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笑顔の君で  作者: 千成
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第二章 混乱(2)

第二章  混乱(2)






「じゃあ、今日はこれで終わりだ。気をつけて帰るんだぞお前ら。あ、斎藤は、話があるから職員室にこい。」


担任がそう告げて、生徒達は一気に帰り出した。



「匠、珍しく呼び出しかぁ?」


隣の席の匠に向かって、クラスメイトが突進してきた。それがあまりにも勢いすぎて、匠を通り越して葵に腕が当たってしまう。



「あっ!和泉さん、ごめんね。怪我、無い?」

「大丈夫…」


心配そうなクラスメイトに、葵は無表情で答えた。


「でも俺、結構勢いよくぶつかっちゃったよね?怪我してたら俺一緒に保健室まで…」


そう言いかけたところで、匠がクラスメイトの後頭部をわしづかみにした。それが目的か、とか呟いて。


「和泉さん、怪我、してたら俺に言ってね」


匠はそれだけ言って、葵に背を向け、クラスメイトが痛がるのをよそに無理矢理連行していった。



葵は、匠の背中を少し見つめて、帰り支度を始めた。




「葵ちゃん、ちょっと、手伝って欲しいんだけど…」



いつの間にか近くにいた渚が、帰り支度をしていた葵に、にこにこしながら話しかけてきた。




「化学の先生にね、提出物を持っていくの。ノート一クラス分だから、重くて。」



「いいけど…」




(他の子に、頼めばいいのに。)



渚の明るい性格は、友達を寄せつける。現に渚は誰とでも仲がいいし、誰とでも気軽に話している。自分よりもっと、仲のいい人に頼めばいいのに、と思う。




「あ、ありがとう!じゃあ、最後に皆のぶんきちんとあるかどうか確認してくるからこのまま待ってて!」




そう言って、渚は長い髪を揺らしながら、教卓まで走っていった。




誰かと深い関わりを持つ気はない。


仲良くなる気もない。



だから話しかけないで欲しいのに。




「お待たせ!これ、持ってくれる?」



ノートをたんまりと抱えた渚が半分だけ片手で持ち上げ、葵に手渡す。


「じゃ、行こうか」




校舎の違う研究室まで歩いていく中で、渚は一人でずっと喋っていた。



途端に、葵は不安に思った。




私がこのまま何も言わなければ、彼女はずっとこのままなのかもしれない。


何にも反応を示さない私に、それでもいいという風に話しかけてくる。



危ない。

私はつられてしまうかもしれない。

情が移るかもしれない。



必死に作り上げてきた心の壁が、脆く崩れさるかもしれない。




研究室に着くと、先生は不在だった。ノートだけ机に置いて、渚はメモを張り付けた。



「よし、ありがとう!すごく助かった。お礼に、何かごちそうするから一緒に帰ろう、葵ちゃん!」




彼女はそう言って、笑顔で葵の肩を軽くぽん、と叩いた。




その瞬間に、心が叫ぶ。



駄目だ、このままじゃ。




渚は何も悪くない。

むしろ、転入したての自分にこんなによくしてくれて、感謝したいくらいだ。




でも、駄目だ。




自分はずっと一人でいようと心に決めたから。

無表情でいようと決めたから。



人形のように、過ごしていく。


そんな苦しい人生を歩んでいくことを決めたから。




(邪魔をしないで)




「川崎さん」



肩に乗っていた手を、振り払った。

渚は真顔で葵を見た。




「あまり、馴れ馴れしくしないで。…困るの」



「…………何が困るの?」




少し混乱したような、笑顔で、渚は葵を見つめた。




「優しくしないで。できれば、必要以上に話しかけないでほしいの…。勝手だって、わかってる。充分わかってる。でも私、それでも一人でいたいの…。」



「…どうして?」




「…あなたには、言えない。ううん、誰にも、言えない。」




「…ずっと聞きたかったけど、葵ちゃんが無表情なことも関係あるの?」


「…。」


「笑わないし、泣かないし、怒らない。ずっと…そうやって生きてくの?一人で?」




「そうよ。だから、関わらないで欲しい。」






まっすぐに、渚を見つめて葵は言った。

渚は泣きそうな顔をしていた。




ごめんね。




心がそう言っている。

でも自分の決めた道。

引き返さない。




「でも、葵ちゃん。じゃあどうして、私をそんな目で見るの?」



「え?」



「助けて欲しい、構って欲しいって目で、いつも私を見てる。だから私、葵ちゃんと友達になりたかったの。」


「…変なこと言わないで。私、そんなこと思ってない。」



「ううん、本当は思ってるよね?寂しいんだよね?苦しいんだよね?」



「苦しい?自分で決めたの、一人でいようって。感情を出したくないって。何も苦しくなんかないのよ。」



「そんなこと、ない。いつも何か伝えたそうに私を見てる。私は、力になりたい。」



「いらない。もう、関わらないで。」


葵はそれだけを言って、研究室を出る。渚が自分の名を呼ぶ声が聞こえたが、足を止めることはなかった。




教室に戻ると、そこには男子生徒が窓に寄り掛かって外を見ていた。



斎藤匠だった。



葵は一瞬、目を見開いたが、すぐにでも帰りたいと思い、自分の席に鞄を取りに行く。




「まだ残ってたんだ?」




匠は窓の外に視線を投げたまま、葵に話しかけた。葵は黙っていた。



「どうして、泣きそうな顔、してるの?」



不敵な笑みを浮かべて、匠は葵を見る。



葵にはそんなつもりは全くない。

泣きそうにもなっていないのに、何を根拠にそんなこと言われるのかわからなかった。



「…あなた、嫌い。」



無表情でぽつりと、葵は言った。




匠はクスリと笑って、葵に向かってゆっくりと歩きだし、葵の真正面で止まった。




葵は無表情で匠を見上げる。



「一度会っているのに、俺が初対面のフリをしたから?」



まさかの発言に、葵は目を見開く。


(やっぱり…!)



「やっぱりって顔してる」



静かに匠は笑った。



「どうして、そんなことしたの?あなた、私を知ってるの?昔の私?」




「…昔の葵を知っているとしたら?」



「忘れて欲しい。そして、二度と関わらないで。」


「・・・・それは、無理な相談だよ。だって、ずっと俺は会いたかったんだから。君に」


「あたしの何を知ってるの!?」


途端、声が弾んだ。

一番びっくりしたのは自分だった。

あんなに無表情でいよう、感情をださないでいよう。

そう決めていたのに、声を荒げてしまった自分がいる。


匠は、驚くこともなく、目の前に立っている。


(危険だ)



彼は危険だ。


渚以上に、自分の感情の引き金をひいてしまう。



近寄っては、駄目だ。



「・・・・斎藤、くん。もう・・・・話しかけないで・・・構わないで」



そうポツリと呟いて、葵は走り出した。


逃げるように。



夕暮れが教室を真っ赤に染める中、匠は立っていた。


「・・・・どうしたもんかな・・・。」


長い前髪をその大きな手でかきあげる。



もちろん、彼女との関係をこれで終わらせる気はない。


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