第10話 1
隠し窓から大広間全体を見下ろして、わたしは思わず息を呑んだ。
集められた各国の王族や要人は、オカミちゃんが量子転換万能調理器で用意した既知人類圏料理や、ステラが技術を仕込んだ料理人達による嘆きの森の魔獣料理を愉しんでいるわ。
ただ談笑しているだけなのに――笑顔のはずの彼らの目は、相手を油断なく見定めているのがここからでもわかる。
彼ら彼女らに比べると、やはりリカルドやその側近達は所詮は学生――王侯貴族を名乗ってはいても、実務経験のない子供だったのだと理解させられるわね。
これからあの場に出ていかないといけないと思うと、身体が震えそうになるわ。
「……ね、ねえ。本当にやるの?」
隣で同じように大広間を覗いているロザリアに声をかければ、彼女は今日の為に用意した赤色のドレスをひるがえして、強気な笑みを浮かべる。
「いまさら、なんですの?
当たり前でしょう? 皆様、その為に集まってくださったのですわよ?」
アルマーク王都での戦いから一月。
いよいよ今日は、各国の要人を招いてのリリステラ王国建国宣言の日だった。
わたしは髪色に合わせた真紅に金糸で刺繍が施されたドレスを着せられて、大広間へと続くこの控室に待機させられているわ。
ステラが量子転換炉で構築したドレスは、彼女が尊敬して憧れる大銀河帝国皇女のエリザベータさんが好んでいたものからデザイン流用したものよ。
ドレープのないすっきりしたスカートには、太腿が露わになる左右に深いスリットが入っていて、はじめロザリアははしたないって大反対したわ。
けど、ステラは譲らなかったのよ。
なんでもこのドレスのデザインは、エリザベータさんが騎士叙勲された時のお披露目パーティで着たものだそうで、大銀河帝国の宮廷で絶賛されたのだとか。
――文化面でも、ジャンルの違いを見せつけてやるんですよぉ!
と、気合いを入れまくったステラによって、わたしはぴっかぴかに磨き上げられ、飾り立てられたわ。
「しょ、庶民のわたしがあそこに行くのって、かなり厳しいんだけど……」
怖気づいてそう告げるわたしに、ロザリアは扇を開いて鼻を鳴らす。
「何度言わせるのです?
あなたはリリステラ王国の女王なのですわ!
それがここまで来てなんです?
ゾル様が仰ってらしたでしょう? 各国の王族といえど、所詮は平民から選ばれただけという、成り上がりの血統ですのよ?
それに比べれば、自ら領地を切り開き――挙げ句に目覚めた邪神を討伐するという実績まで打ち立てた、あなたの方が素晴らしいではありませんか!」
……一ヶ月前のあの戦いは。
ゾル様が三人の魔王様達と協議して、邪神が目覚めたという事にし、各国に潜伏している魔属の人達によって拡散された。
――かつてアルマーク王国王リチャード二世は、女神サティリアを降臨させようとした。
けれど、それは女神などではなく、女神を騙る邪神の奸計で――それを妨害したかつての北の魔王は、邪神の降臨を防いだのだ――と、すでに周知の歴史を下敷きにして。
その時に邪神に汚染された神器――聖泉は、それを利用するアルマーク王家の魂を徐々に蝕み――ついには第二王子リカルドが、邪神にその身を乗っ取られ、封じられていた邪神を降臨させる事になった――と、そういう筋書き。
そして、わたしは――邪神を滅ぼす為に三女神が遣わせた神竜が見出した、勇者って事にされちゃったわ……
勇者だったからこそ、わたしはリカルドに国を追われたのだ、と。
……はは、歴史ってこんな風に作られて行くのね……
今日のパーティーに招く為に、各国を巡っていたフェルノード公爵達によれば、すでにこのお話は事実として浸透していて、リリステラ王国の建国とわたしの即位は好意的に受け入れられているらしい。
月の向こうに現れたステラの本体――神竜は各国要人達も目撃している。
そして彼女が放った咆哮が、アルマーク王都とその民を再生するという奇跡を成したのは事実だもの。
魔王様達が作り上げた筋書きは、調べれば調べるほど、それが事実だと認識せざるを得ないように組み上げられているのよ……
各国としては邪神さえも滅ぼすような戦闘力を持ったリリステラ王国とは、事を構えたくないのでしょうね。
二週間前に行われた事前交渉でも、揉めること無く国家承認すると承諾を得ているそうよ。
あとはみんなの前で建国宣言をするだけ。
でも、根っからの庶民気質のわたしは、ここに来て怖気づいてしまっているのよ。
「――まったく! 仮にも王族と駆け落ちまでしようとしてたお花畑娘が、いまさらなにを気弱な!」
「うぅ……あの時はわたし、本当にモノを知らなかったし……」
伯爵家に養われてはいたけど、実際は使用人みたいな扱いだったから、貴族や王族なんて、雲の上の立場過ぎて理解が及んでなかったんだわ。
「ただただ、自分に良くしてくれる……ように見えていた――リカルドと一緒に生きて行けたらと、その一心だったのよ……」
「あら、それなら――」
ロザリアはいたずらでも思いついたように目を細める。
「――今度もそうなさいな」
「へ?」
首を傾げるわたしに、ロザリアは扇を閉じてその尖端を突きつけたわ。
「共に生きて行きたいと、そう思っては頂けませんの?
あのトンデモ兵器やわたくしを含め、騎士達や汎用端末器のみなさん……それに城下の民達もですわね……」
そう数え上げていって、彼女は紅を指した唇に笑みを浮かべる。
「みな、あなたに居場所をもらった者達ですのよ?
きっとあなたと共に生きて行きたいと思ってるはずですわ。
――少なくとも、わたくしはそうですもの……」
最後の方は赤らめた顔を背けながら、ボソボソと呟くロザリア。
「……ロザリアっ!」
彼女の名前を呼んで、わたしは思わず抱きついた。
「あ~っ! ドレスがシワになるじゃありませんのっ! 離れなさい、このお花畑娘っ!
あなた、ホンット、そういうトコですのよっ!?」
「大丈夫! ステラのこのドレスって、シワにならないってハナちゃん言ってたもの!」
「そういうことじゃありませんのっ! は~な~れ~な~さ~い~っ!」
両手で顔を押し返されて、わたしは渋々包容を解く。
それから彼女に微笑みを向けて。
「……ありがと、ロザリア。
そうだよね。わたしもみんなと一緒に生きて行きたい!」
わたしの言葉に、ロザリアは再び扇で口元を隠して目だけで微笑む。
「――なら、できるわね?」
その為に必要な事と思えば、不思議と不安な気持ちも身体の震えも治まったわ。
「ええ! 頑張ってみるわ!」
まるでわたしの決心を待っていたかのように、控室のドアがノックされる。
「陛下、お出ましください」
やってきたフェルノード公爵が恭しく一礼する。
「はいっ!」
力強くそう応えて、わたしは大広間へと歩き出す。




