一発 反発
嗣治は心の中で追突した。家庭の内面を。
怒り狂った実母の内面を。
それは、ずっと前の事。
中瀬嗣治は、39歳。もう家庭を構えてもおかしくない年齢。
数日前に片親の実父が死亡した。
親戚の一人が言った。
「お前な、母親はちゃんと助けてやれよ。お前がしっかりしないとな。そこが心配だからな。いいな」
重い言葉だ。心の中では分かっている。
実際にやるには、まずは安定な生活の基板がないといけない。
基板とは、まさに仕事だ。
こんな派遣社員の不安定職じゃ助けるなんて無理なことなのだ。
頭では分かっている。でも、なかなか実行に移るのが難しい。具体的にどう分からないではなく、社員として固定に就く年代ではミドルジョブが無理とかではなく、今までの履歴、経歴でその先が行けないという不安が襲うのだ。
そういうことは誰も助けてはくれない。
更に数年がたち、嗣治は44歳になった。
「あんた、お母さん言わなかったけど、なんでもっと早くから就職してくれないの? 年金であんたの社会保険払ってんの知ってるでしょ? 派遣のお金一銭も入れないでお母さんやってられないよ」
「ご、ごめん……なさい」
「派遣の給料いくらもらってんのよ。それも言えないの? 明細は? もらってるんでしょ? もう二人分の支払いでぎりぎりやってるんだから、ちゃんとしてよ。黙ってないで何か言ってよ!」
「んー、んー。ごめん……ごめんなさい」
44にもなってはっきりしない。しっかりしない。この男性には自覚ややる気や、実行力すらも感じ取れない。これじゃ益々この中瀬家は崩れ落ちるだろう。
嗣治の性格は全般的に根暗でふさぎ込みがちだ。趣味は音楽鑑賞に漫画、漫画の絵を描く。バイト経験者だが、そこでの友達付き合いはあまりなく、現在は自宅でのんびり部屋に閉じ込もっている。
携帯の利用料金も母が支払ってたが、新しい携帯に機種変更して母のメーカーと別になったからか、ファミリー割引きはできなくなり、その支払いは自分持ちになった。
そして更に3年。47歳になった。
スマホに乗り換えて、それも自分名義で支払っていた。この年もまた家に派遣の給料を入れていない。
「年金であんたの社会保険払ってんの知ってるでしょ? 派遣のお金一銭も入れないでお母さんやってられないよ。なんとか言ってよ! もうっ!」
「んー。んー……」
もうこんな形の連続だ。よく中瀬家がもろく崩れないのが不思議なくらいだ。
これまでの家庭のやり取りのメモを書き留めた嗣治。メモは市の相談窓口に渡った。
「お預かりしましたこのメモ内容ですが、単刀直入に言って、まだ更生は可能とみなします。ただし、決定的なところ、改善の余地は厳しいです。ご了承くださいませ」
「と言うと、どのような? 就職のほうでしょうか?」
「ご就職もそうですが、家庭環境の保全は当人の精神面は、心理カウンセラーでも実際厳しいものと思われますね」
「どのへんで厳しいのですか?」
「親御さんがくり返しあなたへの不満のぶつけ合いです。年々、その言葉を言わせてるあたり、改善策は時間かけても収まりません。カウセリングでもおそらくそういう結果になりますね」
「あ、はぁ……」
「あ、ようこそ……俺はメンタルカウンターの尾関誠耶。よろしくな。君が中瀬嗣治だな。ツクジ君って呼ぶけど、いいかい?」
「あ、も、問題は、ないです」
市の相談者の関係者の尾関誠耶が中瀬家まで付き合うことになった。
「年季かかった集合住宅、マンションタイプだな。どこの部屋だい?」
「5号棟のB階段402号室です」
「築は何年?」
「53年です」
「ふっっっるい! ま、リフォームされてるらしいね。俺には関係ないけどな」
「メンタルカウンターとは、どのようなお仕事なんですか?」
「ざっくりいうと、精神、心理を裏側観察してみて、黒いカビのようなものをほじくって溶かすこと。まぁ、これは生半可ではできない仕事なんだよねー」
「本当にそれ、できるのですか?」
「君が帰宅したらこの対策は修羅場になるからさ、この公園ベンチで待ってて」
「母とずっと対面? 大丈夫なのですか?」
「俺はプロだぜ。大船に乗ったつもりでいてもいいさ」
「あ、はぁ……」
指定された公園ベンチまで向かっていった嗣治。誠耶は、言われた住所へ足を運んだ。
「失礼しまーす」
「どなた様ですか? 中に侵入しないでくれますか? 通報しますよ」
「通報結構。なぜって? もう許可は取ってますください侵入罪はクリアしました」
中瀬婦人……カツエが男をのけようと体を張って玄関口までやろうと力でねじ伏せた。
「無駄ですって。奥様、何か水分をくださいませ。喉がかわきました」
「団地の隅のとこに自販機がありますから」
「いいえ、このうちの水分をお分けください。よろしくお願いします」
「通報しますからね」
「してもよろしいです。ボクが勝ちますので、間違いなく。はい」
「往生際の悪い人ですね。警察はやめてあなたを突き飛ばしますよ」
「どうして? それは順を追わずにしたからですか?」
「そうです。たったそれだけのことですよ」
「誰かにここへと? 誰からですか」
「仕事都合で言えません。教えられません」
カツエは通報した。担当の氏名確認を入れて、念入りに応対した。
数分後に警察が訪問した。
「ごめんください、わたくし、○○県警察○○○署の野中政志です」
電話応対の担当者名が出た。紛れもなく本物だった。
カツエは唖然として身震いしだした。
詐欺電話だと食って疑ったからだ。




