第66話 文化祭中止と、お菓子の城と、成績表の夜
遠足事件から数か月が過ぎた。
本来であれば一年生は遠足の後に文化祭という大きな行事が予定されていたらしい。だが――今年は中止となった。
理由は言うまでもない。あの魔狼襲撃事件である。
運動会は途中で大騒動になり。遠足では魔狼の群れに襲われ。文化祭は開催中止。改めて並べてみると、なかなか酷い一年だった。
「学園長先生が吐血して倒れたらしいにゃ」
「それ噂だよね?」
「噂にゃ」
エレナは真顔だった。逆に怖い。
だが実際、学園創設以来ここまで問題が続いた年は無かったらしい。先生達もかなり大変そうだった。
……誰かトラブルメーカーでもいるのだろうか。
一瞬そんな事を考える。だがすぐに首を振った。犯人探しをしても誰も幸せにならない。
そう。たぶん。きっと。恐らく。
……やっぱり考えないでおこう。
★
遠足事件の後、先生達は聖教会主催の【特別指導者再教育プログラム】に参加させられたらしい。名前だけ聞けば真面目な研修だ。しかし実態は地獄だったそうだ。
戻ってきた先生達は皆どこかやつれていた。途中で倒れた先生までいたらしい。
ロナルド先生の話によると、倫理教育、指導者責任、危機管理、戦闘指揮、救護活動、生徒保護、その他諸々。それらを朝から晩まで叩き込まれたそうだ。
ただし――。
「いやぁ、痩せたおかげで最近モテるんだよな!」
ロナルド先生は妙に上機嫌だった。以前より少し引き締まった顔で笑っている。確かに男前度は上がった気がする。
だが。
(本当に再教育成功してるのかな……)
少しだけ不安になった。
★
「今日はこれくらいにしようか」
朝の訓練を終え、自分はそう声を掛けた。
「そうですね。そろそろ学園へ行く準備をしないといけませんから」
コーデリアさんが汗を拭きながら頷く。一方。
「はぁ……はぁ……つ、疲れました……」
シンシアさんは地面に座り込んでいた。最近の彼女は本当に頑張っている。以前の倍近い運動量を毎日こなしていた。
「シンシアさん、本当に努力家だよね」
「私の夢は、冒険者だから」
息を整えながら答える。
「超古代文明の遺跡探索は数週間以上になることもあるそうなんです。だから今のうちに体力を付けておきたくて」
「なるほど」
確かに遺跡探索はロマンがある。自分も少し興味があった。
「コーデリアさんは将来どうするの?」
「私はスイーツ店を開きたいです」
即答だった。さすがブレない。
「でも最近は冒険者も良いなって思うようになりました」
「へぇ?」
「世界中のスイーツを食べ歩く旅とか素敵じゃないですか?」
その発想は無かった。
「それは確かに楽しそうだね」
「ですよね!」
コーデリアさんが嬉しそうに笑う。自分も頷いた。
「僕も世界中を旅してみたいしね」
そして。
「最終的には強くなって魔大陸を支配下に――」
「レイくん?」
「それ戦争ですよ?」
二人が真顔になった。
「野望のためなら仕方ないかなって」
「レイくん……」
コーデリアさんが本気で引いていた。
「あはは、冗談だよ」
「本当ですか?」
「もちろん」
たぶん。
「まあ、世界中のペンギンを絶滅させる国があれば話は別だけどね」
「「……」」
二人とも何も言わなかった。何故だろう。理不尽である。
★
冬。ついにマイホームが完成した。
住宅側は目立たない普通の家。クリーム色のレンガ風外壁。耐久性重視。百年以上持つ設計。実に堅実だった。
一方。店舗側は暴走した。完全に暴走した。
お菓子の家。いや。小さなお菓子の城である。クッキーを模した外壁。ケーキのような屋根。キャンディ風の装飾。色味は周囲に合わせているが存在感が凄い。
(ちょっと遊びすぎたかな……)
そう思わなくもない。だが後悔はしていない。むしろ満足していた。
『わたしはすきですよ』
頭の中でセシリアが言う。
『ありがとう』
『おかしのおしろです』
『夢があるよね』
『あります』
少し誇らしそうだった。
(セシリアが喜ぶなら正解だ)
根拠は無いが、そう思った。
★
地下研究施設。虹結晶量産計画は順調に進んでいた。培養槽は十二基。虹魔石生成率も向上。問題があるとすれば――。
「増えすぎたな……」
棚一面に並ぶ虹魔石だった。完全に在庫である。そろそろ販売経路が必要だった。
『ざっかやですか?』
『うん』
雑貨屋開業。それが次の目標だ。ポーション。アクセサリー。魔導具。虹魔石。商品には困らない。
『ますたー』
『ん?』
『たのしそうです』
セシリアが言う。自分は少し笑った。
『そうかもね』
前世では会社員だった。毎日同じ仕事。同じ生活。それも悪くなかった。だが今は違う。作りたい物がある。行きたい場所がある。やりたい事がある。
『まずは雑貨屋だね』
『はい』
セシリアも嬉しそうだった。
★
冬が終わる。一年生最後の日が近付いていた。
つまり――成績表である。
この時期になると大半の生徒は実家へ帰る。コーデリアさん、シンシアさん、アランの三人だけは距離の問題で寮残留らしい。
自分とブラットとエレナは馬車で帰宅していた。
「はぁ……親父に怒られる……」
ブラットが遠い目をする。
「そんなに悪かったの?」
「計算と文字が壊滅的にゃ」
エレナが即答した。
「ああ……」
納得だった。
「レイはどうだったにゃ?」
「成績だけなら良かったよ」
「だけなら?」
「コメント欄がね……」
二人が嫌な顔をした。
「何て書かれてたんだ?」
「落ち着きがなく、もう少し考えて行動しましょう。他人の意見を聞きましょう。授業中に別の事を考えているように見られます」
「……」
「……」
二人とも黙った。
「結構書かれてるな」
「そうだにゃ」
妙に納得した顔だった。
(授業中に別の事を考えているのは事実なので反論できない)
設計図を考えていたり、魔導具のアイデアを整理していたり。バレていたらしい。
★
実家へ到着すると――。
「おかえり!」
「レイ、おかえりなさい」
「にぃさまー!」
妹のフローラが突撃してきた。勢いよく腰へ抱き付いてくる。
「ただいま」
頭を撫でる。フローラは嬉しそうに笑った。可愛い。本当に可愛い。
「フローラ、大きくなったね」
「うん!」
将来はかなり背が高くなりそうだった。
するとお母さんが苦笑する。
「フローラ、お父さんにも挨拶しなさい」
フローラが父を見る。一秒。
「やっ!」
即答だった。
「ぐふっ!」
父が膝をつく。精神的クリティカルヒットだった。
「な、何故だ……」
少し可哀想になった。
「フローラ、お父さんにも優しくしよう?」
「にぃさまがいい!」
真剣な顔だった。
うん。仕方ない。
「それなら仕方ないね」
父が完全に崩れ落ちた。
(王国最強が娘に崩れ落ちている)
笑えない。いや、少し笑えた。
★
夕食時。当然のように遠足の話になった。
「魔狼は怖くなかったか?」
「少しだけ」
「本来あの山は安全なんだがな」
父が眉をひそめる。
「今度時間があれば周辺の魔獣を掃除しておくか」
「私なら魔狼くらい全部消せるわよ?」
母が笑った。
「お母さんって回復魔法師だよね?」
「ん?」
母が首を傾げる。
「レイ」
父が慌てた。
「ソフィアの通り名は――」
そこで止まる。だが遅かった。
「【死神メイサー】って……」
しっかり聞こえた。
(回復魔法師とは……?)
謎が深まる。
「まあいいわ」
母は笑顔だった。その笑顔が少し怖い。
「私達くらいになると魔狼なんて雑魚よ?」
「雑魚なんだ……」
「ベテラン冒険者なら普通に倒せるレベルだな」
父も頷く。
「俺なんて魔剣召喚を使わなくても余裕だ」
「使ったら?」
「山ごと消える」
「……」
やっぱりうちの親はおかしい。
(自分が魔狼に苦しんでいたのに、両親なら鼻歌で倒せるのか)
遺伝子の差を感じた。深く考えるのをやめた。
★
そして運命の瞬間が訪れた。
「そういえばレイ」
お母さんが優雅に微笑む。
「成績表は?」
「はい……」
差し出す。お母さんは目を通した。数秒後。にっこり笑う。
「レイ」
「はい」
「この担任コメント欄は何かしら?」
終わった。
その夜、自分は久しぶりに両親から説教を受けることになったのだった。




