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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
乳児編

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第1話 過労死した俺は、異世界で赤ん坊として目覚める

「また徹夜か……」


それが前世の、最後の記憶だった。





 都内某所。大型商業施設の建設現場。


 深夜二時を回っているというのに、現場は昼間のような明るさを保っていた。巨大な投光器が鉄骨や資材を白々と照らし出し、影が鋭く伸びている。


 フォークリフトのエンジン音。職人達の怒鳴り声。無線機の雑音。そして鳴り止まない携帯電話。


 完成見学会まで、残り三日。工程は大幅に遅れていた。


 ポケットの中の携帯が震えるたびに、胃がきゅっと縮む。その感覚に慣れてしまっている自分が嫌だった。


「材料届いてないぞ!」


「図面変更だ、今すぐ確認しろ!」


「施主から電話だ!」


「明日の工程どうする!」


 四方八方から声が飛んでくる。


 職人は足りない。追加工事は増える。施主からの要望は際限なく積み上がる。現場全体が、焦げ付いた鍋のように音を立てて軋んでいた。


 そしてその中心で走り回っているのが、自分だった。


 建設会社勤務、職種は施工管理。聞こえは良い。だが実態は何でも屋だった。工程管理、安全管理、材料発注、図面確認、職人との打ち合わせ、客先対応、クレーム処理、書類作成……問題が起きれば全て自分のところへ飛んでくる。


 しかも入社してまだ半年だった。


 本来なら先輩から教わりながら経験を積む立場だ。だが建設業界にそんな余裕は無い。慢性的な人手不足。その一言で全てが片付いてしまう世界だった。


(逃げ出したい)


 何度その言葉が頭をよぎったか、もう数える気にもなれなかった。


 それでも足を止められない理由は、ただ一つだった。


(自分が投げ出したら、現場が止まる。職人達に迷惑が掛かる。客にも迷惑が掛かる)


(それだけは……できない)


 その責任感一本で、ずっと走り続けていた。


 気付けば休日など存在しなくなっていた。積みっぱなしのゲームソフト。コンビニのおにぎり一個で終わる食事。現場近くの仮眠部屋で一、二時間だけ目を閉じる睡眠。それがいつの間にか、普通になっていた。


 誰かに助けを求めることも、弱音を吐くことも、なんとなくできなかった。


「頑張れます」と言い続けた結果が、これだった。





「一時間だけ寝るか……」


 現場近くのアパート。会社が仮眠用に借りている小さな部屋だ。


 ベッドへ倒れ込んだ瞬間、背中がスプリングに沈む感触と同時に、何かが音を立てて切れる感覚があった。


 身体ではなく、もっと内側の何かが。


(一時間後には起きなきゃ。まだやることは山ほど残ってる)


 瞼を閉じた瞬間、自分でも驚くほど早く意識が沈んでいった。


 もう少しだけ。もう少しだけ、頑張れば……。


 意識は闇へ沈んだ。


 そして、二度と目覚めることはなかった。





 次に目を開けた時、そこは見知らぬ場所だった。


 比喩ではない。根本から、見知らぬ天井だった。


 木材で組まれた天井。見たことのない照明。中央には青白く光る石のようなものが埋め込まれていて、電球も配線も無いのに部屋全体を柔らかく照らしていた。


(……どこだ)


 身体を起こそうとして、違和感に気付く。


 腕が短い。足も短い。力が入らない。


 慌てて手を見た。


 小さい。異常なほど小さい。ぷにぷにとした赤ん坊の手だった。


「あう」


 出てきた声まで赤ん坊だった。


(いやいやいやいや)


(待て待て待て)


(何が起きた)


 混乱しながら周囲を見渡す。木製のベビーベッド。見たことのない家具。見たことのない建築様式。柱に刻まれた文様は、どこかヨーロッパ中世を思わせるが、それとも微妙に違う。


 少なくとも日本では、絶対にない。


 誘拐? 病院? 実験施設?


 いくつか可能性を並べてみるが、どれもこの赤ん坊の手を説明できなかった。


 赤ん坊の身体。知らない世界。未知の光源技術。


 導き出される答えは、一つだけだった。


(まさか……異世界転生)


 昨日までの自分なら笑い飛ばしていただろう。だが今の状況は、ゲームや小説で何度も見てきた展開そのものだ。むしろ異世界転生以外に、説明がつかない。


(死んだのか、自分)


 その事実が、じわじわと染み込んでくる。


 驚くほど、悲しくなかった。


 あの生活が終わったという事実に、どこかほっとしている自分がいた。それが少しだけ、悲しかった。





 その時だった。


 部屋の扉が、静かに開いた。


 入ってきた人物を見て、思わず目を見開く。


 美人だった。とんでもない美人だった。


 鮮やかな青髪が肩から流れ落ち、透き通るような白い肌が照明の光を柔らかく弾いている。優しげな瞳。柔らかな笑顔。前世で見てきた女優やモデルと比べても、引けを取らない。いや、それ以上かもしれない。


(な、なんで異世界の人ってこんなに綺麗なんだ)


 女性は自分を見ると、ぱっと顔を輝かせた。そして嬉しそうに微笑む。


 その笑顔を見た瞬間、不思議な安心感が胸の奥へ広がった。


 初対面のはずなのに、警戒心が湧かない。まるで昔からずっと知っている人のような温かさがある。


「〇△◇□×〇」


 優しい声で、何かを話しかけてくる。当然、意味は分からない。それでも声色だけで、優しさが全て伝わってきた。


(異世界語か。まずは言葉を覚えないと何も始まらないな)


 そんなことを考えていると、女性はそっと自分を抱き上げた。


 温かかった。柔らかかった。そして驚くほど、安心した。


 前世では何年も感じたことのない安心感だった。


 常に納期に追われ、責任に押し潰されそうになり、眠ることすら惜しみながら走り続けた日々。じりじりと積み上がってきた緊張が、ゆっくりと、音もなく解けていく。


(ああ……)


(この人が、母親なんだな)


 自然とそう思った。胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 気付いたら、泣いていた。


 声も出ない。理由も分からない。ただ涙が、止まらなかった。


 女性は何も言わなかった。ただ優しく、背中をさすり続けてくれた。


 それだけで十分だった。





 やがて授乳が始まった。


 だが途中で、異変に気付く。


 母乳とは別に、何かが流れ込んでくるのだ。


 暖かい。柔らかい。でも液体じゃない。身体の奥へ直接染み込んでくるような感覚。


(なんだ……これ)


 その力は全身を巡り、身体の隅々まで静かに広がっていく。不思議と嫌な感じはない。むしろ、心地良かった。


 授乳が終わると、母親は自分の額へ手をかざした。


 次の瞬間、手が淡く光った。


(!?)


 暖かな光が全身を包む。優しい熱が身体を巡る。


 数秒後、光は消えた。


 だが感覚だけは、確かに残っていた。身体の奥に何かが存在している。見えない力。でも確かにそこにある何か。


(これって……魔力か)


 心臓が高鳴る。


 異世界。魔法。転生。


 もし本当にそうなら――自分は憧れていた世界へ来たことになる。


 前世では仕事に追われ続けた人生だった。旅行も、趣味も、恋愛も、全部後回しにしてきた。いつかやろう、余裕ができたらやろうと言い続けて、気付いたら終わっていた。


 だが今なら。


 もう一度、やり直せるかもしれない。今度こそ、自分の人生を――。


 そんな期待が胸に生まれた、その瞬間だった。


 視界の端に、文字が浮かんだ。


【ステータスを確認しますか?】


「あう」


 一瞬、思考が停止する。


 そして次の瞬間。


(出たぁぁぁぁっ)


 心の中で、全力で叫んでいた。


 ゲーム好きなら誰もが知るステータス画面。ネットゲーム、家庭用ゲーム、スマホゲーム。何十本、何百時間と向き合ってきた表示だ。


 でも今度は違う。


 画面の向こう側ではない。


 これは、自分自身のステータスなのだ。


(確認する、確認する、絶対確認する)


 興奮で胸が激しく高鳴る。赤ん坊の小さな心臓が、うるさいくらいに跳ね上がっていた。


 前世で死ぬほど働き、碌に楽しめなかった分まで、今度はこの世界で全部取り返してやる。


 そう心に誓った。





 ……まだこの時の自分は知らなかった。


 固有スキルが何を意味するのかを。そして、その能力がやがて世界の常識すら変えていくことを。


 これは、一人の転生者が数多の職業を渡り歩きながら、自分だけの魔導を創り上げていく物語。


 そして――


 後に【〇〇〇】と呼ばれる少年、レイの伝説の始まりである。



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