第5話 2
「……あなた、勝手に四八号に名前を付けたのですか?」
ジト目でロザリア様を見つめるステラに、ロザリア様は胸を張る。
「あら、わたしの専属なのでしょう? 名前がないのは不便ですもの!」
「ご覧になって、ご主人様、ステラ。わたくし、ロザリア様からお印を頂きましたのっ!」
と四八号ちゃん――ローザちゃんは、白いエプロンの胸元に着けられた、ピンクのバラ型のブロージを誇らしげに、わたし達に見せてくれる。
「そんな事よりローザ! 今すぐリーリア様にドレスを!
一国の主がいつまでもそんなはしたない格好でいるなんて、許されることじゃありませんわ!」
「はい、ただいまご用意致しますねっ!」
と、ロザリア様の指示を受けたローザちゃんが、小走りに謁見の間を出ていく。
それを横目で見送りながら、わたしはロザリア様の発言に戸惑いの声をあげた。
「い、一国!?
ロ、ロザリア様、いったいなにを……」
「あら、リーリア様。自覚なしでしたの?
この地は――魔境嘆きの森は、いずれの国にも属さない棄てられた土地ですのよ?」
「……へ?」
そこへフェルノード公爵が進み出て。
「この地は生息する魔獣が強力で、切り拓くには余りにも過酷な土地な為、周辺国のいずれもが手を出そうとしなかったのですよ。
だからこそ、棄民――流刑者や国を追われた者達が流れ着く地となっていたのです」
「そ、そうですね。わたしもそうして捨てられましたし……」
「そう。現在、リーリア様はいずれの国にも属さない身です。
それでいながらこの地を開拓し、今、我がフェルノードの領民を受け入れてくださろうとなさっている」
「……統治者が居て、領民がいる。それはもう国でしょう?」
公爵の言葉にロザリア様が手を打ち合わせる。
そんな彼女に苦笑し、フェルノード公爵は続けた。
「周辺国のいずれもが手を出せなかった魔境を切り拓いたのです。これからを考えるのなら、国を名乗った方が良いのですよ」
政治の知識に乏しいわたしは、そう言われてもいまいちピンと来ない。
「ああ、なるほど。せっかくの領地に、周りからちょっかいをかけられるのは、確かに面白くないですね」
「ステラ、今の話、わかったの?」
思わず彼女を振り返って尋ねると。
「この森はどこの国のものでもないって事は、逆に言えばどこの国でも後出しで権利主張できちゃうって事です。
なにせ開拓したご主人様がどこの国の人でもないのですから」
ステラは腕組みして、真剣な表情で応えた。
「そんな理不尽ってありえる?」
「特に今はフェルノード領民を受け入れるために、森には道がありますからね。
アルマーク王国なら……あのクズ王子なら、乗り込んで来て領有権を主張したとしても、私は驚きませんよ?
まあ、そんな事させませんがね!」
……ふむ。
「そんなわけで、アルマーク王国を牽制する意味でも、リーリア様には周辺国に建国を宣言して頂きたいのです」
と、胸に手を当てる礼をして告げる公爵に、わたしは戸惑いと共に尋ねる。
「公爵様はそれで良いんですか?
その……アルマークでの地位を捨てる事になるのに……」
「ハハハっ! お気遣いありがとうございます。
ですが、領民をこちらに迎え入れて頂けるとなれば、もはやあの国に未練はありません。
むしろあのクズ共に目にものを見せてやるという気持ちで一杯ですよ!」
公爵様はそう言って、獰猛な――傭兵さん達のような笑みを浮かべたわ。
まあ、囚われてひどい扱いを受けていたのだから、そう思っても仕方ないのかもしれない。
「幸い我がフェルノード家は、勇者だった先祖の名声により、他国への伝手もあります。
お任せ頂けるのでしたら、建国に際しての他国との交渉は、見事果たして見せましょう」
「あらあら、それならわたくしも各国のお友達に手紙を出そうと思いますわ」
と、公爵夫人も公爵様と一緒にそんな事を言い出して。
「それなら、いっそ要人を招いてパーティーをしましょうか。
その場で建国を宣言してしまえば良いのです!」
ステラがふたりに乗っかってしまったわ!
「そうなると、こうしちゃいられませんね。
汎用端末器に経済・通商関係の知識をダウンロードして……フェルノード、何人かあなたにつけますので、各国の法や知識とすり合わせて教育してください!」
ステラが手を叩くと、汎用端末器が五人ほどやって来て、公爵様にお辞儀する。
「ああ、あとは料理ですか。
野菜は促成栽培室を急ぎ建築して……スカー! スカー!」
途端、ステラの前にホロウィンドウが開いて、スカーさんが映し出された。
『あいよ、姐さん。お呼びで?』
「はい。ちょっと何人かで魔獣を狩って来なさい。
こないだご主人様が美味しいと仰ってた、トカゲもどきが良いですね」
ああ、あれは確かに美味しかった。
焼いてお塩をかけただけなのに、今まで食べたどんなご飯より、ずっと美味しくて、思わず涙が出たほどだ。
『――俺らだけで竜を狩って来いってぇんですかっ!?』
思わずわたしは噴き出す。
ロザリア様達も驚きの表情を浮かべている。
「あ、あれって竜だったのっ!?
ステラ、ずっとトカゲもどきだって言ってたじゃないっ!」
「フフフ、ご主人様は中世風で育ってきた所為か、モノを知りませんねぇ。
良いですか? 竜ってのは定義上、生身で恒星間航行を行える生物の事を言うのですよ。
つまり先日のアレは、美味しいトカゲもどきです!」
「……文化水準の違い……」
頭を抱えてしまったわ。
『あ、姐さん。フェルノード領民の護衛に人を回してるんで、さすがに今いる人数じゃ無茶だわ』
ホロウィンドウの中で頭を掻いて、スカーさんは顔をしかめる。
「その無茶をなんとかする為に、アンタらがいるんでしょうがっ!
ホント、グズですねぇ。
仕方ないので、先行試作のアレの使用を許可してやりますよ」
その途端、スカーさんは目を輝かせ、子供のような無邪気な笑みを浮かべた。
『――マジか!?』
「マジですよ。多少無茶して壊しても良いですが、合一器官だけは壊されないように注意するんですよ!」
『わ~った! おい、マルハゲ、モヒカン! おまえらも来い! 今から慣らしを始めるぞ!』
「あ、コラ! 狩りを忘れるんじゃありませんよ!」
と、背を向けるスカーさんに念押しして、ステラはホロウィンドウを閉じて。
「さてさて、それじゃあフェルノード。建国に向けて、詳細を詰めていきましょうか!」
公爵夫妻を連れて、謁見の間を出ていく。
「あ、ちょっと。ステラ、わたしは!?」
手を伸ばしてステラに呼びかけるわたしに、ロザリア様がにっこりと微笑む。
「あら、リーリア様はわたくしと一緒にお稽古ですわ」
「へ? お稽古?」
「ええ。各国要人を招いてのパーティー。しかもその主催者――新国家の主君ともなれば、それなりの立ち居振る舞いが求められるのです。
開催までに、きっちりしっかり淑女の振る舞いを身に着けて頂きますよ!」
そう告げたロザリア様は、がっちりとわたしの肩を掴んで、離してくれそうにない。
ステラはそんなわたしを放って、さっさと行ってしまった。
「まずは歩き方から矯正させて頂きますわね」
すごくやる気に満ちたロザリア様。
「……はい……」
残されたわたしは、うなだれて同意するしかなかった。




