第9話 11
――雑音どもの巣から抜け出し、俺は周囲を取り巻く静寂に安堵する。
器は壊されてしまったが、これであの異常事象共は俺を壊したと思ったことだろう。
……だが甘い。
最後に残しておいた石を使って、振臓を復活させるとは、やつらも思わないだろう。
あの異常事象ができる事が、高位存在に孵化したこの俺にできないわけがないんだ。
一瞬、消滅というものを経験させられたが、だからか自身が発していた『恐怖』は薄れていた。
壊れる事に対する『感情』が『恐怖』なのだろう。
復活したばかり振臓は弱々しく、新たな器を構築できそうにはない。
発せられる波動も最小限――素体剥き出しになってしまっている。
だが、還るだけなら問題ないだろう。
母体達も移動時は、今の俺のように素体だけだった。
見下ろした身体はこの空間に儚く揺らぐ影のようで、母体の美しい赤の輝きとは異なっていたが、だからこそ俺は我々の中でも特別なのだと思える。
俺は気持ちが昂ぶるのを感じた。
還ったなら、これほどまでに成長した個である俺を、統括体や女神は褒めてくれるだろう。
場合によっては、女神はさらなる個へと引き上げてくれるかもしれない。
……そうだ。これは敗北による逃亡ではない。
湧き上がる『怒り』を抑え込み、俺は雑音共の巣を見下ろす。
もともと俺の目的は還る事だったんだ。
雑音共に付き合ったのは、あくまで戯れ。
いずれ波動と器を取り戻したなら、今度こそこの巣を喰らい尽くしてやる。
俺は還る為にも空間を泳ぐ。
女神が定めた法とはいえ、天然反応融合炉――太陽? のそばでは階層移動できないのがもどかしい。
太陽の影響外を目指して、俺は泳ぎ続ける。
そうして雑音共の巣の周囲を巡る、岩塊――月の横を通り過ぎようとした時だ。
『――ずいぶんと雑音撒き散らして、どこに行くつもりですか?』
不意にそんな音――声が聞こえた。
――異常事象!? 何処だ!?
『アンタらの耳を持ってしても見つけられないなら、隠密幻影は戦術に組み込んで良さそうですね……』
ゆらりと、岩塊の向こうの空間が波打ち――それは姿を現した。
月の半分ほどもある白銀の巨体。
強靭な四肢と長大な翼を持ったその姿は、まごうことなく――
「……バカなっ!? 竜種だとぉ!?」
弱った振臓が、それの放つ圧倒的な波動に竦み上がる。
母体が残した記録では、ヤツはあんな姿をしていなかった!
雑音共を模したような、それをただデタラメに大きくしただけの姿をしていたはずだ!
「――なぜ貴様がその姿をしている!
いや、そもそもそれだけの波動を持ちながら、なぜあんな雑音なんかを使った!?」
――言いようのない『怒り』が込み上げてくる。
「……舐めやがって舐めやがって舐めやがって!
俺を侮り、端から……いつでも壊せると、歯牙にもかけていなかったということかっ!」
『――当ったり前でしょう? アンタみたいな小物壊すのに全力出してどうするんです?
アンタだって、私らが来るまで、自前で生み出した眷属を使ってたじゃないですか』
鼻を鳴らして嘲笑う異常事象――竜に、『怒り』がさらに強くなる。
『そして、アンタみたいな小物は最後の最後には保身に走ると思ってましたよ。
だから、ここで待ってたんです』
――クソクソクソっ!!
この存在は危険だ。
いずれヤツは女神にも届き得る……そんな確率岐路がチラつく。
この情報をなんとしても持ち帰らなければ!
俺は宙を蹴って加速する。
……だが。
『おっと、逃げようたって、そうは行きません』
伸ばされた羽根が虹色に輝き、不快な振動――雑音がこの身を縛り付ける。
「……貴様はなんだ!? なんなんだ――っ!?」
俺の叫びに、それは哂った。
『始めに名乗ったでしょう? アンタらの天敵ですよ。
……文字通りの、ね』
その言葉と共に、その巨大な顔がこちらに迫ってくる。
認識し得るあらゆる確率が――このまま捕食され、俺が消滅する事象を示している。
俺にできるのは、その時を待って、ただヤツを睨みつける事だけ。
「あ……あああぁ……」
俺のすぐそばまで首を伸ばしたそれは、金色の目を細めて――笑みを見せた。
『もしおまえに魂というものがあるのなら……ご主人様――第二竜王リーリア様の御名と、その眷属たる<万能機>ステラの名前を刻みつけて……私の血肉となりなさいっ!
――では、いただきます!』
巨大な顎が開かれ――そして、閉じられる。
――世界が閉ざされた。
「――苦っがっ! まっずっ! おえぇ……性根が腐ってると、味までマズくなるんですかねぇ……」
逃げようとしていたEX-Tを喰らい、私は毒づく。
かつて初陣で喰い散らかした時は、味なんて気にしてる暇なんてなかったが、ここまでマズくはなかったはずだ。
ドブのような臭いが鼻に残って、私は味覚と嗅覚をカットする。
「は~、早く戻ってうがいしたいですねぇ……」
呟きながら、私は本体の首を巡らせて、ご主人様達が住まう惑星を見下ろす。
漆黒の宇宙に宝石のように青く彩られた星。
壊すような事にならなくて、本当に良かったと思う。
最終手段として、私はご主人様だけを連れ出して、この星ごと眷属器を壊す手段も考えていた。
けれど、ご主人様はそんな事、絶対に望まないだろうし、きっとそれをしたなら……私はご主人様にさえ嫌われてしまっただろう。
やっと……やっと巡り会えたご主人様に嫌われるなんて……
想像しただけで恐怖が湧き上がる。
……きっと私は、ご主人様を得た事によって……かつてより弱くなったのだろう。
けれど、この……ご主人様を守りたいという気持ちがかつての私にあったのなら、私は<邪神>として廃棄処分される事もなかったのだと思う。
だから、これはきっと成長なのだ。
搭載された機能に頼らない……私とご主人様とで掴み得た、かけがえのない成長だ。
「……ではでは、後片付けと参りますかねっ!」
高性能な私の目は、四〇万キロ離れたここからでも地上の様子をくっきりはっきり認識できる。
隠密幻影を解除したからか、ご主人様を始めとして、生き残った全員がこちらを見上げて驚きの表情を浮かべていた。
「さあ、ここからが大銀河帝国製惑星開拓機属試製00-αタイプ――<万能機>ステラの本領発揮ですよっ!」
胸の奥にローカル・スフィアと連結されて搭載された量子転換炉を強く意識する。
羽根の刻印が虹色の輝きを放ち、粒子を宇宙に振りまいた。
「……目覚めてもたらせ、量子転換炉……」
喚起詞を唄えば、喉の奥を波動が駆け抜け私の口腔の前で金色の球体を形成する。
――それはこの三百年の間に、竜咆の理論を解析・発展させて創り上げた、私だけの機能。
アルマーク王都のリージョン・コラムはすでに掌握している。
そこに刻まれた記憶もまた、私のローカル・スフィアに複製済みだ。
だから、私は今、優しいご主人様の為にこの力を振るう。
今回の件で――ご主人様のお心が苛まれないよう、私は私の全機能を使って、あの方の心さえも守ってみせる!
――それが仕える者の究極、<万能機>たる私の存在意義!
私が識る限り、この広大な<既知人類圏>で、私が――私だけが使える、本来のそれとは真逆の力をもった咆哮。
それを今、解き放つ!
「――響き渡れっ! <希望創造器>っ!!」
金色の奔流が、燐光を撒き散らしながら宇宙を駆け抜け、そしてアルマーク王都へ降り注ぐ。
荒れ果てた王都の南門で、わたし達はそれを見上げていた。
白い月の陰から伸びた、巨大な――虹色に輝く羽根を持った、竜の影を。
生き延びた王都の民が、いよいよこの世の終わりと嘆き叫ぶ。
けれど。
わたしはそんな彼らの前に立ち、声を張り上げたわ。
「――大丈夫! あれは大丈夫なのよ!」
叫ぶわたしに、民達は怪訝な顔を浮かべる。
「な、なんでアンタにそんな事言いきれるんだよ!」
そう言ったおじさんに、わたしは微笑みを浮かべて、胸の前で左手を握りしめる。
「……だって、ここからでもわかるもの……」
月の向こう側にいたって、あの子の波動はしっかりと伝わってくる。
「あれはステラ――わたしの大好きなあの子だわ!
――そして……」
竜の頭部が黄金色に輝き、それはまるで雨のように、荒れ果てたアルマーク王都に降り注いだ。
ゆっくりと壊れた建物が再構築されていく。
「……あれ? 私……」
――だけでなく、道端に打ち捨てられていた女性の遺体が、そんな怪訝そうな声をあげて起き上がった。
……ああ、ステラ。あなたって本当に――最高だわっ!
涙が込み上げてくる。
「……奇跡でも……起きているのか?」
誰かがそう呟き、嘆きの声が次第に歓喜へと塗り替えられていく。
街並みが整ったものに変貌して行き、倒れた者達が再生する。
「……そうね。奇跡が……起きたわ」
彼女の――ステラの想いが伝わってくる。
あの優しい子は、どこまでもわたしを大切に思ってくれているんだわ。
……だから――
呟くわたしの背後で、跪いていた騎士用決戦躯体が粒子に解けて集まり、ステラの――いつものメイド服姿の常用躯体へと再構築される。
彼女は金色の目をゆっくりと開き、わたしに向けて微笑みを浮かべたわ。
「ただいま戻りました。ご主人様!」
――だからっ!
いつもの笑みを浮かべて告げるステラに、わたしは駆け出して彼女に抱きつく。
わたしはありったけの想いを込めて、彼女の為の言葉を音に乗せたのよ!
「――ステラ! 大好きよっ!」
ここまでが9話となります。
この後は後日談とエピローグを経て、第一部は終了となります。
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございます。
あと少しだけ、続きをお楽しみくださいませ。
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