。

「少し早く目が覚めたから、整備の様子を見に」

 淡々とコーヒーに口をつけながら答える。

「班長、せめて書置きくらい残していってくれないと、私としても困るのですが」

 目を細めてご立腹な様子を浮かべる高野。実際緊急で呼び出されたときに班長不在、所在不明。なんてのは笑えた話ではないのだから由良が悪い。

「それで、何か有益な話は整備班長から聞けたんですか?」

 一息漏らして高野は尋ねる。

「改良型の話を聞いてきた」

 そう切り出した由良に班員全員が「おぉ」っと身を乗り出して、続く話に耳を傾ける。

「整備班に降りてきてる情報だと、新しく開発していたエンジンは焼き付いて失敗したそうだ」

 その発言を聞くや、全員が一気に椅子に座りなおす。やはり班員全員、いや三一式の搭乗員全員が速力改善は願っていることなのだ。

(アント)とかは遅いからいいですけど、やっぱり足の速いやつが来たら展開間に合わないですもんね」

「それで、哨戒班に、その、苦情が飛んでくるので、やるせないですよね」

 長い髪をいじる湯浅と、言葉を選ぶように広川が経験から愚痴をこぼす。

 哨戒の任務は、哨戒しつつ後方陣地への侵攻をさせないため、なるべく迎撃することになっている。警戒線は牽引砲と普通科歩兵でそのほとんどを構築しているため、特異生命体に対し優位な戦闘ができるものではないためだ。

 哨戒にはドローンを主体にした航空哨戒も行われているが、夜間の市街地ということもあって、地上兵力による哨戒も行っているのだが、これらが機甲科にゆだねられているのは、機動力と武装力を兼ね備えているからである。

「改良型じゃなくていっそ、新型機でもいいんですけどね。まぁ今の性能で足が強くないと認めないですけど」

 天井を見上げるように手を後ろにやって串本がつぶやく。しかしそれこそ現実的でないというか、開発ができても生産してこちらに配備されるまでに時間がかかるだろうというのは内心思ったし、高野が由良の思ったことを丁寧な口調で串本にその話をする。

「確かに配備されるまでのこと考えたら新型より改良の方が早いっすよね……」

 最後の一口を飲み込み、串本は呟く。彼と同期の広川もその話を納得したように静かに首を縦に振る。

「そろそろ出撃準備しないと間に合わないぞ」

 平らげたプレート片手に、席を立つ。由良のその姿を見るや一同が席を立ちさる。

 いつもの哨戒任務が、また始まる。

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