エピソード1 生還
アランと
連絡が取れなくなってから、二日半。
クインは弟の行方を追い続けていた。
「あいつ……何処にいる……」
手掛かりはない。
ふと、クインはアランの
スマートフォンの位置情報を確認した。
表示された位置に、目が止まる。
旧離宮跡地。
「……ここか!」
クインは車を走らせた。
旧離宮跡地に到着すると、
クインは周囲を見回した。
そのときだった。
微かに、
ヴァイオリンの音が聞こえた。
クインは足を止めた。
聞き覚えのある弾き癖。
「アラン……?」
音のする方へ向かう。
地下へ続く階段を見つけ、
駆け下りた。
音が近づく。
そして、地下の奥に——
アランがいた。
ヴァイオリンを弾いている。
「アラン!」
クインは叫んだ。
だが、アランは振り向かない。
「アラン! 聞こえないのか!」
返事はない。
ヴァイオリンの音だけが、
地下に響いていた。
クインは一歩、また一歩と弟に近づいた。
「アラン!」
それでも、アランは弾き続ける。
クインの表情が変わった。
何かがおかしい。
そう思った瞬間、
クインは走り出していた。
———
「アラン!アラン!」
頬を叩かれる。
「目を覚ませ!」
「アラン!アラン!アラン!」
何度も頬を叩き、名前を呼び続けた。
やがて、アランの瞼がかすかに動いた。
しばらくして、
アランはゆっくりと意識を取り戻した。
目を開ける。
見慣れない天井。
そして隣に誰かいる。
「……気がついたか」
アランがゆっくり顔を向ける。
そこにいたのは——
「兄貴……?」
アランの横にあぐらをかいて座り込む。
クイン
「お前!何やってるんだ!」
アランはまだ、
完全に意識を取り戻せてない。
クインは、小さく息を吐く。
アランはゆっくりと横を見た。
床には、二つに割れたヴァイオリン。
譜面台は倒れ、
譜面も床に散らばっている。
アランはそれらを見つめた。
そして、ようやく思い出した。
「派手に俺に向かってダイブしたのは兄貴だろ?」
クインは小さく笑う。
「……そうだ」
クインは少し安堵した顔を
アランに向けた。
「何があったのかは、あとで聞く」
アランは少しだけ目を細める。
「…分かった」
二人は、ほんの少し口角を上げた。
———
事件から数週間後。
ウィルは、ヴァレリオン市を一望できる
高台に来ていた。
街の中心へ続く大通り。
煉瓦造りの建物が並び、
その向こうには住宅街が広がっている。
夕暮れの光を受け、
街の窓がところどころ淡く輝いていた。
ウィルは初めてアランに会った時のことを思い出していた。
———
数年前。
ヴァレリオン市。
ハイフィールド・ストリート。
その一角にあるタウンハウスの一室が、
アランの部屋だった。
チャイムが鳴る。
郵便配達員
「速達です」
アランが扉を開ける。
「どうも」
封筒を受け取る。
扉を閉めるとその封筒を見る。
(誰からだ?)
しかし、
どこにも差出人の住所も名前も
書いていなかった。
アランは慎重に
ペーパーナイフで封を切る。
手紙には
今夜、貴方様の家に訪問いたします。
ご相談したい事がございますので
よろしくお願いいたします。
アラン
「……は?こっちの都合はなしかよ」
アランは封筒を光にかざす。
紙の繊維が透けて見える。
そして、
中に入っていた手紙も
同じように光にかざした。
アランは目を細める。
(これは……高級紙ファブリアーノか?)
紙の厚み、手触り、繊維の密度。
一般的な便箋とは明らかに違う。
さらに光の角度を変える。
すると、紙の中央にごく薄い紋様が
浮かび上がった。
(……透かし紋?)
アランは紙を少し傾ける。
王冠にも見える。
(この紋章は……)
アランはもう一度、封筒を見る。
封筒にも同じ透かしが入っている。
(普通の手紙に使う紙じゃないな)
アランは紙をテーブルの上に置くと、
書棚から古い紋章録を取り出した。
(さて……今夜、誰が来るんだ?)
———
そして夜。
静かな通りに、一台の車が止まった。
アランは窓からそっと外を見る。
車から、一人の男が降りてきた。
五十代半ばほどだろうか。
仕立ての良い濃紺のスーツに、
白いシャツ。
ネクタイは控えめだが、
身につけているものには品がある。
男は車を降りると、通りを一度見回した。
誰かを警戒しているというより、周囲に人がいないことを確認するような仕草だった。
そして、
静かな足取りで階段を上がってくる。
二階。
アランの部屋の前で立ち止まると、
服の袖口を軽く整えた。
そして、チャイムを鳴らす。
アランは扉の向こうから声をかけた。
「開いてますので、どうぞ」
少し間を置いて、扉が開く。
男は静かに部屋へ入ってきた。
「突然の訪問、失礼いたします」
低く落ち着いた声。
男は一礼すると、
帽子を外すような自然な仕草で頭を下げた。
「初めまして。私はルドルフォと申します」
男はアランを見る。
「……あなたが、アラン・ヴァルノール様ですね?」
アランは男を見つめた。
「そうだけど」
男は穏やかに微笑んだ。
「お目にかかれて光栄です」
その立ち居振る舞いには、
長年誰かに仕えてきた者特有の
品と落ち着きがあった。
アラン
「……」
ルドルフォ
「?」
アラン
「……あなたが来ることは手紙に書いてあった」
ルドルフォ
「はい」
アラン
「でも、何の用かは書いてなかった」
ルドルフォ
「……左様でございます」
「実はこちらの画像について、確認していただきたいのです」
アランが差し出された封の中の1枚の
写真をみる。
「確認とは?」
「この写真が本物か確かめてほしいのです」
ルドルフォが差し出した写真には、
ある男性と女性が、ピクニックを楽しんでいるような姿が写っていた。
「なぜ、この写真を本物かどうか確かめたいのですか?」
ルドルフォは一瞬、言葉を詰まらせた。
「それは……」
アランは、ちらりとルドルフォを見る。
「……ルヴェリア王国のベネデット陛下からの依頼ですか?」
ルドルフォの表情が変わった。
「な、なぜ分かったのです?」
アランは手紙に目をやる。
「封筒と便箋に、同じ紋章が入っていたので。少し調べさせてもらいました」
「……なるほど」
ルドルフォは小さく息を吐いた。
アランはコーヒーを淹れながら聞いた。
「それで?」
「……はい?」
「なぜ、陛下はこの写真が本物かどうか知りたいんです?」
「実は……」
エピソード1 完。
お読みいただきありがとうございます。
次回、「エピソード2 王女と公爵」です。




