小さな彼女にお別れを
矛盾はしてないと思いますが、自分の力不足が情けない。
「小僧起きな。」
俺はよく通る男の声に起こされた。
目を開けると細身の痩せた美形の金髪エルフがそこに立っていた。
そして、その手には風の宝玉が握られていた。
「返せ…。」
「これはこの国の物だ。返すのは小僧だ。」
俺はその男に掴みかかろうとしたが男に押さえつけられていて体を起こすことができない。
「王よ。この魔王がエルシア王女様を拉致して奴隷にし、宝玉を盗もうとしていた者です。」
「貴様が魔王…。」
低い声が響き渡る。
俺の今いる場所は恐らく王の間だろう。
「貴様、エルシアの首輪を今すぐ外せ。」
俺の顔を怒りと憎悪の顔で見てくる髭の生えたこれまた美形の男がいる。
この男はエルシアのお父さんなのだろう。
最愛の娘を奴隷にされてその表情になっているというのがわかる。
そして俺はこの状況でエルシアが失敗したことを悟った。
「そうか外さないか。なら死ぬがよい。」
俺の髪を引っ張り頭を上げさせ、首に剣を当ててくる。
確かに俺を殺せば奴隷の首輪は殺した者の物になり、エルシアは解放されるだろう。
しかし、そうはさせない。
「殺せば娘が死ぬぞ。」
「なっ!?」
「そうなるように命令してある。」
俺は笑いながらそう言う。
「娘を奴隷から解放して欲しければ風の宝玉を俺に渡せ。」
すると王はさらに俺を憎悪の目で見てくる。
娘の命とたかだか祀ることしかできない玉、どちらをとるかなんて明白だ。
この作戦を最初からやればよかったがエルシアを人質にとることは考えなかった。
エルシアにそんなことしたくないと思ってしまったからだ。
本当にエルシアには甘くしてしまう。
それは、ペットに対する愛情のせいだ。
そう納得して俺は笑い続ける。
王は悔しそうに男が持つ宝玉に目を向ける。
だが、この男はだませなかった。
「小僧嘘をつくな。」
「何が嘘だって?」
「エルシア王女様に死ぬように命令してることだ。」
「何を根拠に?」
「簡単だな。お前が王女様を人質にしなかったことだよ。宝玉が欲しいなら王の前で王女様の指を一本ずつ切り落としていったり、オークにでも襲わせればよかったんだ。なのにそれをしなかった。つまりこの魔王はエルシア王女様に情を抱いている。」
やはりエルシアへの甘さが足をひっぱる。
いっそそんなもの捨ててしまえば楽になるのに、捨てようとしても捨てられない。
「王よ、そいつを殺してしまいましょう。」
「そうだな。」
ダメだ。
リンダを生き還すためには死ねない。
フィルアのためにもまだ死ねない。
エルシアも俺が死んだら確実に壊れてしまう。
俺が何かを言おうとしても男に口を塞がれ何も言うことはできない。
再び王は俺の髪を引っ張り上げた。
ーカチ
その時、王は触れてはいけないものに触れてしまった。
「なんだ、これは。」
王は俺の髪にある赤いヘアピンに目を止めた。
やめろ。
「魔王が女物のヘアピンか。」
触るな。
「これまさかエルシアのか?」
奪わないでくれ!
「だったら、取ってやる。」
リンダなんだっ!それがなくなったら俺は…!
ーブチィ
俺の髪と共にリンダがくれた赤いヘアピンが取られた。
あ、…。
なくなったなくなったなくなった…。
なくなったらなくなったら消えてしまう。
いなくなってしまういなくなっていないいないいない……。
「死ね魔王。」
王が持った剣は振り下ろされる。
「ご主人様を殺さないで!」
ピタっと、その声に応じて王の剣は振り下ろす途中で止まる。
「エルシア、魔王に操られているんだな。大丈夫、お父さんがちゃんと解放してやるからな。」
「嫌だ、やめて、ご主人様を殺さないで!」
そんな争う声が遠くに聞こえていた。
「リンダは剣でクビを切られてリンダは死んでリンダは赤いヘアピンにいていつもそばにいてでも消えた消えた消えたいなくなったいなくなったいないいないいない…。」
俺の口を塞いでいた手はゆるくなっていた。
俺の言葉は紡がれる。
「クビ?またクビ?俺もリンダもクビ?クビが必要?クビがいいの?クビがあれば?クビがクビクビ…。」
ー【呪詛】を獲得しました。ー
「おい、小僧…。」
「ご主人様?」
俺は首輪目立つ彼女を見た。
「クビ見っけェ!!」
ー【身体狂化】を獲得しました。ー
俺はそれめがけて飛び出す。
「なっ、抜けた!?」
ーガシッ
「ご、ご主人様…。」
「これでェ俺もリンダもォ!!」
彼女の柔らかい首に力を込めようとする。
「ツカサくん!!」
ーブツン
「あれ?俺は何を?」
俺はいつかの真っ白い部屋にいた。
そして、すぐにリンダを見つけた。
そのリンダはとても悲しそうにしていた。
「リンダ…。やめてくれ、そんな顔をしないでくれ。」
「ならツカサくん。その赤いヘアピンに私を見るのはやめてください。」
リンダが悲しそうな顔のままそう言う。
「何を…。」
リンダが前の白い部屋で言ったことを思い出した。
「確かに私はいつでも会えると言いました。あの時のツカサくんはあまりにも壊れやすくて私はつい手をかけました。でも、私は赤いヘアピン一つで狂うツカサくんが見たかったわけではありません。」
一旦リンダが言葉を切る。
そして、口を開く。
「だから、私は消えようと思います。」
「っ!何を言ってるんだ!?」
リンダの言ってることがわからない。
消えるってなんだ!?
「ツカサくん、大丈夫。あなたにはフィルアちゃんも、エルシアちゃんもいます。」
「ダメだ、リンダがいないと!」
「ツカサくん、私はあなたの重りになりたくないのです。」
「重りになんて…。」
重りになんてなってるわけがない。
そう否定しようとしたがリンダは首を振り、指を指す。
「なってます。現にその赤いヘアピン一つで自分の大切な物を壊そうとしています。」
リンダ指差した場所に俺は自分の姿を見た。
「…エルシア。」
今の俺はエルシアの首に手をかけていた。
あと一瞬でも力を入れさえすれば彼女の首はへし折れるだろう。
「ツカサくん、私にすがるのはやめてください。」
「じゃあ、俺は…!」
「ツカサくん。私を生き還すのでしょ?」
「もちろんだ!」
「なら、その時に私に沢山すがって甘えてください。」
「じゃあ、俺は今何を支えに生きていけば!?」
「ツカサくん。」
目の前にリンダがいた。
リンダは俺のことを優しく抱きしめる。
「ツカサくん。ツカサくんの周りを見れば助けてくれる人は沢山いるのですよ。フィルアちゃんもエルシアちゃんも、魔族の人たちも。すがらなくても、いつだって助けてといえば手を差し伸べてくれる。」
「だけど、それじゃあ、リンダが…。」
「私は女神様のところにいます。私だって一人じゃありません。」
「リンダ…。」
俺はリンダにすがっていた。
それでリンダが苦しんでいるとわかってしまった。
虚像だろうとなんだろうと、リンダが苦しんでいるのは見たくない。
でも、やっぱり俺はリンダがいないと…。
「ツカサくんにはこれをあげます。」
リンダの手から光るものが渡される。
「これは…。」
光るものが俺の中に吸収される。
ー【数値操作】を獲得しました。ー
「ツカサくん。フィルアちゃんを、エルシアちゃんを大切にしてください。彼女達なら心に空いた穴を埋めてくれます。」
「エルシアはまだ違うぞ。」
「まだ、ですね。楽しみです。」
「……。」
何か言い返そうとしても良い言い訳が思いつかない。
確かに大切に思っているかもしれない。
だけど、まだエルシアは違うってことはわかる。
それに、エルシアの依存が解かれたら俺を恐怖するかもしれない。
「大丈夫ですよ。ツカサくんは良い人ですから。」
「リンダ、話がズレてる。」
「そうでした。でも、ツカサくんの心は落ち着きましたよね。」
「…落ち着いたよ。」
リンダがいなくなる恐怖と焦りで埋め尽くされた心が今は落ち着きを取り戻していた。
「では、改めて言いますよ。」
リンダが抱きしめていた俺を離し、一歩引いて言う。
「私は消えます。」
「…わかったよ。」
俺もリンダがくれた赤いヘアピンのせいでエルシアを殺すなんてことはしたくない。
「ツカサくん、また会えますよ。」
「リンダ…。」
俺はリンダを抱きしめる。
そして、キスをする。
「んっ…。ツカサくん…。」
長く長く自分の体と心に刻み付けるように。
「ツカサくん…。」
「リンダ、そろそろ行くよ。」
「はい。頑張ってくださいね。」
俺は近くに見える自分の背中に手を伸ばす。
「なぁ、リンダ。」
「何ですか?」
「本当に虚像?」
そう聞いた俺の言葉にリンダは何も答えず、笑顔のまま手を振ってきた。
「頑張ってください、ツカサくん。」
ーブツン
元々、この辺でさよならする予定だったんですが、強引な形になってしまった。




