作戦開始
ーチュンチュン
「痛い。」
俺は鳥の鳴き声と左腕の圧迫痛で目を覚ました。
「どんだけ抱きついてるんだ。」
左腕は血が止まっているみたいで全く動かせない。
《ツカサくん、おはようございます。》
「おはよう、リンダ。」
《朝からお熱いですね。》
「そういうのじゃないからな。」
段々言い訳じみてきて嫌だな。
本当にお互い恋心を抱いて、とかじゃないんだけど。
俺にはリンダとフィルアがお嫁さんにいるわけだし。
《私はお嫁さんに加えても良いですよ。正妻ならフィルアちゃんも良いって言うと思いますよ。》
「いやいやダメだから。そもそも俺がそういう気持ちになれないから。」
《でも大切なのでしょう?》
「ペットは大切にするだろ?」
横で眠るエルシアの穏やかな顔をつつく。
つつくとくすぐったいのかちょっと嫌そうな顔をするが、やめてやるとすぐに穏やかな顔に戻りくっついてくる。
《ペットなんて思ってないでしょ?》
「思ってるよ。」
そろそろリンダから逃げるためにエルシアを起こそう。
「エルシア起きろ。」
「んーっ…。」
エルシアが俺の腕を離し目はつむりながらも体を起こし伸びを一つした。
「おはよう。」
「ご主人様…。」
まだ完全に起きていないのか目が閉じたり開いたりしている。
やがて完全に目を覚ましたようで狭いベッドの上でエルシアが頭を下げてくる。
「おはようございます。それに寝させてくださいまして、ありがとうございます。」
「おはよう。寝たからには今日はしっかり働いてもらうからな。」
「はい。」
ベッドから出た俺とエルシアは身支度の準備をして朝食を部屋で済ませ、再度作戦の確認をする。
「お昼にやるのですか?」
「そうだ。」
日の光が出てればエルシアの恐怖も少しは軽減できる。
それに、王の命令をしっかり起きた状態で聞いてくれると助かる。
全員で王とエルシアを守ってくれるとありがたいからな。
エルシアに書いてもらった王の樹柱内部の地図を元に侵入経路と移動経路を頭に叩き込んでちょうど正午に決行する。
その間、エルシアは俺の腕にくっついている。
「そうだ、エルシア。こっちのボロボロにした奴隷の服を着てくれないか。」
俺はポーチからエルシアを買った時に着せれれていた奴隷の服を取り出し、ところどころ切り裂いてからエルシアに渡す。
魔王に追われているという設定で飛び込んでいくのだから綺麗な格好をさせたらまずい。
「着れるか?」
「着れます。」
エルシアはすぐさま着替えに取り掛かる。
俺はそれを視界に入れないように窓の外を見る。
日の光が木漏れ日から差し込んできてエルフの人々を照らしている。
通りにはちょっとした屋台も並び始め、日本語で『たこ焼き』とかかれた旗が並び…。
「どうして日本語がここにあるんだ!?」
俺は本を読んだ時以来の日本語との再会に顔を愕然とさせた。
「ご主人様?」
俺は日本語を広めたりなんかしていない。
魔族の人たちにも日本語を教えたりしていない。
なら、あの日本語はだれが伝えたんだ…。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。」
今は考えるのをやめよう。
宝玉のことだけを考えよう。
「ご主人様、着ました。」
俺はエルシアの方を向いた。
買った当初は綺麗と感じられた服が今は小汚く、演技に信憑性を持たせるにはうってつけの格好だった。
「正午になったら頼むぞ。俺は窓から侵入するから。」
「わかりました。」
エルシアに再び腕を抱かれその時を待つ。
頭の中では何回も何回もシミュレーションをして宝玉を奪う道標をたてる。
ーゴーンゴーンゴーン
正午になり鐘がなる。
「いってきます、ご主人様。」
「こってこい、エルシア。」
エルシアが腕時計を手で包みながら扉から出て行く。
俺は部屋で一人になる。
なぜか心が空っぽになって何かが足りない気がした。
すがっていたのは俺の方…?
鼓動が早くなる。
胸が締め付けられる。
「リンダっ!」
《いますよ。ツカサくん。》
リンダが笑顔で出てくる。
それと同時に俺の胸はいつも通りの鼓動を刻み始める。
大丈夫、俺にはリンダがいれば…。
リンダさえいれば大丈夫…。
俺が欲しいのはリンダだけ。
エルシアにすがっていたわけじゃない。
エルシアが俺にすがっているだけ。
「はぁ…、はぁ…。」
《大丈夫ですか?》
「大丈夫だよ。……。さて、俺も行動開始だ。」
俺も部屋を出る。
宿に鍵を返して王の樹柱を目指して歩みを進める。
中央に近づくにつれ人の波が多くなる。
フード姿の俺は目立つと思われたが案外誰も気には止めない。
「近くで見るとでかいなこりゃ。」
《すごいですね。》
堀で囲まれた大きな木がどこまでも高く伸びている。
風が吹けば葉のざわめきが辺りの音という音を全てかき消す。
《ツカサくん、兵士が中に入っていきますよ。》
堀の上にかかる橋にいた兵士が突然一斉に樹柱内に入っていき一つしかない門が閉められた。
「エルシアがやってくれた。なら、俺も追い打ちをかけてやろう。【覇気】」
王の樹柱向けて黒いオーラを吹き出させ包んでやる。
「よし、こっちも侵入だ。」
堀の水面の少し上に等間隔に並んでいる窓から侵入を図る。
「【身体強化:足】」
ードンッ
地面を蹴って一直線に窓に向かっていく。
そして、窓にぶち当たる。
「【身体強化:腕】【サイレント】」
窓にぶち破るために腕を【身体強化】をし、光魔法で音の振動を減衰させる。
ー………
パリンというガラスの割れる音はしない。
「……誰もいない。」
大きな宴会場のような場所に入ったようでその中には誰もいなかった。
マジックポーチからポーションを取り出しそれを飲んで魔力を回復させる。
「エルシアの地図だとここから西に進んだところに地下に繋がる階段があるんだな。」
《誰にも見つからないと良いですね。》
「それフラグ…。」
《え?》
「いや、なんでもない。」
リンダが盛大なフラグをおったてたところで地下に繋がる階段を歩いていく。
「おい、王が呼んでいるぞ。」
「早く上がろう。」
「娘が帰って帰って来たって聞いたが。」
「いや、魔王が来たらしいぞ。」
「さっきの黒い風、魔王のか。」
ドタドタしながら階段を上がってくる音と声がしてくる。
俺は近くの部屋に急いで身を隠す。
階段を上がってくる音と声は俺が隠れた部屋を通り過ぎそのまま遠ざかっていく。
その後、俺は左右を確認して部屋を出る。
「あぶねぇ。リンダのせいだからな。」
《私ですか!?違いますよ!》
リンダの抗議を無視しながらさらに下に降りていく。
「次は左に進んでさらに地下に行くんだよな。」
突き当たりを左に進もうとした。
ードンッ
俺はエルフの兵士と衝突してしまった。
「なにや…。」
「っつ!【エレキショック】!」
ーバチッ
なにやつ、と言おうとしたであろう兵士を雷魔法で麻痺させ意識を奪う。
「飛び出し禁止だろう。」
《ツカサくんもですよ。》
「じゃあ、お互い様ということで。」
俺は麻痺した兵士を担ぎ近くの部屋に閉じ込めておく。
通りかかった兵士が見つけてしまっては侵入者がいることがばれてしまう。
「一応、ポーションを飲んでおこう。」
ゴクゴクと2本目のポーションを取り出し飲み干す。
念には念をいれ、魔力切れを起こさないようにするためだ。
再び走り始めると階段が現れる。
「後はここを駆け下りるだけだ。」
《頑張ってください。》
「あぁ。」
ろうそくで照らされる階段を降りていく。
王の樹柱の階段は螺旋階段なのか、螺旋階段をずっと降りていく。
やがて、ある場所に出る。
「この中が風の宝玉が保護してある場所か。」
俺の目の前には重厚な金属でできた大きな扉が鎮座してしている。
そして、その先には手に入れたくて仕方がなかった、俺の生きる目的である内の一つ、風の宝玉があるはずだ。
ーキィィ
【身体強化】を使っても重たく感じる扉を開ける。
「ここが…。」
中はとても広く、明るい緑色の壁紙と、それに本物の草が地面に生えている。
どこから風が吹き込んでいるのかわからないが、草は風に揺られてユラユラしている。
そして、奥の方に目を凝らしてみると緑色の輝きを放つ物がある。
「守護者はいないようだな。」
エルシアの働きに感謝しながら、その輝きを放つ場所に移動する。
「これが、風の宝玉…。」
奥に進むと小さな祭壇が設けられていて、その上に風の宝玉が置かれていた。
聞いたことしかなく実際に見たのはこれが初めてだが、これが風の宝玉だと確信してしまう。
女神達と出会った時のようだ。
この世界の住民にそう確信させる何かがあるのだろう。
俺はおもむろにそれを手でつかみ、すぐにマジックポーチに入れようとする。
「あれ、入らない。」
《エルシアちゃんが魔法は無効になるみたいなこと言ってませんでしたか?》
「あぁ、言ってたな。じゃあ、ポケットに入れていくか。」
俺はマントのポケットに入れて持っていくことにする。
そして、来た道を帰ろうとした。
「あれ、俺扉閉めたっけ?」
《閉めてませんね。》
開けっ放しだったはずの扉はなぜか閉じられていた。
あんな重厚な扉が自動で閉じるのか?
「なんか嫌な予感がする。」
「気づくのが遅かったな、小僧。」
後ろから声だと!?
ードンッ
振り向きざまに俺の腹に拳がめり込む。
それと共にフードが脱げてしまう。
「ガハッ!」
「柔らかい魔族だな。いや、あの『気』は魔王か。魔王にしてはなおさら柔らかい。」
ードンッ
「アガッ!」
「あまり遅くなると王命に背くことになるからな。」
ードンッ
「グアッ!」
「魔王の小僧連れて行くぞ。」
俺は一方的に叩きのめされてフードを掴まれて引きずられていく。
「は…、なせ…。」
「王の間で離してもらえるかもな。」
離せ。
こんなところで捕まるわけにはいかない。
リンダを生き還すまでは…。
「ガァァアアア…。」
「小僧少し寝てな。」
ードンッ!
俺の腹に拳が叩き込まれ意識を失った。




